「匿名による無責任」の構図からの脱却の鍵は「責任」(当たり前だけど...)

日経ビジネスオンラインで「機動戦士ガンダム00」の水島精二監督のインタビューが連載されている。
[参考]
 ・「正義」への欲望が「匿名の正論」を暴走させる
 ・「すべてが他人事」の環境が、欲望のスタイルを変えた
 ・ショートカット志向にどう立ち向かう?

なーんだ、アニメの話か...と思ってしまうかもしれないが、内容は、「機動戦士ガンダム00」の話にとどまらず、現在の社会のあり方などにも広がっていて、最近の地球温暖化問題に対する様々な人の動きや発言にも敷衍して考えることができるヒントがたくさんある。

主には、匿名性の高いネットの世界で作品が叩かれることに対する意見のようなものから話が展開しているわけだが、2回目の話「「すべてが他人事」の環境が、欲望のスタイルを変えた」のところが特に示唆に富む。
 ―― “ビッグネーム叩き”という現象があるというお話をうかがいましたが、何か「巨悪」みたいなものを見つけて批判を繰り返す行為は、どうして起きるのだと思いますか。やむにやまれぬ正義感でしょうか、それとも日常で抱える不満のうっぷん晴らしなのでしょうか。

水島 両方じゃないでしょうか。「批判することで良くなるかもしれない」という思いは、心の中にあるでしょう。自分は憂さ晴らししているだけなのだと思ったら、寂しくなりますからね。自分の中で、どこかに正義を保てないと、俺、何をやっているんだろうというところにいってしまうと思うんですよ。人に批判の言葉を叩きつけるためには、そこになにがしかの「正義感」を持っていないと難しいんです。
これは、まるで民主党が自民党を叩き、環境派が産業界を悪とみなしている構図のようだ。それを水島監督は、「時代性」としてみている。
―― では、その正義は、どのような拠り所に支えられているのだと思いますか。

 自分が言っていることが、いわゆる「社会の正義」に同調したものなのだと、そういうふうに思いたいのかなと。

 叩きをする人たちは、ネットが“民意の集合体”のように見える構造を利用して、一番分かりやすい真っすぐな「正義の言葉」を投げてくるわけです。見ていて興味深いと思うし、これが今の時代性なのかなと思います。
では、そのように唱える人が実際に行動できているのか?というと、そういうわけではないことも指摘している。
―― それが「時代は“正義”を欲望する」ということですね。

 でも、正論を言う人が、本当にそのように行動できているかというと、それはまったく別ですからね。

 正論はあくまでも論でしか無くて、実際に、その通りに行動してみろと言われたらできない人がほとんどですよね。


―― 確かにそうですね。

 たとえば、どこか名前の知られた組織がミスや事故を起こして、それに対して批判が出て、社員が謝罪するというパターンがあって。ネットでよく見るのは、その組織に所属している人間を徹底的に批判することなんですが、批判する側は、いざその批判を自分が受ける側になったらどうするかというのは考えていないんですね。

 批判をする側は、自分の発言をいわゆる社会正義だと思って書き込むんですけど、その個人に対して「あなたは失敗したことはないんですか?」と問うと、みんな、おっとって引いちゃうと思うんです。
自分のことを棚に上げて話をするというのは、よくある話だが、まさに「頭でっかち」が「机上の空論」をもたらすことを指摘している。そして、そんなふうにならないためには「責任」が大切だと述べている。
―― それはなぜだと思いますか。

 それは言葉に、「自分の行動」というバックボーンがないからです。「その時、自分ならどうするか」という肝心なところがないと、机上の空論になってしまいますよね。頭の中のロジックだけで考えた正論というのは。

―― 社会正義と個人は別物と。「自分ならどうする」というところが肝心なんですか。

 そうですね。それが発言に責任を持つ態度だと思います。

 ネットというのは、名前を伏せて発言ができるから、言いっぱなしになれるというのが「いい」んですよ。発言に相応しい行動をとっているかどうかが問われない、安全なところにいられる。だから叩かれない。自分の身に危険が及ぶというのは、名前をさらしているからこそじゃないですか。

 匿名というのは、名前=「自分」がいなくていい状態なんですよ。

 「人ごと」として発言できるから、その分、無責任になれる。言ったことに、責任を取らなくてもいいという。責任を取らなくていいというのは、現実にはなかなかない場ですよね。

 だから匿名はダメだ、発言は必ず実名にしろ、ということを言いたいんじゃないです。無責任に発言できるということには、もちろんメリットもある。そしてこうした怖さもある。両方を含めて、ネットが利便性だけでなく、欲望やモラル、社会の雰囲気に至るまで、すごく世の中を変え、動かしているのを感じますね。
「責任」というキーワードは、オバマ大統領のスピーチにも通じるところがある。

これはネットの世界だけの話でもなく、アニメの世界だけの話でもない。まさに、現実社会にも匿名性、無責任が溢れている。「地球が危ない」と危機感を煽る環境派。現実的な対策があまりないにもかかわらず、他人の言葉を借りて主張を繰り返す人たち。あまりにも無知、あまりにも無責任。それは決して子や孫の世代のためにならない。

自分自身も頭でっかちになってやしないか。「責任」がとれる言動をしているか。常に問いながら前に進みたいと思う。

  by yoshinoriueda | 2009-01-25 11:17 | POP・movie・スポーツ | Trackback | Comments(0)

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