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ちゃんと「あいさつ」してますか?

今日で8月も終わり。夏休み最後の日ということで、職場では、最後に家族と一緒に出かけたいという希望から休暇をとっている人もいる。一方で、そんなのんびりした話とは縁遠い状態に置かれている私のデスクの周りには、パイプファイルが積み重ねられ、コールセンターにいるのかと思うくらいの電話に対応しながら、資料をひっくり返し、そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎていく。

夏休みということもあって、職場ではインターンシップの学生を受け入れている。毎朝席について、そばを通る社員に挨拶している。でも、元気良く挨拶を返す社員はほとんどいない。寒い職場だなぁ・・・と改めて感じる今日この頃である。

そういえば、そもそも、挨拶もろくにしない会社だったんだ...とふと思い当たることがある。最近、朝の出勤時に社員が交代で並んで挨拶をしていることがある。風通しをよくしようとおもっているのか、どうなのか。とにかく、10人くらいが左右に並んで、出勤する社員におはようございますと声をかけている。個人的には、普段から、なるべく守衛の人や、掃除の人にも声をかけるようにしているから、無理やり声をかけさせられている社員の姿を見ると、なんだか悲しくさえ感じてしまう。

そして、なんだか、小学校みたい(^^;にも思える。小学生のころ、学校で「あいさつ運動」なるものを展開したことがあった。朝、少し早く学校に行って、校門を入ったところにある体育館の前で、おはようっ!ってみんなに挨拶するのだ。そんな経験があるから余計にそう思うのかもしれない。

インターンシップに来た学生はどんなふうに感じていただろうか?溌溂とした雰囲気を感じただろうか?それとも、殺伐とした雰囲気を感じただろうか?その心は分からないが、そういった学生の存在自体が、新たな一面、気づかなかった一面に気づかせてくれたような気がする。

挨拶は躾の基本。子供にだって、「ちゃんとあいさつしなさいー」と言うではないか?そんな人間社会の基本を忘れてはならないと思った。
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  by yoshinoriueda | 2006-08-31 12:59 | キャリア・生き方・教育 | Trackback | Comments(0)

丸い (○) もみ上げ?!

8月に入って2回目の散髪。髪の毛が多いので、夏は3週間が限界・・・(^^;

1mmのバリカンで上まで刈り上げて、上も「ミジカク」切ってくださいと言うと、よく聞こえなかったのか、「シカクに切るんですか?」と問いただされた。一瞬、問いただしたほうも、問いただされたほうも、「おいおい、角刈りかよ~」とお互いに思ってしまったようで、「あ、短く、ね」と合意。

うーん、面白い。つい大爆笑(^o^)(^o^)(^o^) 

確かに髪の毛をどう切って欲しいかとうことを言葉で説明するのは難しい。なぜなら、お店の人曰く、人によっていろいろな表現の方法があるからだという。

ちなみに、担当してくれたお姉さんは、「シカク」という言葉で思い出したのか、あるお客さんが「もみ上げは丸く切ってください」といったのを聞いて「???」とはてなマークが頭の上を飛んだという話を聞かせてくれた。

「もみ上げを丸くするって、どういうこっちゃー?!」というのがそのお姉さんの疑問。そんな話を聞いたこっちだって、「なんじゃそれ?」と感じ、はてなマークが頭の上を飛んでいた。

昔、アメフトの試合の前に、勝利を願い、気持ちをこめて、短く刈った頭に、バリカンでVの字を入れたりしていた仲間がいたなぁ~と思い出し、もみ上げの部分に丸いマークでも入れるのかなぁと思いきや、どうやら、もみ上げを短くスパッと四角く切らずに、ほとんどそのまま自然な形で残して欲しいというリクエストだったらしい。

というわけで、入念に仕上げられた頭は、スカッとして気持ちがいい。中身もスキッとなればいいのだが(^^;
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  by yoshinoriueda | 2006-08-29 22:46 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

怒りを抑える方法

交渉の現場では、往々にして、自分の存在を否定されるような場面さえ出てくる。そんなときの怒りは隙を生む。怒ることで相手に付け入る隙を与えてしまうことがある。自分のことしか考えていない交渉相手の場合、その隙に付け入ってくる。

怒ることは身体には良くない。分かっていても抑えられない。でも、それ以上に嫌になるのは、怒りが生み出した隙に付け入られてしまう自分かもしれない。抑えることができない怒りも、相手に付け入る隙を与えてしまうのだと思えば、容易に怒りを抑えることができる。

まずは自分でそんな状況に陥らなければ、その怖さやその情けなさは分からない。そして、そんな状況に陥っていても、それを教えてくれる良き先達がいなければ、気づけない。

そんな状況に陥り、それを教えてくれた良き先達がいたからこそ、こんな単純な方法に気づくことができた。これでもう、交渉の場では怒らなくて済むだろう。(いや、怒るかもしれないが、それはマズいということを頭では理解しながら怒ることになるだろう。) そんなふうに感じることができるようになったことがこの1年の自分にとって最大の成長かもしれない。そんなふうに感じた。
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  by yoshinoriueda | 2006-08-28 23:31 | キャリア・生き方・教育 | Trackback | Comments(3)

暑気払い第2弾 & 夏の風景

新梅田食道街2Fの「鉄ぱん居酒屋 ここ家」に立ち寄った。新梅田食堂街は大阪駅御堂筋口からすぐのところにあり、ちょっと立ち寄るには便利なところで、チョクチョク立ち寄るのだが、ここ家で注文した料理は全て美味しく満足&満腹~♪

a0004752_19454813.jpg夏休み最後の週末のせいか、電車はとても混雑していた。部屋に戻る途中に通りかかった公園では夏祭りが行なわれていた。部屋に戻ると、違う公園で、花火が打ち上げられていた。

暑気払い第2弾となった週末、少しばかり夏らしい風景を見たような気がする。
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  by yoshinoriueda | 2006-08-27 19:32 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

「値付けこそ経営」(京セラ創業者・稲盛氏)

先週の新聞にあった話。旭川にある旭山動物園の入場料が580円と「値ごろ感」があることを紹介し、「自らのサービスや商品の魅力を熟知したうえで、緊張感を持って値付けをし、最大限の集客力と収益性を確保する」ことが大切だと解説していた。これに関連して、京セラの創業者である稲盛氏の言葉「値付けこそ経営」というものを紹介していた。

確かに、値付け一つで、事業の状況は全く変わってしまう。いいものでも高ければ売れないし、また逆に安すぎても十分な利益を確保することができない。だから、値付けというのはそれ自体醍醐味があるといえばそうである。

実際、自分自身が値付けに深く関与しているだけに、それを含めて値付けの大切さや面白さを体で実感しているところもあるのだが、その現場はまさに先の解説にあった「緊張感」の連続である。

このところ、日中はあまりにも忙しく、ランチさえも食べられず、代わりに「ゼリーを吸う」ような日々が続いていた。来週からまたどうなることやら...(^^; せめて暑さに負けないようにしたいと思う。
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  by yoshinoriueda | 2006-08-26 10:56 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

飛行機での初体験

久しぶりの東京出張。といってもタイトなスケジュールだったため、伊丹で辛うじて弁当を入手することができ、機内で栄養補給~♪ついつい、好物のおこわが入っている弁当を買ってしまう(^^;

羽田では、上空に着陸待ちの飛行機が犇いており、30分ばかり到着が遅れた。夏休みでチャーター便増発があったから混み合っていたとかなんとか...。しかも、タラップで地上に降ろされ、バスで移動させられる羽目に... 海外や地方の空港ならともかく、羽田でこんなのは初めてだった。

有楽町で仕事を済ませ、トンボ帰りするかのようにまたもや羽田へ。都内滞在時間は数時間だった。

帰りの便では、使う滑走路のせいか航路のせいか、伊丹まで40分のフライトとアナウンスされていた。45分程度の飛行時間と記憶していたが、この5分ほどの差のせいか、最後の3列ぐらいに機内サービスがかかったところで着陸態勢に入ってしまった(^^;これも初体験...

伊丹はすっかり夜の景色に包まれていて、B777はガタガタと音を立てながら着陸に向かった。軽量化が図られているとはいえ、この音は、このご時勢、ちょっと不安になる。とりあえず、無事帰宅。今日も一日お疲れさまでした~
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  by yoshinoriueda | 2006-08-24 22:08 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(2)

ベイエリアに佇む新旧プラントに影響されたのか...

東京オリンピックが開催された1964年に運転を開始した設備を、大阪湾近郊に見に行った。天気は快晴。ジリジリと日が照り付けている。老朽化しているが、設備はいまだ現役。轟音を立てながら、自らの存在価値を必死に証明しているようである。

そんな昼間の喧騒に影響されたのか、夜は3軒も付き合う羽目になり、自分の存在価値を証明するかのようにカラオケでガナってしまった(^^;

歌うことは嫌いではないが、特段ウマいわけでもないので、マスターベーションのように自分で好きなように歌っている。だから、いつまでたっても上手くならない・・・(^^;;

でも、ちょっとスッキリした~♪

 ♪ Pop Star
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  by yoshinoriueda | 2006-08-23 23:30 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

コストを顧客に転嫁する義務と転嫁できる権利

白髭さんのコメントに対する回答にも
原材料費の調整をしなければならなくなったのは、原油が安かった頃に、消費者からの強い値下げ要請があったことも一因だったと記憶しています。
と記載したが、奇しくも同じようなことが日経産業新聞の2006.8.23版15面に「時代遅れの燃調制度」というコラムに書かれていた。
「そもそもは需要家の方から導入しろと言われた制度ですから」
 燃調が始まった1996年は折りしも一時1ドル=100円を上回る超円高時代。素材産業を中心にした「円高差益の還元を」との大合唱が制度導入を後押しした。燃料費変動という外的要因を切り分け、電力自身の経営努力の透明性を高める狙いもあった。
半年遅れで燃料費はコストとして価格に反映しなければならない「義務」であると同時に、反映できる「権利」を得ることにもなったというわけである。

ちなみに、同じエネルギー関連会社と言っても、電力会社の場合は、ガス会社と異なり、複数の燃料を使っているため、原油価格の高騰の影響は、ガス会社に比べると受けにくい。ただそれでも、電力会社間では、微妙な影響の差があるようだ。

例えば、平成18年10月から12月までの間の電気料金で、燃料調整制度により電気料金があがるのは、東京電力だけの模様(H18.8.26現在)。西の関西電力の場合は、原子力の比率が高いせいか、原油価格の高騰の影響が緩和されているようである。微妙ではあるが、こんなところにも、企業のコスト構造や事業戦略の差が現れているようである。

(参考)
東京電力 燃料費調整のお知らせ
関西電力 燃料費調整のお知らせ
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  by yoshinoriueda | 2006-08-23 12:58 | 政治・経済・政策・地域開発 | Trackback | Comments(0)

原油価格高騰の煽りを食らって・・・

原油価格が上昇している昨今、ガソリン価格も一気に上昇しているが、エネルギー関連ベンチャーも窮地に立っている模様。
エネサーブ、主力の自家発電事業から撤退

 エネサーブは18日、主力の自家発電設備の販売事業から撤退すると発表した。原油高の影響で発電機販売が伸び悩んでいるほか、燃料となる重油の仕入れで損失が膨らみかねないと判断した。電力小売りが自由化され、原油が安かった時期には割安な電気を供給できる自家発電機で脚光を浴び急成長してきたが、戦略転換を余儀なくされ、今後は電気の小売りなどの事業を中心にする。
 ・・・
そしてとうとう、石油を代替するエネルギーの一つである太陽光発電のパネルまで値上がりしている模様。NIKKEI NETによると、
住宅用太陽電池、初の値上がり・3―5%、原料高騰で

太陽光発電システムに欠かせない住宅用太陽電池が値上がりした。主原料の多結晶シリコンが半導体材料としての需要増もあって品薄となり、高騰したためだ。京セラなど大手メーカーは販売価格を3―5%引き上げた。原油高で新エネルギー発電への期待が高まるなか、「初の値上げ」(京セラ)が普及に水をさす可能性も出てきた。
 ・・・
とのこと。ちなみに、関西地区を代表するガス会社である大阪ガスも、この7月から9月に適用されるガスの平均原料価格が42,240円/tと、原料費調整制度の調整の上限幅42,850円/tに迫りつつある。(参照:原料費調整制度について
a0004752_21563573.jpg

原料費調整制度は、原料の仕入れ価格を顧客に転嫁できる制度だが、ここまで原料費が上昇すると、もはや上限値に張り付いてしまって、添加できなくなる可能性が出てきているといっても過言ではないだろう。

では、原料の仕入れ価格を顧客に添加するためにはどうしたらいいのか?それは、料金改定を行なうことである。なぜならば、料金改定を行なえば、料金を改定して、値下げしているようにみせながら、それと同時に原料費調整制度で適用する原料費の上限値も見直すことができるからである。というわけで、原油価格高騰の結果となる大阪ガスの次なる行動は、料金改定と同時に原料費の上限値を見直す(すなわち、平均原料価格を見直す)ことかもしれない。学生時代、最後の最後まで就職先の候補の一つだったこの企業については、注目して動向を見据えたい。
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  by yoshinoriueda | 2006-08-21 22:18 | テクノロジー・環境・ガジェット | Trackback | Comments(5)

電子メールのない文化

電子メールでのやりとりが日常的になっていると、つい、電子メールのない文化のことを忘れてしまう。業界によっては、電子メール自体が「敵」として認識されていることがあるらしい。
「じゃあ、以後は電子メールでやりとりしましょう。」
「いや、実は、電子メールはないんです。うちは紙の文化ですから。」
「・・・なるほど。分かりました。では、また伺います。」
そんな会話が交わされるのは、例えば、紙をつくっているような会社があるかもしれない。「電子メールを使う」=「手紙や葉書を使わない」=「紙を使わない」という方程式が成り立つと思っていると、自分たちの製品である「紙」が使われないので、電子メールは「敵」になってしまう。

また、もしかしたら、電子メール以前のメール、すなわち手紙や葉書を扱う郵便局にとっても、「電子メール」というのは敵なのかもしれない。ただ、最近は、「ゆうびんホームページ」などを通じて、使い勝手のいいサービスが利用できるようになってきていると思うが...

確かに、電子メールを使うと、紙の消費量は少なくなるかもしれないが、仕事などでは、記録として保管するために、電子メールを印刷することもあり、また、添付されている資料も同時に印刷することから、紙の消費量は一概に少なくなるとは言えないような気がする。

逆に、資料を作り出すと、印刷してみて仕上がりを確認し、何度も修正するので、紙の消費量は増えているような気もする。時折感じるのは、もし、資料を印刷しなくなれば、仕事時間はもっと少なくなるかもしれないということ。資料を印刷すると、それが「一人歩き」することを考えるのか、あるいは、紙に書かれているから視認性がよく、抜けているようなところがよく見えるのか、いろいろな人が様々な修正を要求するようになることがあるからだ。挙句の果てには、「てにをは」やレイアウトまで注文が出てくることもあり、そこで「そもそもその作業にはどんな付加価値があるのか?」と自問しだすと、「やってられましぇ~ん」とでも言いたくなるようなこともある。

閑話休題。

時間軸で見れば、30代や40代の人にとっては、新聞や雑誌、書籍といった紙文化に親しんできて、その後で電子メールやインターネットの洗礼を受けてきているため、ハイブリッド的な部分があるのかもしれないが、10代~20代の世代の中には、幼い頃からケータイやゲームに慣れ親しんでいる人もいて、そんな人たちからみれば、ケータイや電子メールのない世界は想像できないというところまできているのかもしれない。

空間軸で見れば、ビジネスや日常生活で電子メールの必要性があまりない国もあるだろう。中には、電気や通信のインフラが十分整備されていなかったり、ハードウエアが用意できないといったことも関係してくるので、仕方がないといえば仕方がないかもしれない。

ただ、思うに、紙を使わない電子メールは、便利で低コストなだけでなく、地球環境に対しても優しいのではないだろうか?だから、そう毛嫌いせずに、電子メールやインターネットを取り入れてもいいと思うのだが...
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  by yoshinoriueda | 2006-08-20 06:49 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

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