最重要課題に優先的に取り組むために必要なことは... −『良い戦略、悪い戦略』
2012年 08月 04日
ある国、ある組織、あるいはある個人にとっては近い目標も、他の国や組織にとっては、必ずしも近い目標とはならない。これは、持ち合わせているスキルやリソースに違いがあるからだ。ヘリコプターの操縦を例にとって説明しよう。
若い頃は戦闘ヘリのパイロットで、ベトナムに従軍した後レスキュー隊で働いたこともあるPJという男はいまではメキシコ最北部バハ・カリフォルニア州でサーフィンやつりを楽しんでいる。
私はPJからヘリコプターの話をしてもらおうと、こう言ってみた。「ヘリコプターは飛行機よりも安全なはずだ。万一エンジンが止まっても、降下しつづけながらオートローテーション(自由回転飛行)ができるから、ちゃんと着陸できる。つまり、ヘリコプター自体がパラシュートのようなものだ。そうだろう?」
PJはフフンと鼻を鳴らした。「エンジンが止まった瞬間に、コレクティブピッチ・レバーを操作して回転翼をフルダウンし、左のペダルを離して右のペダルをいっぱいに踏み込み、メインローターの回転力を得る。高速で降下してしまうのを防ぐには、これだけの操作をほぼ一秒でやらなければならない」。そして一呼吸置いてから付け加えた。「もちろん、この操作は可能だ。だが、考えていたらできない」
「自動的にできなければだめだということかい?」
「全部というわけじゃないよ。エンジンが止まってしまったら、いろんなことをやらなくちゃいけない。いちばん大事なのは、どこに着陸するかを決めて、そこまでスムーズに降下していくことだ。こいつには全神経を集中しなければいけない。だが、ヘリコプターを操縦する動作のほうは、機械的にやれなくちゃだめだ。何も考えずに操縦できるからこそ、危機に注意を集中できる」
「ヘリを飛ばすには、いろいろな装置を絶えず調整する必要がある。スロットル、コレクティブピッチ・レバー、サイクリック(操縦桿)、左右のラバーペダル。簡単じゃないが、訓練すればできるようになるし、経験を積めば自動的にできるようになる。そうなったら、次に夜間飛行を学ぶ。昼間が先で夜間は後だ、逆はあり得ない。そして、夜間飛行が問題なくこなせるようになったら、次に編隊飛行を学び、さらに戦闘訓練に移る。どれもこれも完全にマスターし、何も考えずに自動的にできるようになったら、強風が吹く中で夜の山中に着陸するとか、揺れる船の甲板に着艦するといった練習を始められるだろう」
もちろん、この話のポイントは、それにとどまらない。
一瞬で勝負が決まるスポーツなどではあたりまえの話だが、企業経営でも、最重要課題に取り組んで、危機を回避するためには、それ以外の部分に労力をとられていてはいけない。そのためには、ある程度の役割分担のうえで、それぞれが果たすべき役割をきちんと果たしていかなければならないということでもある。
あることだけに集中する、すなわち最重要課題に優先的に取り組むためには、他の重要なことがクリアできていなければならない。PJがヘリと船のタイミングを合わせることだけに集中できるのは、初歩から始めて段階を踏み、飛ぶことがすでに機械的にできる作業となっているからである。
このように近い目標とは梯子を上るようなものと考えることができる。最初の段にしっかり足をかけなければ、次の段に上がることはできない。とりわけ、たくさんのスキルを必要とする場合にそう言える。ヘリコプター・パイロットが操縦スキルを段階的に身につけていくように、企業経営でもある種のスキルは段階的に備わっていく。ある企業にとっては近い目標として集中できることも、他の企業にとって遠すぎることがあるのは、このためだ。
いやー、ホントにこの著者、話題も豊富でなかなか面白いね〜♪