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原子力小委員会の「中間整理」(改訂案)を見ながら日本で原子力を使っていくために必要なことを考えてみた

原子力小委員会では「中間整理」がなされようとしているが、果たして、日本で原子力をベースロード電源として使っていくためには、何が必要なのだろうか。

【事故が起きたらどうするのか?】

福島第一で電源喪失により炉心溶融・水素爆発が起こったわけだから、いまさら「事故は起きません」なんてことは言えないだろう。(けれども、原子力村の人たちは、それでも「事故は起きません」と言い続けるのだろうか)(そういえば、福島第一での事故前までは、原子力村は大きくなっていて、「村ではなくて『町』と呼んでくれ」という冗談を言う人もいたけれど)

ともかくも、事故が起こっても、民間企業が責任をとることができるようにするためには、原子力損害賠償制度が無限責任になっていると、何某機構のようなもので資本増強しない限り、その責任は果たせないということになるだろう。そうでなければ、いざ事故が起きたら、責任を果たす前に倒れてしまうだろうから。

だから「有限責任を無限責任にすべき」と考えるのか、「民間でやる事業ぢゃないでしょ」と考えるのか、そこには価値判断が伴うところかもしれない。ただ、国としても、「原子力事業を国に移管しろ」と命令することはできない。財産権の侵害になるだろうから。いずれにしても、なんらかの道を模索する必要がある。

現在は、何某機構のために「機構法」なるもので、「一般負担金」や「特別負担金」を原子力事業者や発災事業者が支払うことになっているが、これは、福島第一のほうに回っていると見ることもできるので、いわば、過去の清算のためのお金。

民間企業が原子力をやっていくためには、保険のような形であらたな原子力賠償制度に仕立て直さなければならないだろう。

【海外と日本の大きな違い】

原子力賠償制度は、海外の主要な国では、有限責任制度になっているが、そもそも、海外と日本では、原子力に関して大きな違いがある。それは使用済燃料、バックエンドの扱いである。

イギリスは、もともと国営だった。フランスは、今でも、ほぼ国営に近い。米国は、民間企業がやっているけれど。日本との大きな違いは、これらすべての国において、使用済燃料は国が引き取り、バックエンドについて国が責任をとっているということだ。それは、電力自由化が一部なされている米国においても同様である。

日本では、電力会社が日本原燃の株主であり、核燃料サイクルを共同で支えている。これまで超巨額かつ超長期にもわたるバックエンドを民間企業が支えることができたのは、「総括原価」「垂直統合」「地域独占」という「3種の神器」に加えて、「原子力は将来に亘って拡大していく」という方向性があったから。将来拡大すれば、現在の負担は、将来に先送りしても、小さな負担で済ませることができた。

しかし、「原子力依存度低減」という方向性が出され、今、その実現に向かって、どうすればよいか検討がなされている。これは、原子力村にとっては大きな方向転換である。(もしかしたら、村人たちは、そのインパクトの大きさに気付いていない、あるいは心底実感していないかもしれないけれど(汗))

さらにもっと根本的なところで違いがあるとすれば、「エネルギーセキュリティ」に関する感度、「原子力というエネルギー源は必要なのだ」という認識の違いかもしれない。

原子力産業協会主催のイベントで、駐日英国大使館の原子力担当一等書記官キース・フランクリン氏が英国での意識調査の結果を示していたが、英国では60%台半ばから80%弱までの割合で、原子力も必要だという認識を示しているとのこと。また、驚くべきことに、新規建設については、福島第一の事故以降、一旦落ち込んだものの、その後、それまでにも増して賛成の意を示す人が多くなっているとのこと。

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このようになったのは、英国において、チーフ・ニュークリア・インスペクターなる役職の人が、福島第一での事故を分析して、国民に分かりやすく伝えていたからだという。このように、国がきちんと啓蒙活動を行うことで、国民が原子力を支持するという環境が必要だ。

とはいえ、英国では、そんな大きな事故は起きていない。せいぜい、昔の英国核燃料公社(BNFL)が関西電力向けの混合酸化物燃料(MOX燃料)のデータを改竄したり、破壊工作をしたりした程度だ。チェルノブイリには日本よりも近いけれど、それほど深刻に考えている人は少ないのかもしれない。

一方、米国では1979年にスリーマイルアイランドで事故が起きたこともあり、それ以降、新規建設の話が具体化するまで30年以上かかっている。日本でも同じような状況になるのかもしれない。しかし、石炭に加えて、シェールガスやシェールオイルを産出する米国と異なり、日本のエネルギー構造は脆弱だ。米国と同じことをやっていたら、日本は滅びてしまうかもしれない。そういう危機感を持っている人が少ないかもしれない。

ともかくも、原子力を取り巻く環境については、このエネルギーに対する考え方とバックエンドの問題が、日本と海外での大きな違いである。

【競争環境下で原子力が日本で残っていくために必要なこととは】

電力自由化によって、「総括原価」「垂直統合」「地域独占」という「3種の神器」の効力が失われると同時に、「原子力依存度低減」という政策変更、新たな規制基準の導入という規制変更によって、日本の原子力は未曽有の危機に瀕しているといっても過言ではない。

原子力に代わって、安全で廉価で安定的なエネルギー源を確保することができれば、それに越したことはないが、それらを日本が手にするまでは、原子力も使わざるを得ない。競争環境下で原子力を続けていくためにはどうしたらいいのだろうか。

とにかく原子力にお金が回るようにすることが必要だ。そのためには、お金の出し手が、出してもいいと思えるくらいのリスクになっている必要がある。しかも長期に安定しているということは必須で、政策リスクや規制リスク、売電価格変動リスクなどがヘッジできている必要がある。

そういう意味では、英国が導入しようとしている差金決済型固定価格買取制度はこれらのリスクをある程度カバーしうるものにしようとしているという点で、とても興味深い。もちろん、日本では、太陽光発電など再生可能エネルギーの固定価格買取制度が、「世紀の大失策」と評されるくらい評判が悪いため、その影響もあって、原子力に固定価格買取制度を導入できると信じている人は、それほどいないのではないだろうか。

では、そういうリスクをヘッジするには別の方法はないのか。少し硬直的になってしまうかもしれないが、国という最大のリスクテイカーがそこを補うということが考えられるかもしれない。あるいは、今後も規制料金が残る送配電事業者がその代役を担うということも理論的には可能かもしれない。もちろん、今、検討されている電力システム改革におけるライセンス制度をどう考えるかということにもよるが。

一方で、使用済燃料の再処理によって出てくるプルトニウムはどうするのか、使用済燃料はどこに保管するのか、放射性廃棄物はどうやって処分すればよいのか(余裕深度処分に関する基準は、日本ではまだ定まっていない)、どこに処分すればよいのか、高レベル放射性廃棄物はどうするのか、廃炉が進む立地自治体の経済・財政へのインパクトをどう緩和し、どう産業構造転換を促すのか、そういった課題もある。

ひとつひとつのピースを地道に積み重ねて空白を埋めていかなければ、絵は完成しない。1つのピースがかけてもダメである。原子力とはそういうものだったのかもしれない。



それでも当面、原子力を続けていくことは必要なので、なんとかやりくりしていくしかないのだろう。そして、そこで得た未来へのエネルギーを、代替エネルギー・技術を開発することにも注力していく。原子力を続けるのもいいのだけれど。それが今、日本でとるべき道なのだろう。


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  by yoshinoriueda | 2014-12-08 20:05 | エネルギー・環境 | Trackback(1) | Comments(0)

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Tracked from Entrepreneur.. at 2014-12-08 20:54
タイトル : 総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員..
総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会(第10回)において「原子力小委員会の中間整理(改訂案) 平成26年11月」が示された。37ページに亘るものだったが、縮約してみると以下のとおり。 Ⅰ.総論 ○平成26年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画においては、原子力は、安全性の確保を大前提に、重要なベースロード電源と位置付けられ、原子力規制委員会によって新規制基準に適合すると認められた原発は、再稼働を進めていくこととしている。 ○一方、原発依存度を可能な限り低減させ...... more

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