「ユニオンは永遠に未完成」

「ユニオン」といっても、
西暦2307年。

化石燃料は枯渇したが、人類はそれに代わる新たなエネルギーを手に入れていた。3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけだった。

3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』。中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』。ヨーロッパを中心とした『AEU』。各超大国群は己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサム・ゲームを続ける。そう、24世紀になっても、人類は未だ一つになりきれずにいたのだ……。

そんな終わりのない戦いの世界で、「武力による戦争の根絶」を掲げる私設武装組織が現れる。モビルスーツ「ガンダム」を所有する彼らの名は、ソレスタルビーイング。

ガンダムによる全戦争行為への武力介入がはじまる。
というガンダムOOの「ユニオン」ではなく、カスタムメイドのドアハンドル製造などを手がける株式会社ユニオン。(前置きが長い...)

株式会社ユニオン代表取締役社長である立野純三氏による講演で、ドアハンドルという単一製品を中心に企業を成長した秘訣を聞くことができた。これまたウェブにはあまり出ていないようなので、誤解を恐れず理解したことを備忘メモしておきたいと思う。

ユニオンは、国内のドアハンドルのシェアで90%以上と圧倒的なブランド力を持ちながら、工場を持たないファブレス会社。本社は大阪市西区南堀江にある。創業は1958年、現在の年商130億円程度、従業員数はパートも含めて230名程度とのこと。最近では、銀座に続々とオープンしている高級ブランド店のドアハンドルのほとんどがユニオン製。関西では、近鉄阿倍野店のバルコニーや、西宮の兵庫県立芸術文化センターのドアハンドルやフロア備品・什器などでも採用されている模様。

【秘訣:その1】時代の流れに乗りながら新進の気鋭を発揮!
1964年の東京オリンピック、東海道新幹線開通、1970年の大阪万博など時代の流れに乗って、オリンピック会場や新幹線の駅舎、パビリオンのドアハンドルをすべて手がけた。ファブレスながら、十分な在庫を持ち、納期を短縮し、連日の徹夜作業で納期に間に合わせ、「ユニオンならちゃんと仕事を仕上げてくれる」という信頼を得た。金がない時代には、信頼が宝。大阪万博の際に生まれたユニオンのキャッチフレーズは、「必要な時に、必要なものを、必要なところへ届ける」

「とって」を「ドアハンドル」と呼び、モノクロ一辺倒だった時代からカタログをカラーにし、「日本語」で書かれているのが常識だったカタログを「英語」を中心とした記載にするなど、新たなことに取り組み続けることで、「ドアハンドルはユニオン」と呼ばれるようなブランドを確立。なお、ユニオンにとってカタログは命。今でも売上の7~8割はカタログからの注文で、いわば通信販売のようなビジネススモデルとなっている。

創業当時は、「メーカー→問屋→ゼネコン・工務店」という商流が一般的であったが、問屋、ゼネコン・工務店といった間をスッ飛ばし、「メーカー(ユニオン)→施主・設計事務所」といった意思決定者に直接アプローチする従来とは異なる商流に挑むことで成功。同じようなアプローチで成功した企業として、鍵のトップメーカーとなっているMIWAが挙げられる。

創立35周年(1988年)に合わせ、ArtとHardwareから「Artware」という言葉を造語。この言葉を造った理由は、時代の流れに乗って成長してきたことから「モノがあれば売れる」と摺り込まれてしまった過去の成功体験を打破したかったため。バブル崩壊とともに建設需要が急落し、それに伴いユニオンの売上も急落したが、Artwareというコンセプトの3つの柱
- Craftsmanship
- Creativity
- Consulting
に基づく意識改革は、10年ほどかかってようやく成果を挙げ始めた。

自社倉庫や提携工場などの在庫の状況をリアルタイムで把握するため、Windows95が発売された1995年頃からITの活用に着手。PCが自由に使いこなせない年配の営業マンなどはラインからはずし、倉庫番にするなど、徹底的に全社員にPCスキルを要求。

現在の新たな取り組みは以下のとおり。
- 伝統工芸品とのコラボレーション。
取り組みから4年目にしてようやく売れ始めた。
- 国内の建設需要に左右されにくい海外への展開。
中国・無錫に初の工場を建設。
- 個性を大切にしたい個人へのアプローチを模索。
意識が変われば、業績などは劇的に変わるかもしれないけれど、やはり意識改革には長い年月がかかるようである。逆に言えば、賞味期限を改竄したりする不正に染まっている企業の体質も、なかなか変わらないということか...(^^;;

それにしても、いいものを作っていれば売れるという時代を経てきたのは、この企業の幸運か?

