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カテゴリ:いろいろ読んで考える!( 153 )

 

「エジソンのような人物には注意すべき」(幼い頃に読んだ1冊の本が、グーグル創業者の人生を変えた)

幼い頃に読んだ1冊の本が、グーグル創業者の人生を変えた」という記事によると、
ラリー・ペイジは12歳のときに、一冊の本を読んで泣いてしまったそうです。その本はニコラ・テスラの伝記で、テスラは1885年、彼の上司だったエジソンに直流発電機を改善することができると宣言し、それを聞いたエジソンは「本当なら5万ドルを払う」と約束します。しかし、テスラが実際に改善したものを見せると、その約束は「冗談だった」として反古にされてしまいます。

憤慨したテスラは会社を辞めて起業しますが、投資家の支持を得られず、思うような成果を残すことはできませんでした。この天才発明家の悲しき生涯から、ラリー・ペイジは「革新的なアイディアだけでは不充分であり、製品化することが重要」「発明家になりたければ起業する必要がある」、そして「エジソンのような人物には注意すべき」だと学びます。・・・

12歳のときに読んだ1冊の本が、実際のところ、どこまでラリー・ペイジの人生に影響を与えたのかはわかりません。ただ、少なくとも彼の人生の「分岐点」の一つになったことは間違いなさそうです。
とのこと。テスラモーターズのイーロン・マスクもこのテスラに影響を受けていると思うが、こういう話がひとつにきっかけになっているというのは面白いですなぁ~


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  by yoshinoriueda | 2015-03-01 22:30 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

「『品質は高いのに売れない』という言葉は、負け犬の遠吠え」

日経ビジネス2011.12.5号に関西ペイントの河盛裕三社長のインタビューが掲載されていた。
平均年収が700万円もする日本の研究者が、年収100万円以下の人たちの社会に向けて、受け入れられるモノを作るのは、正直難しいでしょう。...

日本が輸出でかなり稼いだ時代は、我々が今で言う平均年収300万〜400万円くらいで、700万〜800万円の国を相手に、コストを安くして品質を高めながら売っていました。
確かにそういった背景は理解しておかなければならないかもしれない。そういったことを理解した上で、求められるのは「体制作り」ということのようだ。
「品質は高いのに売れない」という言葉は、負け犬の遠吠えになる恐れがありますね。必要なのは、現地のニーズに合わせて、求められた品質をリーズナブルに提供できる体制作りです。...
ちなみに、もう一つ、なるほどと感じたところがあった。
1人称で考えることができる人物でないと、経営者は務まりません。経営者だけではありません。1人称で仕事をすれば、自分が主体となって好きなことをやるので、1回の経験が血となり骨となって身についていく。それができない人は、何も身に付かず、ただの評論家にしかなれません。
しっかりとビジネスの渦中に身を置きながら前に進んできた人なんだろうなぁ〜と感じた。
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  by yoshinoriueda | 2011-12-05 23:57 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

「あとさき」を考えるということ

作家の高村薫氏の話が2006.4.5の毎日新聞に掲載されていた。(なんだか、えらい古新聞をみつけてしまった(^^;;)関西の財界人にとっては耳の痛い話かもしれないが、心して聞くべき話だと思う。
 神戸空港、新北九州空港の相次ぐ開港を眺めながら、「あとさき」ということを考えた。・・・
 かつて大阪商人は、商売の振興のために私財を投じて橋をかけたが、今日では官に空港を作らせて、直接の投資リスクを回避する。投資リスクを引き受けないということは、「あとさき」を引き受けないということであり、「あとさき」のないところには、もとより商売はない。・・・
 「あとさき」を考えて投資をし、儲けるときは儲け、借りた金は返す。これが商いの商いたる所以であったとすれば、そんな矜持が跡形もないいま、関西経済の復権は望み薄である。とすれば、いまやどこよりもお上べったりの大阪は、まず商都の名を返上し、そこから出直すべきだろう。
投資リスクということを考えると、これは何も関西という地域に限定されるものではない。事業を営む団体全てに言えることだろう。「あとさき」をしっかり考え、他人の責任にするのではなく、自分で始末をつける。これが事業を進めていく上での基本であることを忘れてはならないと再認識した。
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  by yoshinoriueda | 2006-04-24 22:13 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

以心伝心

日常生活やビジネスの現場では、以心伝心が美徳とされる雰囲気がある。阿吽の呼吸や以心伝心、場の空気を読むということは大切だが、それだけでは誤解が生じるリスクがある。誤解は、双方の責任である。そのリスクを負えないのなら、以心伝心は避けるべきだと思う。言うべきことはハッキリ言うべきだし、示すべきことは文書などでキッチリ示すべきである。

