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興味が継続するところからイノベーションが起こる

イノベーションというのは、好きなことをやっていなければ起こりにくい。なぜならば、イノベーションが起こるまでの間、試行錯誤しなければならないからである。何かのきっかけで新しい展開になるとしても、それまでの間の蓄積がなければ、きっかけもつかめないだろう。

BusinessweekのVIEWPOINT:Silicon Valley's Risky Complacency(By John Hagel and John Seely Brown)では、シリコンバレーがイノベーションの中心であったというこれまでの事実に胡坐をかいていてはいけないのではないかということを示唆していたが、その中にも、継続的な取り組みが必要となることを述べている部分があった。
Silicon Valley has been the center of high-tech innovation in the U.S. for many decades. Yet this kind of complacency is dangerous. The U.S. and Silicon Valley didn't become innovation centers through complacency -- just the opposite. Innovation is certainly not a birthright -- it requires continuous effort to renew and reinvigorate.
継続的な取り組みを行なうには、面白いと思えることをやっていなければならないだろう。もちろん、面白いかどうかは、やってみないとわからないし、やってみて、どんどんと面白くなることもたくさんある。しかし、基本的には、興味を継続することができることでなければ、イノベーションが起こる確率は低くなる。

興味が継続するということは、たとえ最初は他人から押し付けられたものであっても、最終的には、自分を駆り立てるものを自分の中から見つけ出すことに成功しなければならない。それまでの間は、人によっては、我慢のようなものが必要になるのかもしれない。耐えることや不便を解消したいといったような気持ちから生まれてくる反動をバネにすることもあるだろう。

今の日本はとても便利で、耐えるということはあまり必要ない。なぜなら、選択肢があるので、我慢するくらいなら、別のものを選択することができるからである。そんな中からどんなイノベーションが起こってくるのか、あるいは起こせるのか。個人的には、実は、とても楽しみである。この背景には、素地が整っているからこそ出てくるというものもあるかもしれないという楽観的な見方がある。

ただし、こんな見方をすることができるのは、現在若手で活躍しようとしている人たちを見ていてのことであって、30代後半以上、特に40代で経済の中心に座っている人たちには、あまり期待はしていない。というか、希望を見出せる要素が周りにはあまりに少ない。

2つの世代(U30[under 30]とO40[over 40])の間で、話のベースとなる体験や考え方が大きく乖離していることに気づかされることが多々ある。例えば、日本でのビジネスは、○○業法といった規制や、固定観念から作られているルールが多々あるのだが、そのルールをつくり、そのルールに則って仕事をしてきたのが上の世代。そのルールに嫌気がさしていて、それはちがうんじゃないかというのが下の世代。上の世代は既得権益を手放したくない。下の世代は既得権益など無いから、自分たちが理想とする世界を、個々、思い描く。

U30の世代が、自分が思い描く世界を目指して、思う存分、力を発揮すれば、イノベーションは起こるだろう。そして、それは、まだ誰も気づいていないものかもしれないけれど、もう起こっているのかもしれない。
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  by yoshinoriueda | 2005-07-31 12:02 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

大切なものって何だろう・・・

何気なく、テレビのチャンネルを変えていると、小雪の笑顔が出ていたので、ついつられて(^^;「僕と彼女と彼女の生きる道 スペシャル」というTVドラマを見た。ラストサムライで、たか役として出ていたイメージが強かったのだが、今回もそれとオーバーラップするような部分を感じた。

フジテレビのウェブサイト(「僕と彼女と彼女の生きる道」)をみて知ったのだが、このドラマは、どうやら、連載モノだったらしい。シリコンバレーにいても、ドラマは、テレビやビデオで見ることができるのだが、ビデオを借りるのが億劫というのもあり、2年間ほとんど日本のドラマを見なかった。

日本のドラマは地味だけれど、本当にいろいろなことを考えさせてくれる。もちろん、ストーリーや台詞だとか、キャストも大切なのだが、全体を通じて伝わってくるメッセージのようなものがたくさんあるような気がする。

台詞としては正確ではないが、例えば、「子供はなんのために生まれてくるのか?愛されるために生まれてくる。」とか、「大切なものを確かめるためには、やめるしかなかった・・・立ち止まらないと、なにか大切なものに気づかずに、そのまま生きていくことになりそう・・・」とか、「どの道を選ぶかよりも、選んだ道でどう生きるかが大切なんじゃないか・・・」とか、「どうしてもっと早く、大切なものに気づかなかったんだろう。」「いいじゃないですか。・・・気づけたんだから。」といったもの。

大切なものってなんだろう?自分はそう思っているが、本当なのか?等々、イロイロなことを考えさせられたなかなかいいドラマだと思った。
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  by yoshinoriueda | 2005-07-30 17:27 | つれづれなるままに... | Trackback(1) | Comments(0)

戦略と実践を一体化させるdesign thinking

梅田望夫さんの「Get Creative!」で、スタンフォード大学の"D-School"について、少しだけ紹介されていた。このD-SchoolにはIDEOのDavid Kelley氏が深く関与していることから、IDEOの考え方を理解することが、D-Schoolのコンセプトを理解するための助けとなるだろう。

デザインを本業としているIDEOは、以前の「IDEOから学ぶイノベーションの極意!」というエントリーで紹介したとおり、イノベーションを成長のエンジンにしているシリコンバレーの会社である。

D-SchoolIDEOで使われている「デザイン」というのは、単なる「意匠」ではない。プロトタイプを作ってみる。それを用いてテストマーケティングをしてみる。そうするサイクルを回すことで、問題を見つけながら、解決しながら、前に進むのである。そんなことを全て含んでいる。

この考え方は、「きっちりとした作業範囲があり、どうやるかということまで計画されていて、後はそれをいかに実行するかで勝負がきまる」というこれまでの考え方とは、180度異なる考え方である。

戦略と実践は分けることはできないのではないかと、昔から思っていた。戦略を立てる人と実行する人が別というのは、情報の精度が高く、時間の経過を無視することができるならば、有効なのかもしれないが、情報など限られているのだし、時間は常に流れているのだから、戦略は実践しながら練られていくものだと思うのだ。以前、シリコンバレーで出会った日本人にそんな話をしたら、それは違うといわれたことがある。戦略と実践は別という考え方を否定はしないけれど、やはり、戦略と実践は分けることはできないと思う。

経営は「実行」」という本がある。英語のタイトルは、“Execution”。executionという言葉の響きは、「実行」という要素が色濃く思える。しかし、「デザイン」の考え方では、経営はexecution(実行)ではなく、practice(実践)なのではないだろうか。特に、何が問題か曖昧でよく分からなかったり、その曖昧な問題が時間とともに変化したりすると、practiceしかないと思える。

分析して、論理で固めて、効率を追い求めながら実行するのではなく、市場に入って正しい直感を頼りに、仮説を創造し、観察によりその仮説を磨き、実践する。なんだか言葉遊びのようだが、背景にある考え方は、180度異なっていると感じる。そして、これを実行するためには、鍛えられた「個」が必要になると思う。

***

日本で過ごし始めてまもなく約1ヶ月。さまざまな固定観念、いわゆる「日本の常識」に囲まれて、違和感を感じながら過ごしているのだが、日がたてば、こんな違和感もなくなってしまうのだろうか?ふと、そんなことを感じた。
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  by yoshinoriueda | 2005-07-29 20:56 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(4)

大阪の町は、お風呂と同じ!?

朝からとある地方都市に出張。久しぶりに新幹線に乗る。電車って、こんなに揺れがすくなかったのか、と思うくらいの静かさにちょっと感動...

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夕方、大阪に帰ってきて、クーラーの効いたタクシーを降りると、お風呂に入ったときにメガネが曇るように、真っ白になった(^^;

大阪の町は、お風呂と同じくらい湿度がある!?
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  by yoshinoriueda | 2005-07-28 21:58 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

今までと違う世界を知るためにはどうしたらいいのか

新しいことを学ぼうとすると、パラダイムが全く変わっていることを理解しなければならないことがある。勇気も必要だろう。

今まで正しいと思っていた判断基準が、実は、別の立場に立ったり、違う世界から見たり、興味が異なった人が見たりすると、全く正しくないということになる場合もある。

確かに、説明責任を果たさなければならないとすれば、思い切ったことはできないのかもしれない。しかし、思い切ったことをしなければ、新たな成長はない。

では、そんなときはどうすればいいのだろうか?

おそらく、まず初めにしなければならないのは、「どこまでの範囲なら、その人の判断で実行してもいいのか」という権限と責任の明確化であろう。明確化というのは、実際に、一部の例外を除いてそのとおり運用されるということまで含む。日本の大企業の場合は、その辺りについて、定められているようで、実はお伺いを立てたり、耳に入れておくといった手順が踏まれるため、結局、意思決定は「鶴の一声」的な要素で決まってしまうことがある。

しかも、たちの悪いことに、「鶴の一声」的な意思決定が横行するということはモーメンタムだけで動いているという要素が多々あるにもかかわらず、それを意思決定のスピードが上がったと思っている場合が往々にしてある。しかし、それは、意思決定のスピードが上がったわけではないし、その方向性が正しいかどうかも定かではない。さらに、部下がついてくるかも疑問である。

判断を下し、実行し、結果を見るというプロセスを繰り返すことで、人は成長する。モチベーションも高まる。逆に言えば、それがなければ、人の成長は限定的だし、モチベーションも保てないということになる。また、そんなことを繰り返していると、組織自体の方向性も危うくなる。マネジメント層の方向性が間違っていれば、存亡の危機に瀕する。

マネジメント層は、謙虚に学ぶことと、コミュニケーションを密にすることがとても大切。学ぶということは恥をさらすかもしれない。コストもかかってくるだろう。しかし、そんな基本的なことを忘れているマネジメント層が居座る企業に明日なんてないのかもしれない。
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  by yoshinoriueda | 2005-07-28 00:13 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

「ロングテールって、そういうことなのね」という感覚は役に立つ

「ブログ資本主義」という特集が組まれていた週刊東洋経済(2005.7.30)を眺めてみた。記事の中では、組織や資金に頼ることなく影響力を及ぼし始めた20代の若者たちが「ロングテールを成立させる」ことにより、本当に「個」が活躍するような社会を「ブログ資本主義」と呼ぶのかもしれない、といった言葉が書かれていた。

アマゾンでは、1位から10万位にランクインした本の売り上げは60%程度、10万位以下230万位くらいまでの範囲にランクインした本の売り上げは40%程度。上位の本の売り上げが、全体の大半を占めてはいるものの、結構下位の本の売り上げも無視できないという事実が、ロングテール現象の特徴である。

これは、特にインターネットの技術の発展に助けられて出てきたものだが、このロングテールを頭と体で理解できているということは、オールド・エコノミーの世界の仕事をしていても結構役に立つと思う。

例えば、ニッチな要求を出してくる潜在顧客に、マスで相手をしている顧客と同じ感覚で接していても、顧客にはならない。マスを相手にする体制と方法でこれに対応しようすると、「売れば売るほど赤字が膨らむ」という状態に陥る可能性がある。そんな状況は、何かがおかしい。そのおかしいという感覚が、ロングテールという概念を持っていると、なんとなく似ているかも・・・と思い、次のステップとして、何をどうしたらいいのか、考えるようになると思う。

知らないよりは、知っていたほうがいい。知っているだけよりは、実際に使えたほうがいい。ロングテールという概念も、そんなものの一つなのかもしれない。

***
(追記)
ロングテイルについての数値は、8/9/05、以下のように修正されている。(参考:The 80/20 Rule Revisited
We've revised our estimate of Amazon's Long Tail sales, from 57% to 25%-36%.

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  by yoshinoriueda | 2005-07-27 21:11 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(0)

AlwaysOnで紹介されたように日本の将来は暗いのだろうか?

シリコンバレーでは、7/19から7/21まで、AlwaysOnスタンフォード大学Stanford Technology Ventures Program (STVP)と共同して「Stanford Innovation Summit」を開催していたようである。

グロービスの堀さんも出席されていたようで、ブログを拝見すると
会場には、300人ほど入るほどの椅子が並べられていた。前に一列と後ろの方に3列は、ブロガーのための机が用意されていた。ブロガーはジャーナリストとして招待されていて、瞬時にオンラインでニュースが配信されるような仕組みになっていた。
と書かれており、これを読んで、blogに対する日本とシリコンバレーの温度差のようなものを感じた。東洋経済では、「ブログ資本主義」と題して特集されていたが、ようやくブログという言葉が受け入れられてきている日本とはかなり感覚としての乖離があるように感じられる。

それはともかく、このAlwaysOnのサイトで、Super Boomers in China and Japan - Part 3というエントリーを読んでいると、
For example, while 100 percent of the 20-year-olds interviewed said that they wanted to marry, the reality is that roughly 30 percent of Japanese women in their mid-30s and 40 percent of the men in this age group are unmarried.
と書かれていた。30代の男女が結婚していないというのは、確かに周囲を見回すとごく普通に見受けられる。この背景には、お互い経済力もそこそこあって、それなりに快適な暮らしをしているからという見方もあるが、それ以外に、将来に希望を持てない、あるいは不安があるという要素もあるのかもしれない。

そんなことを考えていると、FujiSankei Business iの編集局ブログ7月17日のエントリー「「国際女性ビジネス会議」を取材しました」に次のような感想が紹介されていた。
結婚・出産をしない女性が増えていることについて「女性は将来に不安を感じている。だから潜在的に産まない選択をしている」とおっしゃっていたのが衝撃的でした。本当でしょうか?
ある意味本当なのだろう。もちろん、産みの苦しみというのか、出産時の激痛を再び体験したくないという気持ちもあるのかもしれないが、個人的には、いろいろな意味での不安が、産もうとしないことにつながっていると感じる。

なお、先の堀さんは「少子化問題は男の責任では!?」というエントリーの中で、4人の子供の出産に立ち会われた経験に基づく話が描かれていてなかなか面白い。

ちなみに、先の記事には、
Overall, many interviewees expect Japan to be "worse in the future" than it is today. Ai Uehara, a commerce major at Hitotubashi University, says, "I think my generation will not be good enough to make Japan happy in the future."
と述べられていた。なんだか寂しいなあという直感的な感想を持ちながら、ふと、「Ai Ueharaって誰だろ?」と思ったのだが、写真を見るとなかなかカワイイ(*^^*)。一瞬、さきっちょ&はあちゅうの恋の悪あが記の「さきっちょ」や「はあちゅう」のような存在な人のだろうかとも思ったのだが、どうやら違うみたい(^^;



でも、そんなに日本の将来は暗いのか?アメリカ人であっても、イタリア人であっても、フランス人であっても、何人であっても、人間だったら、能力の差は「ほんの数倍」程度だろう。要は意識の問題なのではないだろうか?意識レベルは、100倍にでも10000倍にでもなる。能力の差は、気持ちの持ち方次第でカバーされ、結果としては、能力の差の影響は小さいような気がするのだが...

まだまだいける。きっと。必ず。そのはず・・・
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  by yoshinoriueda | 2005-07-26 12:45 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(0)

B級グルメ&天神祭の花火

本当に大阪は暑い!外回りをしていると汗だく・・・(^^;;;<汗>


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汗だくついでに(?!)、タイ風の甘辛いスープが独特で一度食べたら忘れられないラーメン屋に立ち寄った。「プノンペン」と呼ばれるこの店は、Yahoo!グルメでも紹介されている。値は張るが、それなりにおいしかった。

今日は、大阪は天神祭。電車でも浴衣を着たお姉さんの姿がチラホラ。ついつい見とれてしまう(*^^*)

職場に帰って仕事をしていると、花火が夜空に輝いていた。花火を見下ろすくらいの高さで仕事をするというのも悪くないのだが、残念ながら、迫力を感じることができない。まあ、贅沢な悩みか・・・(^^;
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  by yoshinoriueda | 2005-07-25 22:27 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

日本の閉塞感の一要因?!

久しぶりに大阪をドライブした。あまりの道の狭さに仰天!こんなにゴミゴミした町だったのかといまさらながらに実感した。

最近テレビでよく報道されているのはアスベストによる健康被害の問題。その危険性を認識していながらも、業界団体の反対やコストを優先する考え方から、なかなか利用がとまらない。昔、アスベストを使う現場に関与したことがあるが、その周りでは、肌がチクチクチクチクしたのを覚えている。

日本に帰ってきて、ようやく最近いろいろな人と話をするようになってきているが、特に40代以上の人たちは、「昔からそうだったし、自分の周りもそうだから、このまま将来も続くのだろう」という考えを持っている人がまだまだ多いのだということに気づかされた。

右肩上がりの日本の高度成長期を支えてきたのだから、そんな意識があっても当然なのかもしれないが、30代の我々にしてみれば、そんなのは幻想でしかないように思える。ここに意識の大きなギャップが存在する。論理で説得できても、肌では実感していないから、結局、行動はチグハグになる。

日本の閉塞感は、このような思考のギャップからきているのかもしれない。そんなことを感じた。
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  by yoshinoriueda | 2005-07-24 22:56 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

営業を通じて感じる日本の商習慣の壁

お客さまにメリットがある。例えば、安くなるとか... それなら売れるだろう。そう考えるのは普通だが、現実はそうではない。さまざまな要素が絡み合う。例えば、メリットだと思っていたことが、実は、意思決定者にとっては、あまり関係ない要素であるとか、競合他社が、さらなる値引きをしてくるだとか、そんなことが日本ではいまだに存在する。

意思決定の仕組みが複雑であり、また、その意思決定が経済合理性に基づいてなされるというわけではないということから、ヤヤコシイ~。アメリカをはじめとして欧米先進諸国が日本の商習慣の閉鎖性を指摘して久しいが、日本人である自分が肌身をもってそれを体験すると、そういった主張は現実味を帯びてきて理解できる。きっとそんな環境で営業を経験していると、それが当たり前のようになるのだろう。そして、皮膚感覚で機微を理解できるようになるのかもしれない。

しかし、これは、なんだか公正な競争が行なわれているとは言い難いと感じる。打ち合わせで言っていなかったような条件や要素が加わってきたりする。片方にとっては常識で当然であるが、もう一方にとっては、未知の世界というわけである。

最近さすがにそんなことはないだろうと思っていたので、久しぶりの日本でそれを体験するとは思いもしなかったが、実際はそういったこともありえるようだから、まあ、それが日本の現実なのだろう...
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  by yoshinoriueda | 2005-07-23 21:40 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE