地球温暖化に関する日本の中期目標について考える

地球温暖化に関する日本の中期目標について、これまでの背景、検討の経緯、提示された6つの選択肢、長期目標との整合性、地球温暖化問題への対応がとられなかった場合の影響、それぞれの選択肢がもたらす社会の姿、選択肢を選ぶ場合の視点についてまとめてみた。

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1.背景
(1)国際動向
・192カ国が批准している気候変動枠組条約では、「大気中の温室効果ガス濃度を、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準に安定化する」ことを目指している。この枠組みの中で定められた京都議定書では、2008年~2012年までの第一約束期間において、批准した先進国各国に対し、排出枠が定められており、日本は、1990年比▲6%の排出枠が定められている。世界一の温室効果ガス排出国である中国は、途上国という扱いになっており、排出枠は定められていない。

・先進国の中では、世界一の温室効果ガス排出国である米国は、現在京都議定書を批准しておらず、オバマ政権は、現実的な数値目標を指向しており、1990年比±0%(2005年比▲14%)を掲げている。またEUは、CDMなどのクレジットを含めた上で1990年比▲20%を目標として掲げている。

・2009年12月にデンマーク・コペンハーゲンで開催される第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)にて、2013年以降の枠組みが決められる予定。
(2)日本の現状
・2005年度の温室効果ガス排出量は、1990年比+7.7%。京都議定書目標達成計画では、森林吸収で▲3.8% 、CDMなどクレジットで▲1.6%、温室効果ガスで▲0.6%、合計▲6%の達成を見込む。
2.検討の経緯
(1)「美しい星50~Cool Earth 50」、クールアース推進構想、G8洞爺湖サミット
・2007年5月、国際交流会議「アジアの未来」晩餐会にて、安部元首相が、「2050年までに温室効果ガス半減」を世界共通目標として提案。また、中期目標に関する3原則として、「1.全ての主要排出国が参加し、世界全体での排出削減につながること、2.各国の事情に配慮した柔軟かつ多様性のある枠組みとすること、3.省エネなどの技術を活用し、環境保全と経済発展を両立すること」を提案。

・2008年1月、ダボス会議にて、福田元首相が、中期目標の考え方として、「今後、10~20年でピークアウト」させ、イノベーションと低炭素社会への転換を通じて2050年までに半減させるという「クールアース推進構想」を提案。

・2008年7月、G8洞爺湖サミットにて、「2050年までに世界全体の排出の少なくとも50%削減を達成するとの目標を、気候変動枠組条約全締結国と共有し、同条約の下での交渉において検討し採択することを求める」とし、「全ての先進国間で比較可能な努力を反映しつつ、排出量の絶対的削減を達成するため、野心的な中期の国別総量目標を実施」することを宣言に盛り込み。
(2)低炭素社会づくり行動計画
・2008年7月、福田元首相のスピーチ(福田ビジョン)と首相が有識者を集めた地球温暖化問題懇談会の提言を受け、日本が低炭素社会へ移行していくための具体的な道筋を示すものとして「低炭素社会づくり行動計画」を閣議決定。

・この行動計画では、2009年のしかるべき時期に日本の国別総量目標を発表することとしている。
(3)地球温暖化問題に関する懇談会の下に設置された中期目標検討委員会
・日本の中期目標の検討に着手するとともに、検討のプロセスにおいてセクター別積み上げ方式等に関する知見を国際的に提供することを目的として、福井・元日銀総裁を委員長とする中期目標検討委員会を設置。

・中期目標の検討においては、モデル分析等を精緻に行うなど、科学的、理論的に行なう。また、地球温暖化問題の解決、経済成長、資源・エネルギー問題が両立するよう総合的な観点を考慮する。
(4)中期目標に関する意見交換会、パブリックコメント
・2009年4月下旬から5月にかけて、国民の意見を聞く機会として、全国5都市において意見交換会を開催する予定。また、4月17日(金)から5月16日(土)までの期間、パブリックコメントを受け付けている。
3.提示された2020年の中期目標に関する6つの選択肢
・選択肢1 努力継続ケース: 1990年比 +4%、2005年比 ▲4%
・選択肢2  : 1990年比 +1~▲5%、2005年比 ▲6~12%
・選択肢3 最大導入ケース: 1990年比 ▲7%、2005年比 ▲14%
・選択肢4 : 1990年比 ▲13~23%、2005年比 ▲8~17%
・選択肢5 90年比15%ケース: 1990年比 ▲15%、2005年比 ▲21~22%
・選択肢6 90年比25%ケース: 1990年比 ▲25%、2005年比 ▲30%
4.中期目標の6つの選択肢と長期目標との整合
・いずれの選択肢も、「2050年に世界の排出量を現状比で半減する」「世界の排出量を今後10~20年以内でピークアウトする」「2050年に日本の排出量を60~80%削減する」という長期的な目標の条件を満たしている。なお、日本の2020年の選択肢は、いずれも、世界全体の排出パスにほとんど影響を与えない。
5.地球温暖化対策がとられなかった場合の予測
(1)世界的な影響と被害コスト
・中期目標検討委員会では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書等により公表されている試算結果として、2100年に3℃程度気温が上昇し、被害コストは、GDPの0.9~3%程度になることが紹介された。
(2)日本への影響と被害コスト
・日本では、環境省により、「温暖化影響総合予測プロジェクト」が進められており、2009年5月に結果が公開される予定。

・その研究プロジェクトによる試算の一例として、浸水被害コストが2070年で約8.7兆円になることや、2090年にはブナ林が70%喪失することや砂浜がほぼ半減すること、熱ストレス死亡リスクが約3.7倍になることなどが紹介された。
6.選択肢1,3,5,6について、どのような社会が想定されているか?
(1)どのような対策、施策が実施されるか?
・選択肢1「努力継続ケース」では、すでにある技術をさらに改善し、機器の効率を上げることや、耐用年数がきた時点で高効率機器に入れ替えていくことが想定されている。

・選択肢3「最大導入ケース」では、新たに機器を導入する場合は、現実的な範囲で最先端のものに入れ替えることが求められる。太陽光発電は現状の10倍、高効率給湯器は現状の40倍に増える。

・選択肢5「90年比▲15%ケース」では、新たに機器を導入する場合は、必ず最先端のものに入れ替えることが求められるだけでなく、まだ使えるような機器などについても、最先端のものに入れ替えるよう規制がかけられる。太陽光発電は現状の25~40倍、高効率給湯器は現状の約60倍に増える。

・選択肢6「90年比▲25%ケース」では、ほぼ全ての機器を、最先端のものに入れ替えるよう規制されると同時に、許された温室効果ガス排出量を超える場合は、生産量や活動量を抑えるよう規制されたり、経済的なインセンティブ(例:高い炭素価格の負担を強いられる等)を与えられたりするようになる。
(2)生活や経済はどう変わるか?
・選択肢1「努力継続ケース」では、年率1.3%のGDP成長を見込む。

・選択肢3「最大導入ケース」では、選択肢1に比べて、GDPは0.6%GDP悪化。世帯あたりの光熱費は年間3万円増加し、世帯あたりの可処分所得は年間4万円減少。失業者は11~19万人増加。

・選択肢5「90年比▲15%ケース」では、選択肢1に比べて、GDPは1.4%が悪化。世帯あたりの光熱費は年間7万円増加し、世帯あたりの可処分所得は年間9万円減少。失業者は30~49万人増加。

・選択肢6「90年比▲25%ケース」では、選択肢1に比べて、GDPは3.2%が悪化。世帯あたりの光熱費は年間14万円増加し、世帯あたりの可処分所得は年間22万円減少。失業者は77~120万人増加。
7.選択肢を選ぶ際の視点
(1)世界の中で日本が果たすべき役割は何か?
・日本の温室効果ガス排出量は世界の4%程度。試算結果でも裏付けられているように、日本がどんな目標を掲げたところで、世界の削減パスにはほとんど影響を与えない。温室効果ガスを大量に排出している米国、中国が削減し、また、インド等今後発展する国々が削減しなければ、世界の温室効果ガスは削減されない。

・日本が果たすべき役割は、日本国内の排出削減努力を継続しつつ、次世代の技術開発に邁進し、実質的な削減につながる技術で世界に貢献していくべきではないか?次世代技術が開発されれば、次世代の人たちの削減コストは劇的に安くなる可能性がある。既存の未成熟な技術で今後10~20年をロックインさせてしまうのは、将来にとってよいことなのか?

・各国の思惑が交錯する国際交渉において、国際的に義務を負う数字については、最後の最後まで議論がなされると思われるが、現在は、まだ、中国・インドなど主要排出国の削減計画が明らかではない段階である。米国は、米国内の議論が整っておらず、オバマ大統領の公約どおりの数字で決着するかどうかは不透明な情勢であり、EUは、域内における分担の議論が6月中旬まで先送りされている。このような状況下で、日本が早々と選択肢1以上の大幅な削減率を目標として掲げることが、世界をリードすることにつながるのか?リーダーシップは、プロセスであり、実行して結果が出て初めて、リーダーとなることができる。実現可能性が低い目標を掲げることは、世界をリードすることにはつながらない。
(2)日々の暮らしや経済はどうなるのか?
・選択肢1以外は、現在の世代が老若男女を問わず、かなりのコスト負担を行なうことになる。また、景気も悪化することが予想される。それでも高い目標を掲げる覚悟はあるか?

・選択肢1以上の目標を掲げた場合、オークションによる排出量取引や炭素税が導入され、炭素価格が高騰し、炭素コストがモノの値段に転嫁されることで物価が上昇することにより、景気が悪化し、企業が炭素で制約されない他国に移っていくような事態を招きかねない。ものづくりを標榜する日本が、そのような道をたどることは果たしていいことなのか?

・低炭素社会は、省エネに努めるとともに、化石燃料の燃焼を極力抑え、原子力による電気を最大限活用することが重要となる。太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけでは、電気を安定的に作り出すことはできない。原子力発電を低炭素社会の基幹エネルギーとして国民の総意として受け入れる覚悟はあるか?
(3)最後に責任をとるのは誰か?
・国内に限り高い目標を掲げて目指すのは構わないとしても、国際交渉では、達成できなければ、日本としてペナルティーを負うことになる。よって、選択肢1以外の高い目標を掲げて、万が一、達成できなかったら、将来の世代にツケを回すことになるか、あるいは、政府が税金を使って、お金で解決してしまうことになる。安易に実現可能性の低い選択肢を選ぶこと自体が無責任であると同時に、自分の子や孫の世代に対して無責任ではないか?国際交渉上の数値は、実現可能性が高いものとすべきではないか。

・隣の世帯が省エネ・低炭素化に取り組んでいない場合、それを非難し、責任を負わせることができるか?対策に協力しているところとそうでないところが出てきた場合の責任は誰がとるのか?
以上
by yoshinoriueda | 2009-04-18 22:05 | エネルギー・環境 | Trackback | Comments(0)

清涼剤はSilicon Valleyの抜けるような青い空。そして・・・


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