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サンフランシスコ発成田行きと大阪行きの違い

サンフランシスコから日本に向う便の乗客の人種的な構成は、差があるのだろうか?雰囲気や感覚でモノを言えば、成田行きのほうが、国際色豊かな気がする。もし、この感覚が正しいとすれば、その理由はなんだろうか?

東京に何らかの用事がある外国人が多いということだろうか。もうひとつの要素は、価格ではないだろうか?これも、雰囲気や感覚でしかないが、東京行きのほうが大阪行きより安いということが原因なのではないだろうか?

大阪国際空港(伊丹)でみた大阪は、いまや一地方都市に成り下がり、活気のなさが特に気になった。大阪国際空港は、現在、第2種空港に機能縮小することが検討されているが、もしそうなって、何の特徴も無い状態が続けば、さらに廃れていくような気がする。

シリコンバレーで言えば、伊丹と関空と(神戸あるいは中部)は、サンノゼとサンフランシスコとオークランドといったところであろう。それぞれ国際空港として機能しているが、利便性から考えると、サンノゼ、サンフランシスコが使い勝手がいい。

サンフランシスコは、関空と同じく、電車で都心まで移動できる。サンノゼは伊丹と同じく、国内便が多く、車でのアクセスを前提としているように思える。伊丹の地理的ポジションは、サンノゼとよく似ているような気がする。個人的には、空港から電車で移動できる、ボストンやパリのラガーディア、サンフランシスコなどの利便性が気に入ってるが、ちょっとロスまで、とか、ちょっとワシントンまで、といった場合は、サンノゼのようなこじんまりしたところもいい。

空港というインフラに、マーケティングの世界で言う差別化を応用すると、
 ・韓国と中国なら伊丹経由で!
 ・地方空港へのアクセスなら伊丹経由で!
といったような独自色が、差別化につながり、棲み分けによる共存を生むような気がする。もし、第2種空港になるのなら、そんな、制約から生まれる新たな発想で、欠点を特徴ととらえ長所に変えていく作業が、生き残るために必要となるだろう。

成田空港で見た6ヶ月ぶりの日本の夕焼けは、シリコンバレーの夕焼けより赤く、眩しかった。驚いたことに、同じ飛行機に、知っている人が乗っていた。シリコンバレーの世間は狭い!
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  by yoshinoriueda | 2004-11-29 16:30 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(1)

それでも人は買い物に出かけていく!?

Thanksgivingといえば、日本の冬のバーゲンからお正月にかけて展開される商戦と同じくらいの気合が必要である。これは、小売業者にとっても、買い物する大衆にとっても同じである。National Retail Federationの調べによると、この時期の売上は、年間売上高の4分の1から5分の1に相当するらしい。(San Jose Mercury 11/25/04)

オンラインで買い物ができるようになったとはいえ、やはり実物を見て買い物をしなければならないものはたくさんある。洋服や靴、かばんなど、自分に似合うか、質感はどうか、縫製はしっかりしているかといったことをチェックするには、実物を見て買うに限る。逆に、簡単に指定できて、ある程度、品質が均一だと思われる本やおもちゃ、パソコン、ソフトウエアなどについては、オンラインで十分なのかもしれない。

いずれにせよ、11月全体で、8割の人が買い物を済ませようと計画するらしい。その内訳は次のようになるらしい。
 ・25日のThanksgivingまでの間に買い物を済ませようとする人:約4割
 ・26日:約3割
 ・27日以降:約1割
 ・12月中:約2割

a0004752_2204227.gif全体の3割もの人が買い物をしようとする今日は、まさにshopping dayなのだ!だから朝の6時から開店するところもある。わざわざGilroyのアウトレットに朝5時から出かける人もいるらしい。

おもしろいことに、バブルを経験したアメリカではあるが、この時期の買い物で使われているお金は、年々増加しており、2003年は$210Bを超えている。アメリカ人が消費をやめないということの象徴だろうか・・・
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  by yoshinoriueda | 2004-11-26 09:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(2)

ナノテクが示唆する未来

再びアトムの世界へ

アニメの鉄腕アトムは、現在、30代半ばから40代の働き盛りの人の多くに大きな夢を与えてくれたかもしれない。ホンダやソニーがロボットを作ることに挑むのも、そんな背景があるのかもしれない。そして、2003年、「鉄腕アトム」は「Astroboy鉄腕アトム」という名に変わり、再びテレビ番組として登場した。そして、2004年。もうひとつの「アトム」が注目されている。それは、「原子」の大きさをベースとしたナノテクノロジー(ナノテク)である。「atomの時代」から「bitの時代」になったと騒がれ、IT産業が急速な発展を遂げた約10年。ナノテクは、まだサイエンスの段階にあるが、これまでの常識を超える可能性を秘めた基盤技術として注目されている。

