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生きていくうえで本当に大切なのは、toleranceかもしれない...

サンフランシスコのベイエリアのKTSFというテレビ局で放映されている「人間の証明」は、今晩が最終回だった。竹野内 豊が演じる棟居刑事は、過去は消すものではなく、向き合うものだと語っていた。棟居刑事も、過去と向き合ってはいたようだが、許せたかというとそうでもないらしい。ただ、新しい憎しみを生み出すことを終わりにしたかったという。こんな台詞を聞くとGUNDAM SEEDカガリが言っていた言葉を思い出してしまった(^^;のだが、もうひとつ、心の中から離れない言葉がある。

「たったひとつのことしか教えることができないとするならば、toleranceを教える。」

この言葉も、NYに15年以上住む人から聞いて、今でも忘れられない言葉になっている。それは、知識でも教養でもなく、技術でも技能でもない。この考え方が本当に理解できるならば、戦争など起こらないかもしれない。憎しみあうことも、イガミ合うこともないかもしれない。

toleranceは「許す」ということと「受け入れる」ということを要求する。許すということは、難しいことである。勇気のいることである。自分自身、そんなにデキた人間ではないこともよく分かっている。しかし、生きていくうえで、みんなが平和に生きていくうえで、本当に大切なものは、確かにtoleranceなのかもしれない。多様性を、過ちを、失敗を許し、受け入れることができるために、多くのことを理解し、何かを通じて貢献することができなければならないのかもしれない。全ては、本当は、そこに到達しなければならないのかもしれない。

森村誠一氏の作品は中学から高校にかけてよく読んでいたが、いま、ようやく、そんなことに気づかされたような気がする。

  by yoshinoriueda | 2004-10-31 23:30 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

「捨てる神あれば、拾う神あり」

NYに15年以上住んでいる人から聞いた言葉で、1週間たった今でも心に残っているものがある。

「NYはありのままでいれる、いさせてくれる街。選択肢は無数にあって、生き方次第で人生が変わる。そして、冷たいようで、必要なときは、暖かい手がいろいろなところから、差し出されてくる。」

このアメリカという国で一番好きなところは何かといえば、まさにこの点である。「ありのままでいれる、いさせてくれる」ということである。もちろん、日本でもありのままだったのかもしれないが、さまざまなしがらみやしきたり、常識などに縛られ、ときには、手足をもがれそうな気になることすらあった。

いまやヒスパニックが数の上ではマイノリティーといえないくらい移民を受け入れているこの国では、自分を表現することで、相手にわかってもらわなければならないという「面倒くささ」ののようなものが存在する。何度も何度も、「あなたは何者だ?」と問われる。しかし、それを何度も経験すると、結局、ありのままでしかいられないということに気づくことになる。

自分を受け入れてくれる人がどこかにいるはずだと、そう信じることができれば、ありのままでいられるような気がする。個人的には、高校時代の担任の先生がそれを身をもって教えてくれたのだが、そのとき、クラスメイトと話をして気づいたのは、「捨てる神あれば、拾う神あり」だということだ。もちろん、それに甘えて、自分自身を磨き続ける努力を怠り、他人の責任にしていては、いつまでたっても拾ってもらえない。しかし、準備をして“ready to go”の状態にあるならば、チャンスや出会いはいつかはめぐってくるような気がする。

この自分を磨くという作業は、自己否定の連続である。自己否定といえば、ネガティブな響きがあるが、個人的には、非常にポジティブな考え方だと思っている。なぜなら、自分をいつでも肯定できるという強さがあるからこそ、自己否定を繰り返すことができると思うからである。

日本人の多くが「自己実現」という言葉や「自立」という考え方にとらわれすぎて、夢や希望を見失っているのではないかと、NYで会ったその人は言っていた。6月までスタンフォードで教育について調査していたときに気づいたのだが、人は多くのことを一人で成し遂げることができるわけではないし、自立などといったレベルもたかが知れている。確かに、一般的に捉えられる「自己実現」や「自立」といった言葉の響きは、とても高尚なもののように聞こえるが、本当は、もっと、次元の低いところでOKを出してもいいのではないかと思うのだ。そうすれば、肩の力も抜けて、自然体でいられるような気がする。

  by yoshinoriueda | 2004-10-31 05:33 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

ナノテクは、小さいことが重要なのではない。

先日ナノテクの会議に出たときの様子を掲載したが、今朝も、ナノテクの話題に触れることとなった。とにかく、ナノテクは、シリコンバレーでも「流行りモノ」であるらしい。

ナノテクは、電気、電子、化学、材料、ライフサイエンスなど、さまざまな領域と関係するが、ただ単に、「小さいということが重要」と認識している人はあまりいない。重要な点は、「小さい」ということによって、本来持っていると考えている「特性」が変わってしまうという特徴である。先日の会議でも、以下のように定義されていた。
"It's about how the things was made"
"exploitation of novel properties manifested by the matter at sub 100nm scale"
このような中で注目されいているのが、自己組織化の現象である。この現象を使って、形を作り出すというfabricationが、ナノ構造を生み出す。一部で成功しているに過ぎないものの、作り出される構造をコントロールすることができれば、大きなインパクトがある。そして、これは、製品の一部に利用されるようになり、お金を生み出す源泉となる。そう、まさに、シリコンバレーは、また新たな富の源泉を発掘しようとしているのだ。そんな気配を感じる今日このごろである。

  by yoshinoriueda | 2004-10-30 15:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

商品サイクルの短さという「利点」を享受する有機ELビジネス

東北パイオニアという会社が有機ELパネルの出荷枚数を増やしているとの記事が2004年10月21日付日経産業新聞に出ていた。東北パイオニアは世界の約3割のシェアを握る「小さな巨人」である。

この有機ELパネルは、有機であるがゆえに、耐久性の問題があり、製造上の難しさから大型化も難しいという特徴をもつが、これが、こと携帯電話用のディスプレイとなると、話は別である。携帯電話では、画面は大きい必要はない。また、商品のライフサイクルが短いことから、テレビほどの耐久性は求められない。このような特徴を活かして、有機ELパネルにとっても、携帯電話にとってもいい「結婚」を実現していると思える。

携帯電話市場は、中国やインドを初めとするアジア諸国の盛り上がりにより、当分は盛り上がっているだろう。また、新たなサービスを展開し、差別化を図ろうとする、メーカやキャリアによる開発競争も終わる気配はない。

まさに、時代の波に乗った「結婚」といえるのではないだろうか。

  by yoshinoriueda | 2004-10-29 05:08 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

ナノテク生態系

Draper Fisher Jurvetsonのベンチャーキャピタリストによると、彼らは、ナノテク企業で生態系を作ろうとしているらしい。先日のコメント欄に書いたように、ナノテクは、それ自身では商品としての価値を持つことが難しく、何らかの製品との連携が必要となることから、単独で「生息」することは非常に難しいということが、生態系を作らなければならないひとつの要因であると私は感じている。

ステージごとに、ナノテク企業が収益を生み出す製品や分野は、以下のようになるとのことである。確かに、ステージが後になればなるほど、高度な技術が必要となっている。
アーリー:tools, bulk materials(powders, composits)
ミッド:devices(memory, display, LED, etc.), structured materials, hybrid(nano-bio, etc.)
レイター:machine, manufacturing(mfg)

彼らは、これらのステージを考慮して、「製造」、「デバイス」、「材料」という3つの領域に企業を生息させ、お互いに助け合う構図を作り出そうとしている。実際は、tools, mfgといった領域に存在する企業あるいは事業では収益が上がってくるが、これらの単品をシステムの段階まで統合しようと進めている企業は、いまだプロトタイプを作っている段階にあるようである。

これらの企業に共通して言えることは、「ガレージで何かできましたけど・・・」といったノリではもはや限界があるということである。昔は、ガレージで部品を使って組み立ててみて、なにかできたら、それを売ろうという形も成立していたが、こと、ナノテクになるとそうはいかないらしい。研究に10年以上従事していて、ラボレベルから商業化レベルに持っていこうというところで初めて実現性が高くなる。

かといって、科学者に起業家になれと勧めることはあまりないらしい。科学者が、事業を起こそうと一歩踏み出したとき、初めてVCとして手をさしのばすのである。これは、事業を起こそうと踏み出した一歩が、事業をしようという態度を示していて、起業家としての精神を持っているということを示しているということを見たいからであるらしい。たしかに、いくら優秀でも、それだけでは事業は進まない。なぜなら、起業するということは、新しい生態系のルールに従って生きていかなければならないからである。

日本でも、ここまで分かった上で大学発ベンチャーなどが出てくると面白いだろう。シリコンバレーは、本当にいろいろな事例に溢れている。最近、日本の企業や大学から、シリコンバレーでの状況などについて質問され、新しい事業を立ち上げたいといった相談を受けることがあるが、このような事例をしっかり見て、今後の糧にしたい。

  by yoshinoriueda | 2004-10-28 08:29 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

研究開発は、“RD&D”

パロアルトで、nanoSIGというナノテクノロジーに関する会議が開催された。いろいろな分野の発表がなされていたが、University of Californiaの研究助成についての紹介において、面白いコンセプトがあった。

研究開発はRD&Dというのである。Research & Developmentに「Delivery」を合わせて考える必要があるというものである。研究開発した後、企業を通じて社会へ成果を還元するという流れを作るためには、適切にその成果を伝達しなければならないということである。日本の大学、あるいは企業の研究所にとっても、このような考え方は参考になるのではないだろうか。

  by yoshinoriueda | 2004-10-27 08:48 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(2)

ショートストーリー: Just The Way You Are

マンハッタンの中央あたりに位置するポートオーソリティーからのったバスは、グランドセントラルの前で他の客を乗せるために停車した。

少し待っている間に窓から見上げた空は、厚い雲に覆われていた。しばらく止まったあと、ドアがしまって発車するときに、聞き覚えのあるフレーズが流れてきた。
♪~ 
Don't go changing, to try and please me 
You never let me down before・・・

Billy JoelJust The Way You Areだった。Billy Joelは、ちょうど中学のころ、むさぼるように聞いたアーティストの一人だった。

彼の歌声とともに、彼が、Bronxで生まれ、Long Islandで育ったこと、New Yorkを愛していたこと、52nd Streetという短い曲のことや、彼の曲をピアノで弾きたい一心で練習していたことなどを思い起こし、それと同時に、当時、一緒になって聞いていた友達の熱い想いがよみがえった。

窓から見える色づいた木々の葉を目にしながら、8th Avenueの小さな店で買った熱いコーヒーを飲みながらチェリーパイをほおばると、甘酸っぱい味が、忘れかけていた甘い記憶を数々とよみがえらせた。そして、そうしているうちに、中学の音楽祭でみんなで歌った松田聖子のSweet Memoriesも頭の中でリフレインしていた。
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New Yorkは刺激に溢れた街だ。そこに住む人々は、自由をenjoyしながら、日々を過ごしているのだろう。そう、まさに、自由の女神に見守られながら。たとえ、enjoyするということが、それぞれの人の思い、あるいは思い違いでしかないとしても。

自分にとっては、少し懐かしく、少しほろ苦く、少しほろ酸っぱい、青春の思い出がよみがえった街だった。そして、改めて、多くの人に支えられていることに感謝し、お互いに支えあうことの大切さを再認識した街だった。

JFK国際空港に着くと、外の空気は少し寒く感じられた。飛行機が滑走路から飛び立とうとするときの揺れが、懐かしい思い出を心の一部から引き離そうとしているようだった。
Good bye, New York.
Good bye, sweet memories.

そう、心の中で言っていた。

サンフランシスコに向かう飛行機の中では、Spider-Man 2が上映されていた。Spider-Manが躍動する背景に見える摩天楼は、New Yorkの街並みを思い起こさせ、忘れようとしていた思い出が湧き出るように溢れてきた。

いろいろなことを思い出した。Billy Joelの歌も、頭の中をめぐっていた。そして、自分がそんな思い出から勇気を与えてもらっていることにも気がついた。

5時間半ほどのフライトの末に降り立ったサンフランシスコの空は眩しい太陽の光で満ち溢れていた。
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Welcome home.


そんな機内のアナウンスで、自分のhomeはどこなのかと、ふと考えさせられた。今住んでいるところ?生まれ育った町?転々と移り住んでいるから、いつも“away”にいるという感覚があるかもしれない。

家族はそれはそれで"home"のひとつである。だが、もうひとつ、自分の中にhomeがあることに気づいた。それは、きっと、大阪で中学・高校時代に過ごした6年間という時間なんだと思う。多感な時期に、密度の濃い6年間を過ごせたことが、いかにかけがえのないものになっているかを実感した。そして、それが心の中の"home"になっているようだ。

あのとき、自分は、周りの仲間に対して何をcontributionしただろうか?もがいて、懸命に走っていたような気もするが、きっと、なにもできてなかっただろう。きっと、中途半端なハナタレ小僧だっただろう。それでも、それも全て今の自分にとっては必要だったんだ。

いずれにせよ、"home"は場所だけではなく、心の中にもあったのだ。

他人に対して、いまさら許してくれということは意味がないことかもしれないけれど、そして、何を許してくれとお願いしなければならないかも分からないけれど、許してもらえるならば、許してほしい。

そして、いまだに、別に何もできないけど、それでも、話を聞くぐらいのことはできるかもしれない。

どうか、多くの人が幸せに暮らせますように。
そう祈りながら、初めてのNew Yorkへの旅は終わった。
♪~
I could not love you any better
I love you just the way you are...

  by yoshinoriueda | 2004-10-24 15:00 | つれづれなるままに... | Trackback(2) | Comments(1)

ボストンからニューヨークに向かう車窓から

ボストンからニューヨークに向かうAmtrakは、時速150マイル(時速約240キロ)で南に疾走していた。窓から外を眺めていると、うっそうとした雑木林が目に入ってきた。

色彩豊かな紅葉の風景を見ていると、国木田独歩の「武蔵野」を読んだときに浮かんだ情景が頭の中に蘇った。しかし、雑木林の中に見え隠れする家のつくりは、明らかに西洋のものであり、外国にいることを感じさせるものであった。

米国の東海岸は、冬の寒さが厳しいけれど、カリフォルニアなど西海岸に比べて、日本と同じような四季を感じることができるような気がする。

ボストンは京都と姉妹都市であるが、これから行くニューヨークは、どんな街なのだろうか。大いに期待したい。

  by yoshinoriueda | 2004-10-22 10:30 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

Go Sox@ボストン市庁舎

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Bostonは、Red Soxの勝利に沸きかえっていた。市庁舎には「Go Sox」の旗が掲げられていた。大阪の街が、阪神タイガースの勝利で盛り上がるのと同じような感じかもしれない。

ベンチャービジネスの本場は、シリコンバレー、ボストン、イスラエルという世界の3大地域が有名である。ボストンは、カリフォルニアとは違って、寒さが厳しいけれど、市庁舎にこんなのを飾っているのを見る限り、ここの人たちの血は、きっと熱いに違いない!

  by yoshinoriueda | 2004-10-21 17:00 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

毎日を懸命に生きること

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生命の誕生あたりからの時間を30日間に圧縮すると、記録があるのは、30日目の残り10秒間に相当する。サンフランシスコで開催されたSolar2004では、こんな発表がなされていた。

いろいろ悩むことはあっても、それは歴史の中のほんの一瞬。だからこそ、毎日を懸命に生きることを大切にしなければならないんだと感じた。

  by yoshinoriueda | 2004-10-19 21:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

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