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科学を判断する側に問題がある?!

2011.5.31の日経新聞の経済教室は、京都大学総長の松本紘氏。読みながら感じたのは、授業でのいつもの調子。宇治キャンパスに黒のKMXで通っていたころを思い出してしまった(^^;

さて、どんなところがいつもの調子かといえば、例えば、
マグニチュード9以上の地震が起こらないと科学者がいっていたわけではない。... 「想定」したのは、政府であり事業者であり、... 大本の科学の知識が間違っていたわけではない。... 科学的知見を判断する側に問題があった
といったところや、
科学システムを駆使した事業では、素人である事業者や政治家とコミュニケーションを密にし、彼らの判断・運営に助言を与える役割の研究者が重要だ
といった事業者を素人というある意味で本質を突いた(?!)言い方。ここには、研究者のほうが専門的知識を有しているから偉いんだ、という若干の奢りがあるけれど(^^;;

松本先生のご専門の宇宙太陽光発電は、果たしてどんな展開を見せるのだろうか。集中型という意味では、今の発送電システムと同じ考え方で、分散型電源とは違う。また、太陽光という意味では、自然エネルギー、再生可能エネルギーで、夢のある考え方だが、それを宇宙から地上に送るところでは、一般の人たちから多くの反発を食らうだろう。環境影響評価も必要だろう。今回の福島第一の事故を契機に、さて、進展するかな〜?!

  by yoshinoriueda | 2011-05-31 22:37 | エネルギー・環境 | Trackback | Comments(0)

「リスクの社会化」という考え方@「はしごを外せ」(ハジュン・チャン、日本評論社)

先進国が先進国になったのは、「良い政策」と「良い制度」があったからではなく、力をつけるまでは自国の産業を保護してきたことが要因であったにもかかわらず、途上国には、経済を開放しろと要求している。それはまるで、自分達が、はしごの上まで上った後に、そのはしごを蹴落として外してしまうようだ。

a0004752_21222663.jpgこんな主張が書かれた「はしごを外せー蹴落とされる発展途上国」(ハジュン・チャン著、横川信治 監訳、日本評論社)を読んだ。

良い政策とは、いわゆるワシントン・コンセンサスで規定されているもので、抑制的なマクロ経済政策、国際貿易と国際投資の自由化、民営化と規制緩和が含まれているのだとか。また、良い制度とは、民主主義、「良い」官僚制度、司法制度の独立、知的所有権を含む私的所有権の強固な保護、透明で市場中心の企業統治、政治から独立した中央銀行を含む金融機関などをいうのだとか。

どれも、今の日本では、中途半端ではあるけれど、導入されているといえるかもしれない。しかし、本書によると、日本は1858年に強いられた欧米との不平等条約により、5%以上の関税を禁じられていたため、発展初期には貿易保護を利用できなかったのだとか。関税自主権が回復したのは1911年。

この日本の経験は、今の途上国の発展に役立つのではないだろうか。そんな思いに駆られる。

日本のとった道は、国有企業による集中的な産業育成。そして、外国人を雇い、技術を吸収するという能力育成(capacity building)。つぎはぎだらけの法制度、軍、金融、学校など。例えば、刑法はフランス、商法と民法はドイツ、イギリスの要素も少々。陸軍はドイツと多少のフランス、海軍はイギリス。中央銀行はベルギー、銀行制度はアメリカ。大学はアメリカ、その他の学校は、最初はアメリカで、すぐにフランスとドイツ。ま、いいとこどりってわけか。

考えてみれば、日本人は、本当にどん欲にいろいろと取り入れたんだなぁ〜もちろん、あまりにもどん欲に取り入れ過ぎて、列強に対峙するようになり、結果的に悲惨な戦争に突入してしまったのかもしれないが、それにしても、本当にごちゃまぜでもなんとか前に進めてきたんだなぁ、と実感。

ちなみに、この本自体もおもしろいのだが、訳者による解説もまたなかなか面白かった。例えば、次のような一節がある。
産業政策の目的は、産業構造の高度化である。ところがこの高度化のための投資には過大なリスクが伴うので、市場に任せておくと不十分になる。産業政策(及び制度)は、リスクの社会化を実現することによって、産業構造高度化のための投資を促進する。...

