カテゴリ:対話の中から発見する!( 36 )

 

丸い (○) もみ上げ?!

8月に入って2回目の散髪。髪の毛が多いので、夏は3週間が限界・・・(^^;

1mmのバリカンで上まで刈り上げて、上も「ミジカク」切ってくださいと言うと、よく聞こえなかったのか、「シカクに切るんですか?」と問いただされた。一瞬、問いただしたほうも、問いただされたほうも、「おいおい、角刈りかよ~」とお互いに思ってしまったようで、「あ、短く、ね」と合意。

うーん、面白い。つい大爆笑(^o^)(^o^)(^o^) 

確かに髪の毛をどう切って欲しいかとうことを言葉で説明するのは難しい。なぜなら、お店の人曰く、人によっていろいろな表現の方法があるからだという。

ちなみに、担当してくれたお姉さんは、「シカク」という言葉で思い出したのか、あるお客さんが「もみ上げは丸く切ってください」といったのを聞いて「???」とはてなマークが頭の上を飛んだという話を聞かせてくれた。

「もみ上げを丸くするって、どういうこっちゃー?!」というのがそのお姉さんの疑問。そんな話を聞いたこっちだって、「なんじゃそれ?」と感じ、はてなマークが頭の上を飛んでいた。

昔、アメフトの試合の前に、勝利を願い、気持ちをこめて、短く刈った頭に、バリカンでVの字を入れたりしていた仲間がいたなぁ~と思い出し、もみ上げの部分に丸いマークでも入れるのかなぁと思いきや、どうやら、もみ上げを短くスパッと四角く切らずに、ほとんどそのまま自然な形で残して欲しいというリクエストだったらしい。

というわけで、入念に仕上げられた頭は、スカッとして気持ちがいい。中身もスキッとなればいいのだが(^^;

  by yoshinoriueda | 2006-08-29 22:46 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

電子メールのない文化

電子メールでのやりとりが日常的になっていると、つい、電子メールのない文化のことを忘れてしまう。業界によっては、電子メール自体が「敵」として認識されていることがあるらしい。
「じゃあ、以後は電子メールでやりとりしましょう。」
「いや、実は、電子メールはないんです。うちは紙の文化ですから。」
「・・・なるほど。分かりました。では、また伺います。」
そんな会話が交わされるのは、例えば、紙をつくっているような会社があるかもしれない。「電子メールを使う」=「手紙や葉書を使わない」=「紙を使わない」という方程式が成り立つと思っていると、自分たちの製品である「紙」が使われないので、電子メールは「敵」になってしまう。

また、もしかしたら、電子メール以前のメール、すなわち手紙や葉書を扱う郵便局にとっても、「電子メール」というのは敵なのかもしれない。ただ、最近は、「ゆうびんホームページ」などを通じて、使い勝手のいいサービスが利用できるようになってきていると思うが...

確かに、電子メールを使うと、紙の消費量は少なくなるかもしれないが、仕事などでは、記録として保管するために、電子メールを印刷することもあり、また、添付されている資料も同時に印刷することから、紙の消費量は一概に少なくなるとは言えないような気がする。

逆に、資料を作り出すと、印刷してみて仕上がりを確認し、何度も修正するので、紙の消費量は増えているような気もする。時折感じるのは、もし、資料を印刷しなくなれば、仕事時間はもっと少なくなるかもしれないということ。資料を印刷すると、それが「一人歩き」することを考えるのか、あるいは、紙に書かれているから視認性がよく、抜けているようなところがよく見えるのか、いろいろな人が様々な修正を要求するようになることがあるからだ。挙句の果てには、「てにをは」やレイアウトまで注文が出てくることもあり、そこで「そもそもその作業にはどんな付加価値があるのか?」と自問しだすと、「やってられましぇ~ん」とでも言いたくなるようなこともある。

閑話休題。

時間軸で見れば、30代や40代の人にとっては、新聞や雑誌、書籍といった紙文化に親しんできて、その後で電子メールやインターネットの洗礼を受けてきているため、ハイブリッド的な部分があるのかもしれないが、10代~20代の世代の中には、幼い頃からケータイやゲームに慣れ親しんでいる人もいて、そんな人たちからみれば、ケータイや電子メールのない世界は想像できないというところまできているのかもしれない。

空間軸で見れば、ビジネスや日常生活で電子メールの必要性があまりない国もあるだろう。中には、電気や通信のインフラが十分整備されていなかったり、ハードウエアが用意できないといったことも関係してくるので、仕方がないといえば仕方がないかもしれない。

ただ、思うに、紙を使わない電子メールは、便利で低コストなだけでなく、地球環境に対しても優しいのではないだろうか?だから、そう毛嫌いせずに、電子メールやインターネットを取り入れてもいいと思うのだが...

  by yoshinoriueda | 2006-08-20 06:49 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

久しぶりの「机上の空論」戦

久しぶりに、延々と「机上の空論」戦をした。上司が言ったことを「絶対の真実」と受け止めて、その意に沿うように「ストーリー」を組もうとする。そんな光景は、大企業の中ではよくある話。飲まず食わずで数時間続けられることもある。

生産性という概念には、インプットとアウトプットの定義が不可欠。それは、個々人によって異なる。上司の命令がインプットで、その意に沿うストーリーを組むことがアウトプット。そう考えている人もいる。それで回る世界もあるだろう。例えば、規制産業。国の命令、法律といったものが「絶対」で、それに従ったことしかできない。いや、しなくてよい。そんな世界も現実にはある。

しかし、上司の言葉は、考え方のヒントであり、一つの情報である。それらも含めながら、市場は何を求めているのかを、いろいろな立場で考える。それらがインプット。アウトプットは、お金を払ってくれる人たちに届けるサービスや商品、あるいは、そこに至るまでのプロセス、そんなものたち。そんな考え方もあるだろう。

前者と後者の立場で話をすると、「机上の空論」戦になる。どちらも達成させようとして、結局、どっちつかずになる。傍目に見れば面白い。ただ、当事者であると非常に疲れる。無為な時間を過ごしたと、後悔さえする。そんなことを通り越して悲しくなることさえある。

だから、絶対オススメ!「机上の空論戦を避けること!」

  by yoshinoriueda | 2006-04-20 23:03 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

人を信じるということ

人を信じるというのは、簡単なようで難しい。鶏が先か卵が先かという問題になるかもしれないが、信じることができる人を信じるというのが正しい姿なのかもしれない。

先日、とあるところで講師をしていて、「人を見るポイントはなんですか?」と聞かれたのだが、もう、それは経験を積むしかないと思う。人を見る目を持つ人と一緒に、同じ人を観察して、何をどう見るのか、どこをどう見るのか、そんなことをフィードバックしてもらうというのが上達のコツだと感じる。

他人を信じるということでは、北欧の話が引き合いに出されていることが多い。例えば、「フィンランドの文化は性善説で成り立っている感じでした。」とか、(デンマーク、ノルウエーでの)北欧的性善説信奉とか、ネットで探していも結構ある。

性善説はいいけれど、すべての人を信じる必要はない。信じるに足る人を信じるということが基本だと思う。

ただ、残念なことに、日本では、性善説にたって人を信じるということが難しい。あれこれ影で噂したり、嘲ったりと、なんだか陰湿な部分があるからだ。

米国という国の振る舞いを見ていると、性善説にたっているとはとても思えないが、シリコンバレーには、性善説で人をみようとするところもあるような気がする。

でも、それは、お互いを尊重し合うという最低限のマナーがあるからこそ。日本では、サービス業に従事する人間ですら、そんなマナーがないことがある。

関西のとあるホテルでは、従業員がお客さまに対して、年齢を聞くということが平気で行なわれているらしい。しかも、相手が女性で、それなりに年頃の女性であったとしても、である。

これは、個体の問題かもしれないが、シリコンバレーでは、まず考えられない。女性の年齢を聞くというのは基本的には差別にもつながるからタブーだし、男性の私ですら、「もし答えたくないならいいんだけど」と前置きされるくらい...

同じく、仕事をし始めて何年かと聞くのも、年齢を聞いているのと同じ場合がある。ちなみに、「結婚して何年か?」ということは正面から聞いてもいいらしい。

いずれにせよ、年齢なんぞ聞こうものなら、普通、女性は怒って「失礼よ」とはっきり言ったり、サラリとかわしてどこかに行ってしまうだろう。日本の場合、なんだか場の雰囲気に流されて、女性が答えているということもあるようだ。(聞くほうも聞くほうだが、言うほうも言うほうだと思うが...)

ただ、そんな話を耳にすると、なんだかムカムカする。もう少し、オトナとしてのマナーというか、他人を尊重する、多様な価値観をうけいれるといった態度があってもいいのでは...と思う。

性善説にたって他人を信用するということは、勇気あることでも賢明なことでもないと思う。どうして誰も彼も信用することができるのか?私はそんなことはしないが、そのかわり、自分が信じる人は信用する。自分の判断を信じて信用する。自分のリスクで信用する。人を信じるということは、本当は、そんなぐらいでちょうどいいのではないだろうか。

  by yoshinoriueda | 2006-03-01 00:10 | 対話の中から発見する! | Trackback(1) | Comments(5)

3つの発言から類推する社会像

先の独身美人女医とは別の美人女医が言う。
仕事をしてても子供を産めるようにならんとあかん。今の世の中、仕事してたら子供なんか産まれへん。
独身ではあるものの、そんなことを思うのはアテがあるのかもしれない(*^^*)のだが、それはともかく、仕事をしている女性にとって、安心して子供を産めるような環境ではないらしい。確かにさまざまな制度の背景には、いまだに女性の役割=家庭を守ることとなっている部分が見え隠れする。徐々に変わりつつあるとはいえ、その変化は遅々たるもの...

生殖を研究する友達の大学助教授は言う。
何十万人という中絶や流産をなくせば、子供の数は増やすことはできる。
人間の生殖能力が昔と比べて著しく低下してしまったわけではないようである。初産さえ早ければ、少々高齢出産の領域に入っても問題ないらしい。ただ、晩婚化などで初産の年齢が高齢化しているという事実はあるとのこと。特に35歳頃を境に遺伝的なリスクが格段に増してしまうらしい。

久しぶりにアメリカから帰ってきた友達は言う。
日本人は働きすぎ。自分のため、あるいは家族のためといった時間がなさすぎるのでは?
確かに、東京の男性が家庭に帰る時間は11時頃というのが一般的だそうで、勤勉といわれるアジア諸国の中でも格段に遅いらしい。朝早く仕事に出て、夜遅くに帰る。週末だけ、家族や自分のために、ゆっくりと時間が使える。そんな生活は、経験上、容易に想像できる。企業によっては、遅くまで仕事をすることが美徳のような風潮さえある。

この3つの発言だけから類推するのは危険ではあるが、一つの道は示せるのかもしれない。
「仕事を効率的に済ませ、初産を早め、少しのブランクがあっても仕事に復帰できるようにする」
そんな社会はどうだろうか。

  by yoshinoriueda | 2006-02-22 07:17 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(2)

他人を変えるのではなく自分を変えるという円満な人付き合いの秘訣

人生の大半をアメリカで過ごしている友達が一時帰国していたので、久しぶりに会いに行った。その友達とは、日本にいた最後の6年を一緒に過ごした。

集合場所と時間だけを知らされていたので、誰が来るかは全く知らなかったのだが、高校卒業以来、初めて会うような友達もたくさん来ていて、ミニ同窓会といった雰囲気だった。

昔話にいろいろ花も咲いたし、いまの日本の社会や政治の話なども飛び交っていた。そんな中で、二児の母となった友達が、円満な人付き合いの秘訣のような言葉を口にしたのがとても印象的だった。
もうあかん!と思うこともあるけど、そんなときは、相手を変えるより、自分が変わろうと思う。他人を変えるのは簡単ではないし、時間もかかる。だから、自分を変えるほうが早い。
それを聞いた独身の美人女医である友達は、「私にはできない」とポツリ。先ほどの言葉を口にした二児の母である友達も、それを勧めるわけではないと言っていたが、対人関係を円滑にするためには、こだわる必要のない部分は切り捨てて、自分を変えるということも必要なのかもしれない。

自分を変えることができるということは、もしかしたら人間的に成長するチャンスかもしれない。そう考えて、すべてに前向きにトライしようと思った。

  by yoshinoriueda | 2006-02-19 23:59 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(2)

「オレは勝ち組や!」

昔からの友達との久しぶりの飲み会。公認会計士と研究者。いろいろ話をしたのだが、その中で印象的だったのが、研究者から発せられた「世間的にいえばどうかは知らんが、自分としては、『オレは勝ち組や!』とおもてる・・・」という言葉。

決して浮ついたいい加減な気持ちで発せられた言葉ではなく、本当にそう思っているのである。その研究者である友達は、やりたいことをやれる環境にあるのだから、みていても明らかに幸せだと思う。スゴイ発明をすることができれば、起業もできるのかもしれないが、それは勧めなかった。明らかに向いていないから...(^^;

その一方で、公認会計士は悩んでいた。公認会計士としての力量も十分あり、それなりに稼げているようだが、これといって打ち込めることには出会っていないという感じだろうか。

自分が勝ち組かどうかは、自分で決める。そう、幸せかどうかは、自分で決めるものなのだ。そう改めて認識した夜だった。

  by yoshinoriueda | 2006-01-21 23:59 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

少子化には一夫多妻制?!

シリコンバレーに出発する朝、伊丹空港に行くために、あべの橋からリムジンバスに乗った。補助席に座っていると、隣の初老の夫婦の面白い会話が耳に入った。
○「見てみ、あれ、平屋やで。もったいなぁ。」
△「地球滅びるで」(なんでやねん?)
○「最近、子供少なくなってるらしいやん。」
△「少子化には、一夫多妻制がええんちゃうか?」
○「そんな、秩序のない...原始時代に戻るで・・・
 でも、○○は5人おったんやって、大富豪の」
なるほど、少子化には、一夫多妻制か!実現性や倫理観などの問題はともかく、型にはまらない発想がええやないですか!

  by yoshinoriueda | 2005-11-19 09:39 | 対話の中から発見する! | Trackback(2) | Comments(0)

講演「ビジネスの中の数字とデータ」で知る高橋メソッドの威力

a0004752_1163026.jpg久しぶりの雨に見舞われた近畿地方。今日は、午後から「データーで読み解く文化と社会」と題された科目のゲストスピーカーとして、京都にやってきた。この科目は、同志社大学の学際科目として開講されているだけでなく、大学コンソーシアム京都の科目としても開講されているようで、他大学の方も参加されていた。

a0004752_11102439.jpg京都駅に着くと、鉄腕アトムが目に飛び込んできた。また、11月16日に日米首脳会談が京都迎賓館で行われる予定であり、市内は警備が強化されているのか、駅周辺では、警察官の姿もちらほらと目にした。地下鉄なども警備が強化されているようである。

a0004752_1112716.jpg会場となったキャンパスプラザ京都は、ちょうど京都駅前にありるため、講師として訪れるには便利なところにあった。直前まで仕事をしていたこともあって、お昼を食べる時間がなく、講演直前に、このキャンパスプラザ京都の前のベンチで、たこめしおにぎりを3つつまんだ。

今回話しをしたテーマは「ビジネスの中の数字とデータ」というもので、これまでに手がけてきた天候デリバティブの開発・販売などの話を織り交ぜながら、数字をどう活用するのかということを紹介した。

内容はともかく、プレゼン手法として、(無謀にも)字を大きくして簡潔に表現する高橋メソッドを使ってみた。このメソッドを知っているか聞いてみたが、あまり知られていないようだった。しかし、後で読ませてもらった感想文の中では、そこそこ好評を得ていたようである。高橋メソッドのパワー恐るべし!

この高橋メソッド、まもなく本まで出るみたい...
でかいプレゼン 高橋メソッドの本
高橋 征義 (著)

  by yoshinoriueda | 2005-11-11 23:59 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(2)

目が見えてません!って?

メガネの度が強すぎるかもしれないと言われて気づいたのだが、確かに、手元の小さな字は、メガネをかけると小さく見える。度が強いメガネをかけると、頑張って見ようとするから、目が疲れやすい。これを機に、コンタクトに挑戦してみようと思い、眼科に行って10日ほど試用してみたのだが、どうもしっくりこない。どうもドライアイの傾向があるらしく、コンタクトレンズを目に入れることによって、眼球に傷がついているとのこと。

というわけで、コンタクトを使うことは断念して、新しいメガネをつくることにした。ただ、通勤など普段の生活では裸眼で過ごしているので、メガネをかけると、よく見えるものの、少し疲れてしまう。そのように先生に説明すると、「この視力で裸眼で歩けるなんて信じられない~ 普通なら、つまづいたりぶつかったりしますよ・・・」と言われてしまった。さらに、「向こうから美人が歩いてきても、気づかないんじゃないですか?人生、きっと、損をしていますよ。」とのこと。

そっ、そうだったの? _| ̄|○

  by yoshinoriueda | 2005-11-02 14:37 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(4)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE