スタンフォード大学は、大学院生のほうが学部生より多く、7000人程度在籍している。このうち、日本人は2~30人である。一方、韓国、インドは数百人いるそうである。インドは人口も多いし、大学レベルでは英語での教育がなされていることから、アメリカの大学で目にすることは当然のような気もするが、日本の隣の韓国がこれだけ多数の若者を送り込んでいる事実をよく考える必要があると感じた。
TOEICなど英語の試験の点数も韓国は日本を上回っていたが、教育熱も日本を上回っているような気がする。近所に住んでいる韓国人も、韓国での教育がよくないということから、アメリカに渡ってきて、子供に教育を受けさせているとのことである。中には、お父さんが逆単身赴任して韓国本国に戻り、お母さんと子供だけでパロアルトに住んでいるということもある。
GDPで比べると、日本でも、子供をアメリカの大学院に送り込むくらいの経済力はあるような気がする。実際に数が少ないのは、英語という語学のせいか、あるいは、教育に価値を見出せないせいか、いずれにせよ、お寒い状態であることには代わりはない。
アメリカでの高等教育だけが正解であるとはいわないが、数だけ見てももう少し多くてもいいような気がする。韓国では、個人レベルの意識だけでなく、企業から派遣されている人が多いとの話も聞く。また、中国からは、裕福な子弟が大挙してスタンフォードにおしよせているような感覚もある。実際、Ph.Dの課程の中国人に会うことは多い。彼らは、本国とシリコンバレーを還流し、それがネットワークを強化しているようである。
日本は、このままでいいのだろうか?なんとかしなければならないのではないだろうか?多くの人が既に言っていることもあるかもしれないが、一般的な日本人にとっては、以下のような能力の強化と実践の場が必要ではないかとこちらで実感する。
■コミュニケーション能力
相手は自分とは異なるということを受け入れられる柔軟な思考を持った上で、
相手に分かってもらえるための論理構成力を身につけ、
実際にそれを用いて表現できるプレゼンテーション能力が必要。
また、表現のために、基本的な語学力は必須。
■リーガル・マインドとモラルのバランス感覚
米国では、「リーガルかイリーガルか」といった判断基準が基礎で、
「モラルにそっているか、イン・モラルか」といった意識は薄いような気がする。
言うべきことははっきり述べ、約束と規則をきっちり守ることで信頼を得、
モラルを持ち続けることができる感覚は、今後特に大切。
■敏捷な肉体+さらに器用な手先+へたらない頭脳
体を使った表現を真似る必要はない。
必要なときにすばやく動ける肉体があればいい。
器用な手先は維持しつつ、「へたらない」頭脳が必要。
権威やキーワードに服従して思考停止するのではなく、
ずっと考え続けることが大切。
では、このような能力をどのようにして身につけていくと良いのか?それは、おいおい、考えていくこととしたい。