ナノテクとはなにか

現在、ナノテクと呼ばれているものは、「100nm=0.1μm以下のサイズのモノ」というのが一般的な共通認識である。ナノテクの世界では、モノのサイズが小さくなるだけでなく、今までとは異なる性質を持つようになる。この新しい性質がこれまでの常識を超える効果を発揮する。例えば、家の壁や窓ガラスは雨風に打たれて汚れるものであるが、ナノテクを利用すると、壁や窓ガラス自体に、汚れを分解してしまうような効果を持たせることができる。すでに、空気が減りにくいテニスボールやサングラス、汚れがつきにくい服、車の塗装など、さまざまなところで利用され始めている。参考:The Top Ten Nanotech Products Of 2003

シリコンバレーとナノテク
半導体産業の中心であるシリコンバレーでは、微細加工の技術が、直接、ナノテクにつながっている。半導体を作るときに、細かく加工していくことで、1本1本の線の幅がナノの世界になってくる。このようなナノテクへのアプローチをトップダウンと呼ぶ。逆に、小さな粒子などからナノのオーダーの構造を作るアプローチは、ボトムアップと呼ばれる。新しい発想に憑かれたシリコンバレーでは、ボトムアップのアプローチを採用するベンチャー企業も数多く見られる。ボトムアップのアプローチがベンチャー企業にとって都合のいいところは、いまだ物理学の世界であることから新しい知見がどんどん出てくるところであるということや、それらを生み出すためのプロセスに半導体産業ほど資金を必要としないということが考えられる。

ナノテクのエネルギー分野への応用
これからの半世紀の間に、さらに大きな問題となると考えられているエネルギー問題を解決するため、ナノテクが応用されはじめている。具体的なものとしては、太陽光発電と燃料電池の分野がある。ナノ粒子を「塗る」あるいは「印刷する」ことで、コスト競争力のある太陽光による発電が可能となりつつある。また、ナノ粒子により構造を作ることで表面積の広い膜を作り、それを燃料電池のパーツとすることで効率を向上させるといった取り組みがなされている。電力系統からの電気に比べて不安定であることから、品質は不十分であるが、コストが下がってくることにより、これらの電源は破壊的技術になる可能性を秘めている。クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」で指摘したように、このような「破壊」は、品質が必ずしも十分ではないものの、コストは十分に安いという製品が現れたときに起こりうる。電力会社は、今こそ、事業リスクのマネジメントの観点からも、このような破壊的技術に基づく電源に、真摯に取り組むことが求められているのではないだろうか。
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  by yoshinoriueda | 2004-11-24 21:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

霜月、シリコンバレー

日本では、11月を霜月と呼ぶが、シリコンバレーでも、朝、車の窓ガラスに霜が降り、凍っている日が多くなってきている。日中晴れていれば、日差しは日本の5月中旬のように強く、木々の紅葉が鮮やかではあるが、肌に当たる風は冷たく感じられる。(写真は、11/24朝7時半頃の様子。芝生には霜が降りていて、日が当たるのにつれて、溶けて地面の上にもやがかかっている。)
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  by yoshinoriueda | 2004-11-24 07:30 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(2)

"Fortune Favors The Bold"

「知識資本主義」(レスター・サロー、ダイヤモンド社)の原題は、"Fortune Favors The Bold"である。直訳すれば、「富は勇敢な者を好む」ということになるのだろうか。これがなぜ、「知識資本主義」と題されているのか不思議であるが、その答えは、一番最後に述べられている。
自国の文化に自信を持つことが、グローバリゼーションと知識資本主義で成功するために必要な正しい態度である。そう思い、勇気を持てば、今日のグローバリゼーションは、大きなチャンスとなるはずである。自国の文化はそのことによって豊かになり、国民の経験も広がり、そして経済も成長するはずである。・・・未知の領域に飛び込む者は、時として失敗するかもしれない。だが、飛び込もうとしない者は、常に失敗する。幸運は勇気ある者に微笑むのである。
なんだ、そんなことか、と思ったが、「自国の文化」というところは、奥が深いような気がする。この本の中で、文化とは、
従来(、)文化とは、老いた者が若きものに対して何を信じ、どう行動すべきかを伝えるものである。・・・文化とは我々が誰なのかを、そして自分の位置を確認するものでもある。・・・文化とは静的なものでなく、それは時とともに変化するものである。
と書かれている。米国にいると、自分が日本人であるということで、相手に対して価値を与えることができることがある。人口が減少する将来、日本人という「人種」は、天然記念物のように貴重な存在になるかもしれない。しかし、存在だけで価値を生み出すことは不可能である。例えば、優秀な人がいくらたくさん組織にいても、そこから新しい知識が生み出されてこなければ、新しい価値や感動は創造されないのと同じである。だからこそ、自分の考えや思いを発信する能力が大切になる。
なお、この本の中には、日本のことも記載されている。
日本人は豊かな国に住む貧しい人々である。・・・もし「政府」の役割が景気を回復させることであるのなら、日本には政府など存在しないといえる。日本の政府は喋り、議論し、約束するが、行動はしない。
行政関係者にとっては、あるいは政治に携わる者にとっては耳が痛いかもしれないが、ある意味、的確に日本の現状を捉えた記述であると思う。

日本は今、どうなっているのだろう。ふと、懐かしくなった。
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  by yoshinoriueda | 2004-11-23 14:11 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(2)

「ドラッカーさんが教えてくれた経営のウソとホント」(酒井綱一郎)

週末は爽やかな秋晴れに恵まれたので、息抜きに軽めの本「ドラッカーさんが教えてくれた経営のウソとホント」(酒井綱一郎著、日経新聞社)を読んでみた。気に入った文を2つ。

■信頼こそが品質管理の基本

当たり前のようだが、あるいは、直接的なつながりがないようだが、実は、これは根幹を成すところだと感じた。本のなかでは、「自分の身を守るには、本当のことを言わないほうがいい。そんな空気が工場全体を覆っていた・・・」という前置きがあった。このような猜疑心に満ちた職場では、のびのびと議論したり、切磋琢磨しようという企業風土は育たない。だから、いいものも作れない。肌身で感じて分かる本質を突いた言葉だと感じた。

■仕事を進める上でもっとも大切にしたいことは、『自分探し』の時間を持つこと

一番得難い時間ではあるが、一番大切なのではないだろうか。この文章の後には、「没頭しきれるものを持った人は幸せです。そこには使命感があり、誇りがあります。・・・リーダーは部下にどういう専門を身につけさせ、究めさせられるかが勝負・・・」と続く。「自分はコレだ!」と思えるものに出会えることほどワクワクするものはない。それが情熱に変わり、継続を生み、結果として、いいモノが生み出されてくると思う。

***
(余談)
このblogは、「Entrepreneurshipを探る旅」という題名をつけたが、結局、自分探しをしているのだと感じる。旅は、始まりがあり、終わりがある。自分探しの旅は終わらないかもしれないが、節目節目でけじめをつけていきたい。
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  by yoshinoriueda | 2004-11-21 22:00 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

シリコンバレーの紅葉 一本の木

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  by yoshinoriueda | 2004-11-21 17:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

I'm a capitalist!

先日、Palo AltoにあるAurora Equityのmanaging partner, Dr. Jaleh Daieと、ある(見た目高齢な)起業家とともに昼食をとっていたとき、彼女が「I'm a capitalist!」といったことがまだ耳に残っている。起業家が、「ベンチャーキャピタル(VC)というのは、お金が必要なのか?」という質問をしたことに対する回答の流れの中での一言だった。会話の流れから説明すると、彼女の言葉は、「投資をした金額を上回ってくれば、その時点で売るのだ」という資本主義の原則を、端的に説明したものである。

Dr. Daieによるとバイオビジネスでは、liquidationまでに最低7年はかかるという。それは必ずしもIPOだけを意味しない。しかし、その付近の時点で、ビジネスの価値が投資した金額を上回っていれば、cashに変えてしまうという。VCは、ファンドの運営者であるから、投資家に対して利益をもたらさなければならない。通常ファンドは10年程度の期間で運用を行なう。1年目で運良く有望な起業家を探し出すことができ、ほぼ全額投資することができるという状況はほとんど考えられないため、投資して7年経つというのは、ほぼファンドの運営期限に近づいていることが予想される。だから、なんらかのexitが必要となるのは容易に想像できる。

この起業家は、プロトタイプを量産化に持っていくために資金が必要だと説明していた。私は、「それならば、既存の取引先から出資を仰ぐことが先決ではないか」とコメントしたが、彼女がこの起業家に対してアドバイスしたのは、「もし、VCを含め、金融機関などからお金を調達するなら、その既存取引先とのビジネスで利益が上がっていることを示す必要があります。VCの投資スキームは、非常に複雑で、それを理解していなければなりません。VCの考え方や話す言葉、雰囲気を肌身で感じなさい。そして、もし、自分の持分を減らすのが嫌ならば、銀行に行ってお金を借りなさい。」というものだった。

先の「VCはお金が必要なのか?」という質問をしているこの起業家の越えなければならないハードルは高いかもしれない。こんな起業家にこそ、メンターのような存在が必要である。そして、Dr. Daieのような"I'm a capitalist!"とはっきり主張できる人が、そんなメンターの一人になりえるだろう。そして、なにより、この一言に、資本主義の考え方が凝縮されているような気がする。何気ない昼食の味は覚えていないが、彼女の端的な言葉は決して忘れることはないだろう。
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  by yoshinoriueda | 2004-11-20 17:00 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

「技術」それ自身がビジネスに差を作り出すのか?

International Technology Forum 2004がSanta Clara Convention Centerで開催された。Venture Capitalに関するセッションでは、Guy Kawasaki氏がモデレータを務めて、場を盛り上げていた。WI HarperのManaging Director, Dr. Jonathan Wangは、投資に際しては、人と市場に注目すると言っていた。ちなみに、WI Harperは、中国、台湾、シンガポールといったアジアでの投資を専門としているventure capitalである。

「人」のポイントは、起業家がStrong Personであること。Strongというのは、intangibleなので言葉で説明が難しいが、ここに、venture capitalistの難しさがあると語っていた。また、市場については、最低でも数十億ドルの規模が予想できることがポイント。おもしろいことには、「『技術』は違いを作り出さない」という点。これが、彼自身が経験から学んだことらしい。

パネルディスカッションを聞いて思い出したのが、少し前に読んだ「Googleと楽天・ライブドアを比較することに意味はあるか?」という梅田さんのブログのエントリーと、株式会社になったGREEの田中さんの「ネット産業は、サービス産業かテクノロジー産業か?」というエントリー。私自身の認識を一言で表現すると、「技術は利用するが、それが中心になっていないというのが、日本のネット企業の特徴」ということ。これは、技術それ自体が違いを作り出さないというDr. Wangの主張を裏付けているような気がする。

ちなみに、関西電力が2000年に掲げていた2010年グループビジョンには、「生活総合基盤産業」というキャッチフレーズがある。これは、GREEの田中さんのエントリーにあった
「生活密着型サービス産業」のほうが儲かる
というところにも通じるものがあると思う。BtoCビジネスによって大きな利幅を確保しようという思惑は、ベンチャー企業だけでなく、関西電力のような大企業の経営の方向性の中にも見ることができる。

結局、インターネットなど技術というものは、それを実現するための道具のひとつでしかない。同じ道具を持っていれば、その使い方に長けているほうが勝つ。しかし、道具はそれだけではないから、技術が決定的な要因にはならないのだろう。これが、パネルディスカッションを聞いた現在の私の感想と結論である。
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  by yoshinoriueda | 2004-11-18 19:00 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

blogはcontextを共有して「寂しさ」を埋める一手段?!

a0004752_483256.jpg洪水に見舞われたTexas, Austinを後にして、薄雲の広がるCalifornia, San Joseに戻ってきた。Californiaに向う上空には、白い雲が広がっていて、光の照り返しがとても眩しかった。San Jose空港からRedwood Shoresにある職場に直行し、資料などを片付けた後、San Joseで行なわれたJTPAのセミナー「ブログの魅力と可能性」に行ってきた。

セミナーには、日本を離れ、シリコンバレーで仕事をされている方々が参加されていたが、そこで感じたのは「寂しさ」のようなもの。誰かに認められたい。何かを伝えたい。自分の存在を確かめたい。そんなさまざまな想いが入り混じっているような気がした。

平田さんが言っていたように、blogは、技術的な見方をすると、コンテンツ・マネジメント・システムという道具であるが、それがもたらすのはコミュニケーションである。先の「寂しさ」のようなものを埋めるのは、この「コミュニケーション」。verbalなもの、non-verbalなもの。realなもの、virtualなもの。いろいろなコミュニケーションの方法があるが、blogは、virtualであり、どちらかといえばverbalな方法になるのだろう。

寂しさを埋める?!ためには、contentsだけでなく、contextを共有することが鍵となる。blogのような媒体は、contextの一部を共有できる可能性を持っており、その役目の一部を果たすことができるだろう。個人的には楽観も悲観もしないが、blogがそんな特徴を持っていて、新しい時代の一端を担うことを願う。

参考:

■セミナーの様子が紹介されている記事
 ・死んでしまったら私のことなんか誰も話さない
 ・Feel Our Soul
 ・Sotto Voce

■参加者のblog(見つけることができたもの)
 ・dh's memoranda
 ・On Off and Beyond
 ・Sotto Voce
 ・ShinBLOG
 ・蕎麦処 ぱろある亭
 ・Dobkig - ベイエリア情報局
 ・遅咲きブログ少年
 ・Sunnyvale Wind
 ・死んでしまったら私のことなんか誰も話さない
 ・旧・死んでしまったら私のことなんか誰も話さない
 ・アメリカ見たまま
 ・Feel Our Soul
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  by yoshinoriueda | 2004-11-17 23:30 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(1) | Comments(2)

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