2005年 08月 15日 ( 1 )

 

究めて自由になるということ

大学を出てから初めてというわけではないけれど、それに近いくらい会っていなかった大学時代の同級生に会った。日本を代表するメーカで頑張っている彼は、アタマのキレは同じ研究室の中では、トップクラスだった。教科書に赤鉛筆で薄く線を引くことで、ポイントをおさえながら勉強していたのを見て、それを真似したことを覚えている。

大学時代を過ごした研究室の仲間は、電気・電子関係の仕事をしていることが多く、そんな話題で盛り上がる。仕事で使うワークステーションは、10年前から大きな進歩はないようで、学生時代の知識が役に立っているとか、もっと学生時代にやっておくべきだったとか… ちなみに、最近は、パソコンでも十分処理能力が高いようで、よっぽど高度な処理を必要としない限り、ワークステーションはあまり使わないという話を耳にしたことがある。

話はどんどん昔に遡り、夜にアメリカのサーバーを見に行って、alt.binaries…に置かれているバイナリーファイルをダウンロードしてくるスプリプトが、~○e○a○o○a/bin/の下に置かれていたとか、英語の論文を読む輪講で説明していたときに、同僚を含めて担当教官も寝入ってしまっていて、最後の一文をどうやって読もうか迷ったとか、そのときの雰囲気や様子が目に浮かんで、面白かった。

日本は人材の流動化があまりないというが、集まった仲間は、半数程が転職を経験していた。優秀な人も多いので、どうしてシリコンバレーでやろうと思わないのか、と聞いてみたら、半導体関係の仕事をしている人は、シリコンバレーでやってみたいという答えを返してきた。まだそういう行動に移らないのは、まだ、夢中になれる凄いものに出会ったとか、発明したとか、そんなところまで達していないのだということだった。

また、それ以外では、関西が好きだからという答えが即座に帰ってきた。じゃあ、シリコンバレーに関西村を作れば、そこに移れるぞという提案も出てきた。シリコンバレーには関西の人も結構いると思うが、九州地域の人も多いなぁという感覚があって、そんな感想を漏らすと、九州地域の人たちは、どこに行っても逞しく生きているよね、というコメントが返ってきた。それは、日本国内でもそんな感覚にとらわれることがあるらしい。東京や大阪は、都市として人をひきつけるところがあって、そこで生まれ育つと、その地域から出て行かなくても事足りるが、地方は、都会に学びに行ったり仕事しに行ったりすることが多いから、出て行くことに抵抗感がなくなるのかもしれない。

私の場合、大阪で生まれ育ち、京都で学び、関西が好きだという気持ちがあったから、仕事を選ぶときも、関西に残ることにした。福井・若狭と大阪で仕事をした後、初めて関西圏から外に出た。その出た先がシリコンバレーだったのだが、一度、外に出ると、いかに関西という地域にこだわっていたかということに気づいた。

地域を愛し、その地から力をもらうということはあるのだが、それは、実はどこに行ってもあまり変わりないのかもしれないとも思うようになった。何かが好きであるということは、それに囚われ、それが足かせになることもあるのだということにも気づいた。

何かに精通しているということは、それが好きだということや長い時間それに接しているから結果としてそうなったのかもしれないが、それは、単に物事を見るときの視点やヒントを、それから得ているに過ぎないのかもしれない。例えば、スポーツが好きな人は、ビジネスでもスポーツとの類似性を見抜き、相違点を理解するかもしれない。

昔、京大アメリカンフットボール部の水野監督は「一つのことに一流になれ」と説いていたが、何かを究めた後は、それに囚われることなく、自由になれ、そしてそれが大切なのだということを分からせようとしていたのかもしれない。

今頃分かったんかい?!と言われるかもしれないが、いろいろな経験を通じて、いろいろな人と話をすることにより、そんなことに気づいたのだから、気づかないまま時間を過ごすよりよかったと思う。そして、そんなことを気づかせてくれることに繋がった人たち-それは、これまで出会ったすべての人たちだが-に感謝したい。

  by yoshinoriueda | 2005-08-15 23:59 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

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