合理的個人による「リスクの社会化」によって制度と政策が形成されるのではなく、長期的・歴史的に多様な制度と政策が形成され「リスクの社会化」が可能になる。
「リスクの社会化」という考え方は、今の日本の現状にも当てはめることができる考え方ではないだろうか。

エネルギーを海外に依存する日本においては、原子力というエネルギーに一部頼らざるを得ないところがある。これを使って繁栄を手にしてきたのは、紛れもない事実である。ただ、原子力には、今回の福島第一のようなリスクがある。これを「社会化」することが必要であり、今は、それをどうやって分担したらいいのか、ということを考えるいい機会になっていると思う。

開発経済学や発展途上国への技術移転といった文脈だけでなく、日本という国のあり方を考える上でも役に立つ本だと感じた。

  by yoshinoriueda | 2011-05-30 23:20 | エネルギー・環境 | Trackback | Comments(0)

ひどい結末よりも怖いもの:Matsch's Law

先週、Matsch's Lawというのがあるという話を聞いた。Matsch's Lawとは、
It's Better To Have A Horrible Ending Than To Have Horrors Without End.
というもの。つまり、
終わりがない恐怖よりも、ひどい結末のほうがまし
というわけで、たとえ、どんな結末であっても、それがひどいものであっても、終わりがないよりはましだという話。

福島第一発電所の事故の経過を見ていると、あるいは、現政権の様子を見ていても、まさにこの法則が当てはまる?!

  by yoshinoriueda | 2011-05-29 23:48 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

お知らせ:本間正人さんの「起承転結」講座6/30〜7/1開催〜♪

まこにっきでお馴染みの診断士仲間であるまこさんから本間正人さんの「起承転結」講座開催の案内をいただきました〜♪
2月に満員御礼で大好評だった、本間正人さんの「起承転結」講座が、6/30-7/1に開催されます。

人前で話したり会議を進行したりするときの、参加者の気持ちのつかみ方、巻き込み方、スムーズに演習を行うための指示の仕方や進め方、意見の引き出し方、などなど、本間正人さんの知恵やノウハウを惜しみなく教えていただける、とってもお得な講座です。

研修講師やファシリテーターとしてご活躍の方や、これから目指される方、社内やグループなど、人前で話したり、会議で進行役をされる方などにおすすめです。

日時:6月30日(木)、7月1日(金)9:45~16:45
会場:大阪産業創造館(堺筋本町)
参加費:50,000円(税込)
  ※「平日開催」につき1万円割引になっています。
講師:本間正人さん

概要:
1日目
【起】 つかみ、レクチャー、アイスブレーキング
【承】 順番決め、ペアワーク
2日目
【転】 グループワーク、アウトドア、さんま方式
【結】 ふりかえり、演出の工夫、しめくくり方

詳細やお申し込みは、
らーのろじー株式会社のホームページからお願いします。
 http://www.learnology.co.jp/lecture/kisyotenketsu2/


これまでに受講された方から、研修の評判がよかった、リピート受注が増えたなど、うれしい成果も上がっています。
私も参加してビビッドなレポートをお伝えしたいところですが、残念ながら参加できそうにありません。というわけで、私の代わりに参加されたい方、是非!是非!

参考:[おすすめ]本間正人さんのファシリテーター「起承転結」講座in大阪

  by yoshinoriueda | 2011-05-28 21:13 | 思うに・・・ | Trackback(1) | Comments(0)

Bikini Tapa@渋谷にておひとりさまランチを堪能〜♪

渋谷の駅でランチを食べようと思って、渋谷マークシティの4階をウロウロしていたところ目についたのが、スペイン料理の「Bikini Tapa」。

店内のお客さんは女性ばかり(*^^*)きっと美味しいに違いない!と思いつつ、パスタのパエリアのランチコースを注文。

カウンターには、豚の足!

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RIMG0883 posted by (C)yoshinori

前菜のパテとサラダ。パテは、濃厚な味でありながら、たっぷりとパンの上に塗られていて、ボリュームがある。パンはバリバリだったが、これが逆に食べやすく、パテと馴染んで美味しさを堪能できる。思わず、「赤ワイン!」と注文しそうになった(^^;

サラダも野菜がきれいで、味もいい。

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RIMG0884 posted by (C)yoshinori

そうこうしているうちに、パスタのパエリアが登場〜♪

上のほうのパスタはぱりぱりに焼けているのだが、下のほうはしっとりとしていて、ソースと絡めて食べるととても美味しい。パスタは、短いが細めで、ソースにしっかりと絡まっていた。量は多くないが、満足できる味だった。

食べながらふと思ったのは、やはり女性がたくさん入っている店は美味しいんだなぁ〜ということ。そして、女性が食べることを想定した量になっているんだろうなぁということ。ただ、こういった量で食事をしていると、太らなくてもいいかも(^^;

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RIMG0885 posted by (C)yoshinori

ジャガイモのスープも何気なく美味しい〜

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RIMG0886 posted by (C)yoshinori

渋谷の駅のビルでスペインのバールを思い出すことができるなんて、ちょっと贅沢かも。充実したひとときだった〜♪

Bikini TAPA スペイン料理 / 神泉駅渋谷駅

昼総合点★★★★ 4.0


  by yoshinoriueda | 2011-05-27 23:59 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

「危機の経営」(畑村洋太郎+吉川良三)読了〜

a0004752_2064356.jpg東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会委員長になるという畑村洋太郎氏の共著「危機の経営」(畑村洋太郎+吉川良三)読了。畑村氏については、「失敗学」で有名であり、その考え方は、昔よく学んだが、今回の共著は日立でCADシステムの開発に携わり、その後、サムスン電子で開発関係の仕事をしてきた吉川氏とともに書かれたものであり、副題は、「サムスンを世界一企業に変えた3つのイノベーション」となっている。

先日、韓国のビジネスマンと会食していて、韓国のビジネスモデルについて議論したのだが、韓国勢は、「お客さまのニーズに合わせた製品を作るのが得意」であり、これは厳しい競争社会によって鍛えられているという推察がある反面、新しいものを生み出したりすることは苦手で、ノーベル賞はまだとっていないという事実があるという。

この著書の中でも次のように書かれている。
じつはサムスンには、独自の技術を使った製品がありません。それでいて日本の企業に勝る大きな飛躍ができたのは、「社会が求めていることを実現するための手段としての技術」が日本よりも優れていたからにほかなりません。
そして、吉川氏曰く、サムスンとして欲しかったのは、ライバルの「戦略」に関する情報だったとのこと。次は相手はどう出るか、それを先回りして市場をおさえようということだったのだろう。

ただ、ものをつくるという技術がなければ、たとえ相手の戦略が分かったところで勝てない。そこでサムスンが注目したのは、吉川氏が得意とするCADだった。
アナログ時代のものづくりでは、具体的になったアイデアは必ず設計者によって図面化されました。・・・この時代はまさしく日本の独壇場でした。昔の図面は、立体形状をしているものでもすべて紙の上の二次元の世界に表現していました。これを見ながら立体を思い浮かべるには、図面を正確に読む図学の知識が必要でした。図学は日本では学校で当たり前のこととして教えていましたが、海外はそうではなかったので、だからこの時代は日本がものづくりで世界を圧倒することができたわけです。

ところが、三次元CADの登場に酔って、状況は大きく変わりました。ものづくりに図学の知識が必要なくなったのです。設計情報を立体の形状のまま現場に示すことが可能になると、見る側に図学の知識がなくても、そのまま設計者の意図は伝わります。・・・これがものづくりで先行していた日本と後発国との差を一気に縮める大きな要因となりました。
確かに。高校の授業で図学があって、椅子を作ったという記憶がある。(ちなみに、その椅子は、今でも現役で使われている!)あの図学が、知識移転のツールとして使われていたということか、と思うと感慨深い。

ちなみに、後半では、このようなものづくりのツールがそろってくることで、「串焼き」のように商品企画からデザイン、機能設計、構造設計、生産準備が進められていた「アナログものづくり」が、「刺身」(切り身)のように並行して行われるという「デジタルものづくり」になったという説明がなされている。

知識や技術が、時間や空間を超えて伝わっていくためには、何らかの素養がいるし、伝えるためのツールもいる。デジタル技術が発達した今日、革新を遂げてきたツールが果たす役割は無視できない。むしろ、それをいかに使うかということが重要なのかもしれない。

日本は、何をこの国に残し、何を他の国や地域でやるのか。大地震と大津波と原子力事故に見舞われた日本。まさに、選択と集中がさらに強く問われるようになっているような気がしてならない今日この頃である。

  by yoshinoriueda | 2011-05-26 23:59 | エネルギー・環境 | Trackback | Comments(1)

「紀楽」にて佐賀牛を堪能〜♪

京阪&地下鉄の天満橋とJR東西線の大阪天満宮駅の間あたりに位置する「紀楽」にて宴席。

といっても、人数の関係で、別館(「炙りの紀楽」)のほうに回ることになり、こちらはカウンター8席程度しかなく、詰めて座って貸し切り状態(^^;まずは乾杯、ということで。

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RIMG0863 posted by (C)yoshinori

肉は、タンから。見た目にもきれいだが、味もいい。

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RIMG0865 posted by (C)yoshinori

そして、絶品の焼きしゃぶ用のお肉と、サーロインと野菜。

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RIMG0866 posted by (C)yoshinori

炭火にかざしながら、片面を炙って、くるくるっと巻いて引き上げて食べる。まさに、絶品。油が炭に落ちると、炎が出てしまうし、旨みもなくなるので、上手に巻かないといけない(^^;

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RIMG0870 posted by (C)yoshinori

どの肉も全てとろける美味しさ。自分で炙りができるというところが抜群にいい!

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〆は、野菜たっぷりのスープ。ジャガイモがとても美味しい。

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RIMG0872 posted by (C)yoshinori

幸せなひとときを過ごすことができた。

紀楽 焼肉 / 大阪天満宮駅天満橋駅南森町駅

夜総合点★★★★ 4.5

炙りの紀楽 焼肉 / 大阪天満宮駅南森町駅天満橋駅

夜総合点★★★★ 4.5


  by yoshinoriueda | 2011-05-25 23:59 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

「はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH」が映画館で見られるなんて〜!

昨年夏、大阪市立科学館のプラネタリウムで子供たちと一緒に見た全天周映像「はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH」が、平面版にリメイクされて映画館で上映されているとのこと。(参考:上映劇場一覧

『はやぶさ』10日間で5万人動員突破!500円均一が功を奏す!?」という記事によると、
 (5月?)14日に全国公開された映画『はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH』が、10日間で観客動員数5万人を突破したことがわかった。本作は「今こそ!!“日本応援”スペシャル・プライス」と掲げて入場料金を均一500円としており、日本を元気にしたいという気持ちと共に、劇場に気軽に足を運ぶきっかけになっているかもしれない。(数字は配給調べ、5月23日現在)

 『はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH』は、2003年5月に宇宙へと旅に出た小惑星探査機はやぶさが成し遂げた偉業をフルCGで描くドキュメンタリー作品。プラネタリウムで上映するために制作された『HAYABUSA BACK TO THE EARTH 帰還バージョン』を平面版デジタルシネマとして再構成した映画だ。そんな本作は5月14日より全国66館規模で公開され、10日間で観客動員5万2,454人、興行収入26,25万1,700円を記録。完全な新作映画ではなく、ドキュメンタリーという一般受けがやや厳しいジャンルにもかかわらず、週末の動員ランキングではトップ10に入るなど、好評を得ている。

 また「今こそ!!“日本応援”スペシャル・プライス」の入場料金均一500円(一般・大高生・シニア・こども)が功を奏しているといえるかもしれない。上映時間も46分と通常の劇場作品より短く、価格&時間共に気軽さが感じられる。ワーナー・マイカルシネマズではこの好稼動により急きょ上映の延長が決まり、親子で楽しめる作品としてしばらく話題を集めそうだ。
被災地では無償上演もなされているとか。この映画は、本当に感動するので、きっと被災地の人たちを勇気づけることになるだろう。

奇しくも、会社帰りに読んでいた「公研」の5月号では、「『はやぶさ』の軌跡と日本の独創力」と題した川口淳一郎氏の講演の様子が収録されていて、それを読んだところで、先ほどの記事をネットで見つけたという次第。

ちなみに、川口氏の講演を読みながら、どうして自分は、宇宙開発の夢を諦めたんだろうと考えていた。小学校の頃から天体観測に興じ、それが嵩じて、大学時代は、人工衛星のデータ解析をやっていたのだが、おそらく、何年もかかる地道な努力に魅力を感じることができなかったからかもしれない。

今夜の神戸の空は曇っていて星が見えない。でも、その雲の上には、星が輝いているんだろうなぁ...と夜空に想いを馳せつつ、今宵、眠るとしよう...zzZ


  by yoshinoriueda | 2011-05-24 22:51 | テクノロジー・環境・ガジェット | Trackback(1) | Comments(0)

原子力業界と民主党に共通する「オープンさ」のなさ

第22講:原発過酷事故、その「失敗の本質」を問う」という記事に次のような一節がある。
原発をめぐる組織間関係は、シンジケートのような利権構造であり、内向きで閉鎖的な人的ネットワークである。そしてセクター横断的な構造に、その特性が沁みこんでいる。つまり、政府、原発産業、大学、官僚組織、報道機関、略して、政・産・学・官・報の5セクターがからみあった鵺のような暗黙的勢力(政・産・学・官・報共同体)が、閉鎖的な人間関係を作り上げてきている。
原子力業界がオープンに議論できないのは、一般的にリテラシーが低い人が多く、感情論が先行してしまって、冷静な議論ができないことが多いから、余計に閉鎖的になっていくという負の連鎖をたどっているような気がする。

今回の福島第一発電所での事故の対応では、東京電力の対応はなんだかんだとたたかれてはいるけれど、徐々に情報がオープンになってきているようにも思えるし、お笑い芸人でさえ原子力を語ることができるくらいリテラシーを上げてきているような気もするという点で、大きく変わっていくきっかけになるかもしれないと感じる。

先の記事の中では、次のような件がある。
日本人は絶対的な規範、規準を持たない。すなわち空気こそが支配原理である。
それで物事をなんとか前に進めてきたのは事実であるが、それは世界的には標準的な考え方ではないのだろう。温暖化交渉において、米国や日本が、operationalなことを進めていこうとするのも、まさにこの進め方である。追加性や環境十全性などの原理原則から考えたり説明したりするのではなく、プロジェクトをやりながら、削減を進めていくってことでいいんぢゃない?というのが、まさに二国間メカニズム制度の背景にある。

実際、原理原則から考え始めると、神は一人なのか八百人いるのか、といったことでいまだに揉めているのと同じように、いつまでたっても解決しないし、何も進まない。何かを前に進めて行くには、結局、何かをやっていくしかない。温暖化交渉は、まさにそんな状態になっている。しかし、それに気づいているのは、日本と、そしてアメリカくらいだろうか...

国内の政治状況に目をむければ、惨憺たる状況に目を覆いたくなる。政治とは、論理で処理できない問題をいかに処理していくかというところにその機能がある。民主党は、野党時代は、原理原則を振りかざして、こうあるべきだと叫んでいればよかったが、与党になって、物事を前に進めていく際には、そんな原理原則だけでは動かないということにようやく気づいたかのように見える。

だから軸がぶれる。やっぱり、心情的なことも考えないと、なかなか動かないよなぁ〜、とか、そんなことに今更ながらに気づいて、右往左往している。まあ、言った言わんで揉めるくらい低レベルな争いを繰り広げているのだから、そんな高度(?)なことなど分かるはずがないというものだろう。

そんな民主党の状況は、先の原子力業界と共通する部分がある。「オープンさ」のなさである。

草の根活動からスタートした政治家は、権力を持っても民主的なオープンな議論をやってくれるのではないかと一部の人は期待したかもしれないが、果たして、今の民主党はどうだろうか?オープンな議論も全くなく、例えば「浜岡原子力発電所、止めるべし」みたいなことが平気で命令される。

命令ではないというかもしれないが、経済産業省が文書を出しているということで、明らかに行政指導という「命令」だろう。だからこそ、中部電力も、株主に説明できるということなのかもしれないが、いずれにしても、経団連の米倉会長が言ったように「ブラックボックス」のようである。

自民党がいいとは言わないが(汗)、民主党を選んだ愚かな人たちは、自民党に対して原理原則で立ち向かう民主党なら、何かをやってくれるのではないかという気持ちで投票したのかもしれないが、それこそ甘い判断だ。

こんな三流の政治、というか、政治とも呼べないような状況になっている日本が、なぜうまく機能しているのか。それは一部の国民がしっかりと支えているからだろう。そんな人たちが企業で働き、学校で教え、人を助け、社会を動かしているのだろう。

いつまで国民は民主党、そして現在の民主党執行部を信じるのか?早く選挙をして、国民に審を問うてほしいものだ。

  by yoshinoriueda | 2011-05-23 21:54 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

「知り過ぎない」ことって目線が高すぎる大企業にも効く?!(「イシューからはじめよ」(安宅和人))

a0004752_16264010.jpgイシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」」(安宅和人)にイシューを特定するための情報収集に関するヒントが書かれていたが、その中で、「集め過ぎない」「知り過ぎない」というものがあった。

「知り過ぎ」は、「集め過ぎ」よりも深刻だ。「集め過ぎ」であれば、追加的に集めた情報による効果が逓減する程度で済むが、「知り過ぎ」てしまうと、新しい知恵や自分ならではの視点を生み出すことが極めて難しくなるからだ。

この「知り過ぎ」病に罹ってしまうと、ちょっと触りの部分を聞いただけで、「あー、それね。それは、ああなっていて、こうなって、結局○○なんだよね〜」という症状がみられるようになる。大企業にはありがちで、目線が高くなればなるほど、「(私は物事を)知っているんだ」という自負から、答えをつくっていくようになる。

そして、「答えありき」で考えてしまうようになる。といったことは「イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」」には書かれていないが(^^;、まあ、そういうことだろう。

ちなみに、「イシュー」からはじめるということは、中小企業では役に立たないのかっていうとそうでもないし、目線が低い大企業では役に立たないのかっていうとこれまたそうでもない。企業だけでなく、NGOやNPOでも役に立つ。多くの人がこの手法を理解し、実践することで、知的生産性を向上させることができるのではないだろうか。

参考:
新刊JPトップ > 特集 > 安宅 和人『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」』
新刊JPトップ > 特集 > 安宅 和人『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」』 > インタビュー
一部立ち読み(「犬の道」など)(pdf)

  by yoshinoriueda | 2011-05-22 17:28 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

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