昔、「AUTHIER」というブランドのスキー板があった。このブランドは「オーチェ」と読むのだが、うまく読めない輩が「アチャー?」とか読んでいた。それはともかく、オーチェのスキー板は、当時、とてもいい板だった。このオーチェで、スキーのインストラクターの試験を受けるための練習をしたので、個人的にはとても思い入れのある板だった。トレーニングのために訪れたカナダのウィスラーで、初めてオーチェに乗ったので、さらに思い出深い。

オーチェは、とてもいいモノを作っていたにもかかわらず、潰れた。いいモノが評価されないなんて、なんて理不尽な世の中なんだろうとその時は感じた。もちろん、技術が進化して、今はカービングスキーが主流となり、いい板はもっとたくさんあるが、ふと、そんな昔のことを思い出した。

ただ、ユニオンは、単に時代の流れに乗っただけではないような気もする。常に考え続ける姿勢、挑戦し続ける心があるような気がするのだ。また、95年頃からPCスキルを徹底的に要求して、できない社員はお払い箱にするといった徹底した能力主義を貫こうとするところからも、ただ単に建設業とともに成長してきた会社ではないと感じる。

思うに、ITやPCの進化といった技術革新は、新旧を交代させるのにはちょうどいいのかもしれない。技術革新についていけるかどうかは見た目にも明らかだから、有無をいわせず、言い訳をさせず、老害を排除するのにちょうどいい。そのうち自分も排除されるかもしれないが、果たしてどこまでいけるのか。常に「いざ、勝負!」という気持ちでいたいものだ。

【秘訣:その2】コアとなるデザイン力への集中!
年間100以上の新しいドアハンドルを設計し、年間80以上を意匠登録。現在、3,000種類以上のドアハンドルをカスタムメイド。

ユニオンのドアハンドルは(価格が)高い」と言われることを大切にしたいと考えている。たとえ価格が高くとも、「高級感」と「安心感」を与えることができれば、信頼を得ることは可能。施主や設計事務所などの信頼を得ることにより、伝えられる(全体あるいはドアハンドルの)イメージをもとに、ユニオン側で設計を手がけるのがほとんど。

ファブレスであることから、アルミや木材などの素材や特定の加工技術に縛られることなく、「こんなドアノブができないか」という顧客の注文に合わせてドアハンドルを設計・製造することが可能。その設計をもとに製造するのが70社ほどの企業・工場からなるUPC(Union Partners Club)。(創業者である立野一郎氏は、大阪船場建築金物卸商・西孫商店で丁稚修行し、お客さまのもてなしを初めとした営業のイロハ、メーカーなどにも適正な利潤を確保させるといった商売の作法などを学び、現在もそれを実践。取引先との健全な繁栄の基礎は、西孫商店の中から築かれたとのこと。)顧客の要望によって育てられた職人は皆技術力が高く、簡単に真似できないものとなっている。(ただし、真似されないようなモノをつくっているようではダメ。魅力があるモノだからこそ真似される。)
「真似されるようなものをつくれ!」というのは、「関西イノベーション・フォーラム メモ」にも書いたように、シャープのときにも聞いた言葉。真似というのは、オリジナリティーがないとか、パクリでずるいとか思われるかもしれないが、実は、とても大切な要素だと感じる。例えば、ブームを巻き起こすのも真似する人が多いからだし、真似されるということは「アテンション(attention)」されているということだし、スポーツの世界などでは、真似することで上達したりする。真似を侮るなかれ、ということか。

【秘訣:その3】自ら汗をかく信念のリーダーシップ
1973年から米国でクローゼットのドアハンドルの販売を開始。当時、一番優秀な営業マンを配属してもらったが、寸法表示がアメリカではインチ、日本では尺といった差にも気付かず、5年間、全く売れなかった。配属された優秀な営業マンは、次々に全員潰れていった。そのような状況の中でも、リーダーは「絶対に売れる!」という信念を持つことが大切。そして、その信念を持って、自分で売りに行くことが大切。
シリコンバレーのパロアルトにあるIDEOでも、inchとcmの差(誤解)がヘンテコリンなものを作り出したという話が「IDEOから学ぶイノベーションの極意!」で紹介した「発想する会社!」(トム・ケリー他著、早川書房)にも出ていたが、ものづくりにおいて寸法というのはとても大切。

立野社長曰く「来年創立50周年を迎えるが、ユニオンは永遠に未完成。一つの目標が達成できたら、次を描き、社員や関係者ともども成長していく企業を目指したい。」とのこと。常にいい加減な仕事しかしていなければ、それは「未完成」ではなく、単に「いい加減」でしかない。きっちりとした仕事を仕上げ続けてきた企業だからこそ、「永遠に未完成」という言葉には重い響きがあるように感じる。

ちなみに、完璧主義の日本においては、重箱の隅をつつくようなことまできっちりやって完成させることが大切だと思わせるようなプレッシャーを感じることもあるが、そんなことはさておいて、常にベストを尽くして「永遠に未完成」を目指すというのは悪くないような気がする。
 

  by yoshinoriueda | 2007-11-22 22:27 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

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