京都市立堀川高校荒瀬校長に学ぶ「人の成長に必要なものとは?」@「奇跡と呼ばれた学校」

a0004752_1555747.jpg京都市立堀川高校の荒瀬校長の著書「奇跡と呼ばれた学校」を「人の成長に必要なものとは?」という視点で見ていくと、「言葉」「経験」「注目」「受容」「時間」という5つのキーワードが見えてきた。

木は光を浴びて育つが、人は何を浴びて育つのか?という疑問を持った荒瀬校長が、校庭に入ってきたおばあさんと女の子が話をしているのを見て、
そうか、人は言葉を浴びて育つのか!」(p117)
と気づき、
言葉は、人が成長していく上で何よりも大切なものです。しかも、いい言葉、正しい言葉を浴びて育っているかどうかは、大きな問題です。
と説明している。さらに、p190-193にかけて、
 言葉は自らの内側で磨かれることが非常に大切だ・・・
 言葉は脳を刺激します。人は、言葉によって喜びを得、言葉によって傷つきもする。言葉によって外界のものだけでなく感情をも把握し、言葉によって表現し、言葉を満たしていくことで育っていきます。言葉と人間とは切っても切れない関係です。
といったことも述べている。

言葉には力がある。力には、常に両面がある。言葉は、相手を傷つけてしまうこともあるけれど、人を成長させることもできる。その力を信じ、いい方向に使っていきたいものだ。

2つ目の「経験」については、次のような記述がある。
人間は取り組みを通して成長する。子どもも大人も同じです。取り組まないで得られた成功はありがたいものですが、その人の力として定着しにくい。本気で取り組んだら、たとえ失敗したとしても、そこから得られるものがあり、そちらは本当の力になる。
この考え方は、
私たちは体験を通してリーダーを育成したいのです。
とも書かれているように、昨日の「京都市立堀川高校荒瀬校長に学ぶ「リーダーとは?」@「奇跡と呼ばれた学校」」というエントリーででてきた「リーダー」の育て方にも影響を与えている。

知識や考えというものは、どこまでも、そしていつまでも広げていくことができる。そして、新しいことを知るということは、とてもワクワクすることだ。それに比べて、経験というものは、時間がかかり、限定的である。それでも、やはり、経験というものはとても大切である。経験に囚われてしまってはならないが、経験に裏付けられた知識ほど役に立つものはない。

一番理想的なのは、経験を、単なる経験に終わらせないことだろう。経験から学んだことをエッセンスとして取り出し、常に、次に使えるようにしておく。そうすることで、同じ間違いを繰り返さないようになる。逆に、カラダで覚える「だけ」では、時間がいくらあっても足りない。

3つ目の「注目」については、次のような記述がある。
学校も人も、見られてよくなる。このような体験を重ねることによって、生徒達も教員も、鍛えられていくのです。見られることが向上を促す。そう思わずにはいられません。
これは、個人的な経験上、正しいと思える。初めてスキースクールのインストラクターになってスキースクールのユニフォームを着させてもらった時に言われたのが、
「その服を着ている以上、ゲレンデの人たちは、滑りに注目する。だから、下手な滑りをしてはいけない。転ぶのも厳禁。いつも誰かにどこかで見られているのだと思え!」
ということ。この言葉は、まだまだ下手だった自分自身にとっては重い言葉だった。だからこそ、懸命に練習もしたし、バランスを崩しても、踏ん張って、転ばないようにした。その時は不思議だなぁと感じていたのだが、そんなふうに心がけていることもあってか、スキーは徐々に上達していっていた。そんな経験から言えることは、「見られることが成長を促す」だけでなく、「見られていると思うことだけでも成長は促される」ということ。(ま、自意識過剰になってしまうというところもあるのだけれど...(^^;)

4つ目の「受容」については、p186に次のような記述がある。
 大事なのは、「受容されている」あるいは「共感されている」ということです。
 中央教育審議会でも問題になっていることですが、いまの子どもたちは、自信のない子がとても多い。それは小さなころから否定されてばかりで自分の存在を認められていないからでしょう。・・・
 子供時代に親や周囲に認められることは、その子の大きな力となります。子どもは自信をもって自分の道を歩んでいくことができるようになる。・・・
 やはり教育の大原則、子育ての大原則は、「認めて育てる」ということでしょう。
 人は、認められることによって自信を得、充実感を持ち、幸せになることができる。ひいてはそれが、周囲の人をも認めることになり、よきリーダーシップをとっていくことにもつながるのです。
認めて育てる」という考え方、子供を持つ親として、参考にしたいと思う。

それにしても、人が成長するというのには時間がかかる。学ぶということ自体に時間が必要なのである。
一年を思うものは花を育てよ。
十年を思うものは木を育てよ。
百年を思うものは人を育てよ。
100年生きるかどうかは別として、人を育てるためには、実は林業よりももっとずっと長い時間が必要なのかもしれません。
「教育は国家百年の計」といわれるが、国としての話だけでなく、やはり、人の成長には時間がかかるものである。感情に流されず、辛抱強く見守ることこそが大切なのかもしれない。

  by yoshinoriueda | 2008-06-14 23:10 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

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