ものづくりで増す品質管理の重要性:「こっそり変更」で発熱事故 おびえる電機メーカー
2015年 03月 04日
片岡氏が抱いていた疑念とは、「サイレントチェンジ」。メ-カ-の知らぬ間に、取引先の素材メ-カ-などに材料の組成を変えられてしまうことを指す。とのこと。ものづくりにおける品質管理の重要性はますます増しているということを示すよい例だろう。そこで「信頼できるのは日本製品」ということになればいいのだけれど^^
このサイレントチェンジが今、先進国の電機を中心としたセットメ-カ-の間で、大きな問題になっている。・・・関係者は「コスト削減が目的」とみる。・・・
「今、問題が起きているのは中国の部品メ-カ-や素材メ-カ-がほとんど。彼らに日本メ-カ-のようなマインドはない」・・・
「グロ-バル最適調達」といえば聞こえはいいが、日本では考えられないリスクを背負い込み、それを乗り越えていかなければ、実現はおぼつかない。そして、調達網を広げるほど新たなリスクに直面することを、サイレントチェンジは映し出している。
円安局面で製造の国内回帰も見えつつある今、改めてサプライチェ-ンを考え直す時期に来ている。
電機などの大手セットメ-カ-が、「サイレントチェンジ」の恐怖に襲われている。取引先の素材メ-カ-によって許可なく、いつの間にか材料の組成を変えられ、事故を引き起こす。調達のグロ-バル化が引き起こした見えないリスクに、どう立ち向かうのか。
「事故を起こした製品に御社の部品が使われていた。こんな材料が入ってたことを知っていたか」
「えっ? そんなはずはない」
事故品の原因調査などを実施する機関「製品評価技術基盤機構」、通称NITE(ナイト)。ここで主に樹脂材料を調査する片岡孝浩氏は、ある疑念を胸に、台湾の部品メ-カ-を訪ねて問いただした。
ジュピタ-テレコム(東京都千代田区)が2014年4月にリコ-ル(回収、無償修理)を始めたケ-ブルモデムに付属するACアダプタ-。これを製造したのが、この台湾メ-カ-だったのだ。
片岡氏が抱いていた疑念とは、「サイレントチェンジ」。メ-カ-の知らぬ間に、取引先の素材メ-カ-などに材料の組成を変えられてしまうことを指す。
このサイレントチェンジが今、先進国の電機を中心としたセットメ-カ-の間で、大きな問題になっている。問題のACアダプタ-の事例を詳細に追ってみよう。
機器に差し込むプラグ部分が発熱して変形する事故だった。
NITEは、この経緯を突き止めようと、発熱したプラグの製造元をたどった。すると、驚くべき複雑なサプライチェ-ンの実態が浮かび上がってきた。
ジュピタ-テレコムは、通信関連技術の開発会社を介し、海外のあるメ-カ-からモデムの供給を受けていた。そのメ-カ-は、冒頭のやり取りの相手である台湾の部品メ-カ-からACアダプタ-を調達。
だが、ACアダプタ-を作った張本人ですら、問題の材料が使われていたことを知らなかった。
なぜならこの台湾部品メ-カ-も、発熱を引き起こした電極部品の製造を外部に委託していたからだ。
その委託先は、中国のあるメ-カ-だという。
ここでも話は終わらない。電極は金属部品とその間を埋める樹脂から成る。NITEの調査では、発熱の原因が樹脂材料の方にあったことが分かった。
この樹脂材料を作ったのが、中国にある別の樹脂メ-カ-だった。
そして、その樹脂に含まれる「難燃剤」が、本来あるべき「臭素系」ではなく、「赤リン」に置き換わっていた事実にたどり着いた。
■臭素系のはずが赤リンに…コスト削減でもうける狙い?
難燃剤は、樹脂を燃えにくくするために添加する。よく使用されるのは臭素系だが、価格の安い赤リンへの転向が増えている。
ところが赤リンは使い方が難しい。
難燃剤として使う場合は、水をはじくコ-ティングを施す必要がある。
そうしないと、水と反応して通電性のある物質に変わり、電極間のショ-トを引き起こしかねない。
問題の樹脂材料に含まれていた赤リンは、このコ-ティングがされていなかった。
なぜこんなことが起きたのか。関係者は「コスト削減が目的」とみる。
この中国樹脂メ-カ-は臭素系から赤リンへ切り替え、しかもコ-ティングを省いてもうけようという気持ちがあったのかもしれない。
だが、こうした事故ではサイレントチェンジが意図的かどうか、証拠をつかむことは至難の業だ。ほとんどの場合、完成品を製造したセットメ-カ-が責任を取ることになる。
2014年、日立コンシュ-マエレクトロニクス(横浜市)が発表した液晶テレビとデジタルチュ-ナ-に付属するACアダプタ-の不具合も、サイレントチェンジが原因と言われる。
やはり、知らぬ間に赤リンが使われていたのだ。
こうした事態を受けて、電機大手では赤リンの存在を見分けられる試薬を導入する動きが広がっている。
中国から部品を仕入れる際にこの試薬を使い、抜き取り調査をする。手間がかかるが、自衛策を打ち出さなければいつ被害に遭うか分からないのだ。
サイレントチェンジは赤リン問題にとどまらない。NITEが2013年3月に調査したスチ-ムクリ-ナ-の損傷事故。台所の油汚れなどを落とすために噴射する蒸気をホ-スに送り出すノズル部が突然折損し、使用していた人が蒸気でやけどを負った。
ノズル部に使われていた樹脂を調べると、その原因が見えてきた。
本来、ノズル部の材料には強度を増すため一定量のガラス繊維を入れるはずだ。
ところが事故品に含まれていたガラス繊維は規定より少なく、代わりにガラスの粉が混ぜられていた。この材料を生産した中国メ-カ-が、粉であっても同じガラスであれば元素分析でばれないと考え、ひっそりと切り替えた可能性がある。
サイレントチェンジの問題は想像以上に根深い。事故を起こしかねない製品の生産から問題発覚までの期間が長く、被害額が莫大になりやすい。
冒頭で紹介したケ-ブルモデムのリコ-ルは2009年2月~2012年9月に作られたものが対象。リコ-ル発令の2014年4月より早く気付けていれば被害額は抑えられた。「サイレントチェンジは事故後に初めて存在が明らかになる。だから被害が広がる」(片岡氏)。見えないところでリスクが膨らみ続ける。
日本企業の備えは十分とは言えない。サプライチェ-ンがグロ-バル化し、リスク管理が困難になっているのは、ケ-ブルモデムに限らない。
自動車も含め、どの分野の製品でも直面している課題だ。しかし、日本のセットメ-カ-はこのリスク管理を、これまで国内部品メ-カ-の「善意」に頼ってきた。
例えば、コスト削減などの目的で材料の組成を変える時などは、部品メ-カ-が率先して安全性を確認する。部品メ-カ-の中で、設計者が新しい材料を見つけてきて安全試験を実施。それを品質担当者が試験をして確認し、担当役員らが承認、そうして初めてセットメ-カ-へ納める。このような、幾重ものチェック体制が敷かれている。
■自動車などに広がりも、サプライチェ-ンを考え直す時期に
だが、事態は変わった。「今、問題が起きているのは中国の部品メ-カ-や素材メ-カ-がほとんど。彼らに日本メ-カ-のようなマインドはない」(ある技術者)。
そして、材料の安全に詳しい別の技術者は次のように断言する。「サイレントチェンジは樹脂だけでなく金属でも起こり得る。安全にかかわる大事な部品を、管理の及ばない海外で製造していいのか、考え直すべきだ」。
今は電機メ-カ-の事故が目立つが、世界に調達網を広げる自動車でも、いずれこうした事態が深刻化する可能性は高い。「グロ-バル最適調達」といえば聞こえはいいが、日本では考えられないリスクを背負い込み、それを乗り越えていかなければ、実現はおぼつかない。そして、調達網を広げるほど新たなリスクに直面することを、サイレントチェンジは映し出している。
円安局面で製造の国内回帰も見えつつある今、改めてサプライチェ-ンを考え直す時期に来ている。