宋氏は、「「以心伝心」と無常」において、以心伝心には「人間同士が対等」であることが必要だと述べている。確かに、上司や部下という関係はあっても、人間として対等に話をすることができる関係ならば、以心伝心はありえるだろう。ただ、ビジネスの世界で、「対等」という関係が成立することは意外にない。どうしても強弱が出てしまう。そして、以心伝心でなされたことが結果として全く相手の意図とは逆の結果をもたらすことさえある。
・・・相手の気持ちをおもんぱかる「以心伝心」という言葉は、聞こえはいいのですが一方通行の状況が多いと思います。強い立場にいる人の心は弱い立場の人に伝わるのですが、弱い立場の人の心は強い立場にいる人になかなか伝わりません。「以心伝心」を美徳としてとらえるには、前提があります。人間同士が対等であり、心が相互に通じ合う場合です。そうした関係ではない「以心伝心」はアンフェアです。・・・
「以心伝心」と無常」(日経ビジネスOnline)より
この意見に私は賛成だ。そもそも、以心伝心を盾にとって、曖昧にしか物事を定義できないとか、間違った認識で相手にメッセージを伝えようとすることは、単に、自分の能力を超えていることから逃げているだけであり、卑怯だと思う。

それはそうと、奇しくも今日、以心伝心的出来事が起こった。それは、今日たまたま私が思い出した同級生が、偶然電話をかけてきたという出来事だった。JR阪和線の鶴ヶ丘の駅が、高架になって新しくなっていて、それを見て、昔、鶴ヶ丘に住んでいた同級生のことを思い出した。家についたら、久しぶりにメールを送ろうと思っていた。すると、電話がかかってきたのである。これこそまさに以心伝心?!
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  by yoshinoriueda | 2006-04-22 23:48 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

「言葉にならない思考」

2006.4.17日本経済新聞の夕刊に、総合研究大学院大学の長谷川眞理子教授の「言葉にならない思考」というコラムが掲載されていた。
 西洋の概念では、言葉はロゴス、すなわち論理であり、言語化された思考こそ人間精神の高みとみなしてきた。・・・
 人間が言語を持って以来、確かに言語は思考を助け、人間の能力を大きく広げてきた。しかし、そもそも思考の根源が言語にあるのではない。・・・最初に何かを思いついたときには、その考えは、明確に言語化されてはいないだろう。・・・
 ・・・人間のすべての思考や感性はていねいに言語に置き換えることができるのだろうか?・・・
 ・・・
 思考を言語にすることは必要だ。しかし、言語化されたものだけ、され得るものだけを知性に限定するのは、人間精神の大変な矮小化であろう。
今のブログ、あるいはインターネットの世界では、言葉で考えを表現しているものが多い。しかし、実際は、言葉がすべてを表現しているわけではない。にもかかわらず、つい、言葉がすべてを表現しているような錯覚に囚われてしまっていることがある。

実際の声の調子や、周りの音、匂い、味、温度など、さまざまな感覚すべてがメッセージを発している。だからこそ、そんな周辺情報をも得ることができるからこそ、実際に会って話をするということは大切なのであろう。そんなことを再認識させられた。
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  by yoshinoriueda | 2006-04-17 22:55 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(2)

未来は作るもの!

ベンチャー企業は、成功の確率が失敗より高くなれば走り出す。日本の大企業は、成功の確率が100%にならなければ、前に進める意思決定ができない。それは、「未来のことに対して「正しい答え」を(意識無意識のうちに)要求」しているということなのだろう。意識して要求してもそれはあまり意味がなく、無意識のうちに要求するならそれ自体無意味だと思う。すでに起こった未来では、次のように書かれている。
でも、未来に対する「正しい答え」は、たぶんありえない。

もちろん、「様々な状況を考え合わせると、最も可能性が高いのはこうだろう」とシナリオを描くことはできる。・・・意思と行動によって、未来は自分の手で変えることができる。未来の芽は、そこいらじゅうに溢れている。でも、その「すでに起こった未来」を、自分の中でどのように位置付けるのか、どういう世界観を描いていくのかは、自分次第だ。
未来の芽を見出し、それをつぶすのではなく、それを守り、育てていく。それこそ事業開発やベンチャー企業との協業の醍醐味である。

そんなことを思いながら、久しぶりに、シリコンバレーを去る前に感じた次のようなことを思い出し、ふと、日々に流されそうになっていた自分に気づいた。
・・・夢は描くもの。夢は語るもの。いろいろあるかもしれない。その一方で、「未来」は作るものであろう。未来は必ず訪れる。それが現実だ。未来は予測するものではない。自分の手で作っていくものなのだ。そんな気概を持って頑張っていこうと思う。
未来は作るもの!これを忘れてはならないと思った。
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  by yoshinoriueda | 2006-04-16 10:00 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(2)

「もっと彼らを大切にすべきではないか。」

週刊ダイヤモンド梅田望夫さんの談話が掲載されていた。「リアルの世界からは見えにくい仮想社会への富の再配分が加速」というタイトルの話だったが、次の部分が(いい意味で)引っかかった。
 ネット世界では、持てる者tと持たざる者との逆転現象が起こる。そこにエスタブリッシュメントは感情的に反発する。一方、若い人たちはネット世界で起こっていることを丸ごと理解している。もっと彼らを大切にすべきではないか。
 日本が年功序列の原理でいつまでもやっていていいのか。自分の子どもらの世代で何が起こるかを考えてみてほしい。わくわくすることがいくらでもあるはずだ。若い人たちの頭を押さえつけてばかりいると、日本は凋落する。(週刊ダイヤモンド2006/04/08号p.39)
エスタブリッシュメントのカタマリみたいな企業で仕事をしている人たちは、「あちら側」の世界のことなんて本当にこれっぽっちも考えていない。悲しいけれどそれが現実である。

こちら側の世界には、確かに「圧倒的にカネがあって、そのなかだけで経済が回っていく」。こちら側の世界にドップリ浸っている人たちには、あちら側のことなんて全く理解できないのだ。想像もできない世界のことを理解できるはずがない。「放っておくと二つの世界はさらに分化していく」というが、すでに全く違う世界になっていて、そもそも理解し得ないという世界もあると思う。

自分はどちらに位置するのか。結局、どちらにも位置するのだ。残念ながら、それが現実だ。プライベートな生活では、ドップリあちら側の生活をすることもできるが、こちら側の企業で働いていれば、どっぷりと、こちら側の論理を叩き込まれるし、それを駆使しなければ生き残れない。

そんな両方からの呪縛にかかると、身動きができなくなる。そんなときは...

ま、寝るに限る、かな(^^;
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  by yoshinoriueda | 2006-04-05 23:05 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

ウォートンの経営戦略シリーズということで期待して「顧客投資マネジメント」を読んだが・・・

ウォートン経営戦略シリーズの「顧客投資マネジメント - 顧客価値の可視化によるファイナンスとマーケティングの融合」(スニル・グプタ、ドナルド・R・レーマン著、英治出版)は、
精緻を目指してまちがうよりは、漠然とでも正しいほうがいい(p.17)
という大前提に基づいて、「顧客価値」に基づくマネジメントの重要性を述べた一冊である。

ファイナンスとマーケティングの両方の視点からそれぞれ眺めてみると、大前提にあるとおり、「漠然と正しい」ことが書かれてはいるものの、どちらの視点からも中途半端、かつ、紹介されている概念が古く、web1.0の世界にも程遠いところに位置しているように見える。だから、古きよき時代を謳歌する日本の大企業のマーケティング担当とファイナンス担当の役員にとってはちょうどいい一冊かもしれない。

ウォートンといえば世界に名だたるビジネススクールだから、新たな視点が含まれた最先端をいく内容かと思ったが、とてもオーソドックスで少しがっかりさせられた。ここからビジネススクールの良し悪しを判断するのは、針の穴から世界を想像するようなものではあるが、スタンフォード大学のビジネススクールの授業でも非常に古いケースを使った話が多かったことを考えると、米国のビジネススクールの提供しているレベルの程度はだいたいこんなものなのだろうかとついつい邪推してしまう。

「漠然と正しい」ことを目指したようなので、言わんとすることはおおよそ分かるのだが、逆を言えば、もう一歩踏み込んだ分析や見解を示してほしいと思うところが多い。例えば、フロリダ州オーランドのディズニー・ワールドの話。
経営層にとって驚きだったのは、多額の費用をかけてもオーランドを訪問するゲストを獲得できるディズニーブランドの強さの一方で、ゲストが実際にディズニーに落とす金額の割合は、ほんのわずかだったことである。ゲストの旅行費用における顧客内シェアを拡大するために、文字どおり「金」の流れを追ったのだ。その結果、ホテルを敷地内に建設し、さまざまな飲食店を開店させ、クルーズシップの運航まで始めた。こうした投資のおかげで、ディズニーは顧客内シェアを大きく獲得したのである。
確かに、ディズニー・ワールドの敷地内のホテルに宿泊すると、バスも運行されているし、飲食店もあるので、それ以外のところに行く必要性はないのだが、逆に、混んだ店で、脂ぎったピザやふにゃふにゃのパスタしか食べることができなくなるということにもなり、そんな食事が続くと辟易するということにもなるのである。そして、その結果として、リピーターになろうとは思わない場合もある。顧客価値について述べるならば、経営者の視点だけでなく、このような顧客の視点を交えて、もう一歩踏み込んだ分析なり見解なりを見せて欲しいものである。

訳語の選択が気になるところもあった。例えば、「米国:ワイヤレス通信業界の事例に学ぶ(p.112)」というタイトルを見ると、携帯電話以外に、Wi-Fiを利用したような無線によるインターネット接続をも含むのかと思ってしまう。しかし、本文を読んでいくうちに、携帯電話に関する話であることが分かった。業界や事情を知らない人が和訳しただけのレベルになっているようで、どうも読みづらい。

ただ、示唆に富む一言が最後に書かれていた。
思想家エマソンの「愚かな首尾一貫性は狭い心が化けた物である」という名言のとおり、不振企業は物事の全体像を捉えていないため、自らのビジョンの「光と影」を見逃すだろう。(p.221)
この言葉は、「首尾一貫は大切だが、『愚かな』首尾一貫性はダメなのだ」ということを教えてくれている。こんな示唆を得ただけでも良かったというべきなのだろうか。世界に名だたるビジネススクールなら、もう少しマシなものを出してほしいものである。そんなことを感じた。
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  by yoshinoriueda | 2006-03-25 23:57 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(1)

「少子化対策には一夫多妻制?!」:敗れたりー!

少子化対策に一夫多妻制というアイデアがあったけれど、10人の妻を持っても、子供は一人なのか...と思ってしまったニュースだった(^^;

でも、オトナが11人、コドモが1人住める家というのはきっと広いんだろうなぁ~(ということは、一夫多妻制の前に、住宅環境の整備が必要ということなのか?<な、わけないか・・・>)

<集団生活>「一夫多妻」の男を脅迫容疑で逮捕 警視庁
東京都東大和市の自宅で集団生活に加わるよう誘った女性を脅したとして、警視庁捜査1課は26日未明、同市芋窪2、自称元占師、渋谷博仁容疑者(57)について脅迫容疑で逮捕した。渋谷容疑者は6年ほど前から女性と同居を始め、現在10人と「一夫多妻」生活をしていた。警視庁は集団生活の実態や背景などの解明を急いでいる。・・・
 渋谷容疑者の自宅は約200平方メートルの敷地に建つ3階建て。渋谷容疑者は20代の女性9人と50代の女性1人とともに生活し、1歳の女児もいるという。登記簿によると、03年10月~04年1月にかけて、自宅の土地を女性8人に贈与している。・・・

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  by yoshinoriueda | 2006-01-26 07:00 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(0)

察する能力

ソフトブレーン・サービス代表工藤の社長日記というブログの顧客の解約の兆候にどう動くかというエントリーに以下のようなことが書かれていた。
兆候に気付けない社員は要らない。
鈍感な社員は顧客対応係り(営業だろうがメンテナンスだろうが)失格。付き合っている恋人が心変わりする兆候にはすぐに気付ける癖に、なんで仕事になると気付けないんだろう。
たとえば、電話の頻度が減ったということだけで恋愛中はドキドキしたり心配にになったりする。電話を架けるタイミングだってずっと考えてから、架けたりする。
察する能力は大切である。これは、営業であろうと、企画であろうと、技術であろうと同じくらい大切だと思う。ただ、これを読んだ瞬間、逆もありえるなぁと思った。即ち、「仕事をしているとわずかな兆候にも気づくのに、恋人や身近にいる人の発するシグナルには気づかない」というもの。

日本では最近、結婚する年齢が遅い人も多々見受けられる。その要因の一つは、人生の大半の時間を消費してしまう仕事に対するプライオリティが高い生活を続けるからではないだろうか?そうなれば、どうしてもまわりにいる身近に支えてくれる人のシグナルを見落としてしまう。日本にいて特に感じるのは、大切なものは「家族」と答える人の中でも、本当にその意味が分かっている人は少ないなぁというもの。

「放電コミュニケーション」と「自己活性化回路」というエントリーで紹介したレポートにも書かれていたが、blogやSNSは、確かに「生活全般にわたって敏感になる」ための一つの手段かもしれない。別に、そんなものに頼らなくてもいいのかもしれないが、いずれにせよ、ビジネスでも人生でも察する能力、感知する能力が鋭ければ鋭いほど、いろいろな差に気づくことができ、その差に気づくことが新たな自分を作っていくことにつながるのだと思う。
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  by yoshinoriueda | 2006-01-15 20:00 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

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