経済というマクロをみる視点と法というミクロをつくる視点

シリコンバレーのプレイヤーの一つとなる起業家は、十分なインセンティブを与えられ、デジタル化という波に乗りながら、スペシャリティーを最大限に発揮することを求められている。それは、経済学的な視点からみれば、個々の活動が「モジュール化」されていて、そこから、自己組織化などが起こってくるということを示唆しているようであるが、一方、彼らを縛るルールは、legalな点である。どうやって会社をつくるか、どうやって権利を確保するか、どうやって税金を納めるか、そういったことは、全てlegalなところに関係してくる。

以前、こんな発言を聞いたことがあったのだが、まさにそのとおりだと思った。
Think "Legal? Or illegal?" Doesn't matter "Moral? Or Immoral?"

経済という視点からみれば、さまざまな経済活動は、結局はマクロ的でしかない。しかし、法という視点からみれば、さまざまな経済活動のルールがそれで決められ、ミクロの活動をつくっている。どちらが先であるか。これはニワトリが先かタマゴが先かという問題と同じだが、例えば、LLC(Limited Liability Company)の制度など、シリコンバレーでは、これらのどちらもがうまく組み入れられ、機能しているんだと感じる。

<参考資料>

「モジュール化」(青木昌彦、安藤晴彦)東洋経済新報社

「人的資産を活用する新しい組織形態に関する提案-日本版LLC制度の創設に向けて-」(平成15年11月経済産業省産業組織課)

  # by yoshinoriueda | 2004-09-26 14:47 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

他人と違うことが大切。でも子供に対する躾は厳しい。「自由」の意味とは?

他人と違うことが大切である。日本では、なかなか教えてもらえない。他人と同じようにしなければ、仲間はずれにされたり、ヘンな奴だと見られたりしてしまう。でも、人間、ひとりひとり、違うはずだ。もちろん、足し算や引き算、文字の読み書きができなければ、多くの人とコミュニケーションをとるときに支障をきたすから、基礎は同じで必須だ。だけど、それをどう考えるか、それに対してどう思うかは、人それぞれである。

パロアルトの公立小学校では、そんなことをフツウに教えている。基礎はともかく、人の真似をすることは、最低とみなされがち。逆に、同じではいけないんだということを教えられる。あなたはどう思うのか?ということが大切。

このような教育とは別に、子供に対するしつけは厳しい。レストランで子供が騒いでいると、親は、外に連れ出して叱る。スーパーで、子供がダダをこねていても、ビシっと叱る。だから、子供がはしゃぐのは、公園など限られたところだけ。日本ではどうだろう。ビシっとしかる親はどれだけいるだろう。高校生でも、親は怖い存在となっていることがある。特に教育熱心な親ならなおさらである。子供が守らなければならない規律は、ここパロアルトでは、日本以上に厳しい。日本の子供をみると、奔放ではあるが、躾がなされていないということに気づく。

私が通った中学・高校は、比較的自由な校風で、高校の校則もゲタを履いてはいけないといったことぐらいでそれ以外は結構自由だったし、学校行事も、自分たちで作り上げていくことがフツウだった。中間や期末試験では、試験監督の教官は、教室を離れてしまうこともあったりするので有名だった。しかし、そこで、「自由」の意味をいろいろ考えさせられたような気がする。もちろん、周りの友達が教えてくれたこともある。責任が伴うということも身に沁みた。誰に対する責任であるかというと、自分自身に対する責任であるということが多かった。

自由というのは、全くなんの制約もなく、何をしてもいいということではない。自由というのは、自分がなすべきことを選ぶことができるということであり、それを通じて、自分が生きる社会に対する責任を果たすということなんだと思う。それが唯一の答えではないかもしれないが、そのような価値観を伝えて行きたいと思う。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-26 14:23 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

「企業支援銀行(コンサルティングバンク)」(長野慶太)

「企業支援銀行(コンサルティングバンク)」(長野慶太、きんざい)は、久しぶりに一気に読みきった小説だった。各シーン(各章)の展開の合間に解説が入っているが、ビジネスの実務に携わっていると、容易にそれぞれのシーンや合間のシーンが想像でき、解説などをもとに頭の中を整理することができた。著者の長野氏は、ネバダ州でコンサルティングをされているようだが、実務経験に基づく話がほとんどのようで、迫力を読み取ることができる。以下、面白かった・気になったいくつかの表現をメモしておく。

*****

■「人間は、目で既成のものを見ながら、そこにオリジナルなものを加えていくのはとてもむずかしいということなんです。・・・」

■「口頭表現の達者な人が文章表現も達者かどうかはまったく別の次元の問題だ・・・」

■つまり、マーケティングとは選択なのだ。

■(金融機関は)過去がみられなければ未来を予測などできないというのが基本スタンス・・・過去のデータをさかさまに振ってみたところで、・・・ニーズをコンピューターは叩き出してはこない・・・

*****

プロジェクトには始まりと終わりがある。この物語も、プロジェクトが一区切りしたところで終わる。メインキャラクターの藤間が上司の石原と飲んでいるバーで目を潤わせる。プロジェクトの完了時には、爽やかな達成感と、ちょっとした寂しさがつきまとう。一気に読んだ上に、最後にホロっときた物語だった。

2004年に出版されているが、2002年のデータを用いて執筆されている部分もあり、解説部分の情報は少し古いものもあるが、もし、ビジネスを本気で考えたいなら、一度は読んでみてほしい一冊である。そして、もし自分に部下がいるならば、一度は読んでもらいたい一冊でもある。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-25 13:55 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

適切なアドバイスをするためには、その人のことがよく分かっていなければならない

人にアドバイスを求められることは誰でも経験することだろう。アドバイスをするのは簡単かもしれない。しかし、適切なアドバイスをするのは難しい。相手のことがよく分かっていなければ、自分の言っていることが的外れになることもある。実社会では、答えが一つとは限らないので、状況に応じたアドバイスが必要となる。もちろん、アドバイスを受けるほうも、それを分かった上で聞かないと、後で「あの時、あの人がああいったから」と自分のことなのに無責任にも他人のせいにしてしまうことになりかねない。

「私はこう思う」ということはいくらでも言える。しかし、こうしたほうがいいよということは一概には言えない。だから、相手が自分の状況を十分説明してくれるか、あるいは、相手のことをよく知っている状況でない限り、こうしたほうがいいということはいえない。相手の状況を想定して薦めるだけでは、無責任だと思えるのだ。

大学発ベンチャー、大企業における新規事業のあり方、ベンチャーキャピタルの背景にある考え方、なぜシリコンバレーにいるのか、シリコンバレーのどんなところがいいのか、いろいろ相談されたり、意見を聞かれることはありがたいが、いいっ放しの無責任にならないよう、これからも、相手のことをしっかりと見つめて、相手のことをしっかりと知って発言するようにしたい。(自戒をこめて...)

  # by yoshinoriueda | 2004-09-25 13:35 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(0)

Deep Smart(暗黙知)を伝える秘訣

9月も下旬に入って、ようやくHarvard Business ReviewのSeptember2004号をめくることができた。そのなかの記事で「Deep Smarts」というのが面白かった。暗黙知と同じような意味なのかもしれないが、それを伝えるために、Guidede Practice, Guided Observation, Guided Ploblem Solving, Guided Experimentationという方法が挙げられていた。

こんな当たり前のことがなぜいまさらながらに取り上げられているかと考えてみると、日本人にとっては、特に、現場でOJTを中心に学ぶという企業文化が一般的なら、learn-by-doingは馴染み深いものがあるが、欧米の人にとってはそうではないのかもしれないということが思い浮かぶ。

先輩が後輩を導きながら、後輩は仕事を覚えていく。ノウハウが伝わるし、仕事に取り組む中で、新しい発想も生まれてくる。

"people learn only by doing"

当たり前だけど、忘れてはならないことなのだと再認識した。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-25 13:27 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

Sony v.s. Immersion:特許をめぐる問題

SonyImmersionの特許をめぐる問題で、Sonyは$82M(約90億円)の支払いを命じられたと、2004年9月22日付けのSan Jose Mercuryは報じている。Immersionは、1993年にシリコンバレーにあるSan Joseに設立された会社で、1999年にIPOしている。"haptics(the science of touch)"に関連した技術にフォーカスしており、Microsoftも以前争って、$19.9Mを支払わされている。Immersionは、Sonyとの特許抗争ですでに$16Mのlegal costを使っているという。特許の問題は難しく、高額である。それを思い知らされる一件である。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-24 01:30 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

戦略が先か、組織が先か

「戦略を設定してから組織をつくるという贅沢ができるのは、新しいベンチャーぐらいである。」(「戦略経営論」(サロナー、シェパード、ボドルニー:東洋経済))

組織は戦略に従うのか?ある意味正しい。しかし、ゼロベースで戦略に合わせて組織をつくることは、既存の組織がある場合、トップが関与するプロジェクトなど、特別な例に限られる。ただし、ベンチャービジネスでは別である。戦略が大切で、それを実現して、ビジネス自体の価値を最大化するために、適切な人を配置する。

もちろん、戦略が先なのだろうけれど、既存組織がある場合は、その組織が自分自身の存続をかけた戦略を立ててしまうことがある。まさに既存組織のもつ業(ごう)のようなものである。しかし、戦略は組織によって曲げられるべきではない。もしそれが現実なら、その組織が生き残る確率は低い。それでも現実は、そう簡単ではない。上記の一文は、それを的確に表している。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-23 07:12 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

起業家の先を行くアルファ・ギークという存在

日経BYTEの2004年8月号の石黒不二代さんのコラムの中で「女性Geeks」という言葉を見つけ、確かに、女性で「Geek」と呼ばれるような人にはあまり出会ったことがないと感じていたところ、梅田望夫さんのブログで、「アルファ・ギーク」なる言葉に出会った。最先端を行くエンジニアの中でも、技術の特性と動向を踏まえて、行くべき方向を示す人といった感じだろうか。

ここシリコンバレーでは、そんな人に出会うことができる。実際、アルファ・ギークだといえそうな人に会うと、本当にこちらまでワクワクしてくる。そんな刺激がある限り、新しいアイデアは、ここシリコンバレーから湧き出してくるのだろう。

日本では、どうだろうか?新しいアイデアや行くべき方向を示しているかもしれない人をどう扱っているだろうか?古い世代は、もう「刷り込み」がなされていて、社会を変えることができないのかもしれない。そして、自分を変えることもできないのかもしれない。「新人類」と呼ばれた世代も、いまや40代になり、Y世代と呼ばれる20代の人たちからみるともはや「旧人類」になっている。

アルファ・ギークと言えるような人に出会って刺激を得ること。これがシリコンバレーの存在価値の一つであるといえるだろう。

参考:アルク英辞郎による"geek"の意味

  # by yoshinoriueda | 2004-09-23 04:39 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

信頼が支えるイノベーション・モデル

科学技術がイノベーションの芽になる可能性は存在するが、それが全てではない。従来の経営活動では、研究をして、開発をして、設計に落とし込んで、製造して、販売するという「リニア」なモデルが想定されていた。しかし、シリコンバレーで、今、そんな方法を真正面から取り組んでいる企業にはなかなかお目にかかれない。なぜならば、そんな企業の自己満足にだまされるほど、市場はもはや弱くないからである。

Tivoというテレビ番組録画サービスを提供する会社を訪問したときに聞いた話では、「シリコンバレーを出て、フツーの人に話を聞きに行け」と社員に促しているとのことであり、そんな会社は、道を誤ることなく、今のところ順調に業績を伸ばしているようである。

ベンチャー企業が、新しい技術を開発して、買ってくれるような大企業に見せにいって、話を聞くというようなことも同じ作業である。そこで、「そんなものいらないよ」と言われるか、「それなら、こんな使い方があるよ」と言ってもらえるか、あるいは、「それならうちでやってるよ」といわれるか、それは分からないが、自分の進んでいこうと思う方向に行ってもいいという確信を得たり、軌道修正をしたりすることができる。

もちろん、そんな好意的に話が進むことばかりではないが、紹介してくれる人の筋がよければ、ないがしろにされることはない。人間、自分が一番自分のことを知っているようで、実は、自分が一番知らないというようなことがある。そんなとき、親身になって「こうだよ」と言ってくれる人がいることはありがたいものである。

さて、このような行動で見ることができるのは、市場に聞き、市場の声をもとに仮説を修正するという行動である。それによって、あらたな市場を発見したり、お客さまとなるような人・企業とともに新たな市場を作り出していくといったことが起こる。サンプルを試してもらうということは、市場で実験することであり、反応をみて本当のニーズを探したり、軌道修正したりすることにつなげることができるだろう。これがイノベーションが発生する本来のモデルであるような気がする。

もちろん、もう一歩進んで、将来のユーザーと一緒に共同開発するということにもつながっていくかもしれない。こんな親衛隊を持つことは、企業にとって貴重な「資産」となる。このような取り組みをする企業は、もはや、単なるメーカーと呼ぶことはできない。コンセプト・クリエーターというのだろうか、あるいは、コーディネーターといえばいいのだろうか。「ブランド」という呼び方を使う場合もあるかもしれない。いずれにせよ、互いの信頼を基にして、より良いものを作っていくこと、あるいはそれによってよりよい生活を達成していくことが大切である。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-21 14:44 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(1) | Comments(0)

ベンチャーキャピタルのアソシエイトの仕事とは...

「ベンチャーキャピタル・サイクル」(ゴンパース他、シュプリンガー・フェアラーク東京)に、ベンチャーキャピタルのアソシエイトの仕事についての記載があった。


「ベンチャーキャピタルのアソシエイトの生活はままごと遊びのよううなものだ。彼らは実際の投資決定はまったくしないので(中略)チャンスが来たとしても、自分がベンチャーキャピタリストとして成功するかどうかも判断できない」

傍からみれば、そうかもしれない。しかし、実際は、プレッシャーの連続である。ジェネラルパートナーは、既にある程度の地位を確保しているのに引き換え、アソシエイトは、今後どうなるか、ジョブ・セキュリティーがないに等しい。だからこそ、なんとかしなければ、とがんばっているに違いない。経験がそう思わせる。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-20 13:11 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

「コミュニティ・オブ・プラクティス」

コミュニティ・オブ・プラクティスとは、あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団だという。(「コミュニティ・オブ・プラクティス」(翔泳社))


これは、学校のクラブの中で展開されるような活動ではないだろうか?柔道部なら、体の小さい人間が集まって、どうしたら背負い投げや巴投げをかけることができるかを考えるかもしれない。スキー部なら、夏にもインラインスケートを利用して、スキーの上達を目指して、技能を高めようとするかもしれない。

企業の中で、このような活動がなされにくいのはなぜだろうか?もし、クラブのように、自分の意思で参加して、自分やチームを高めようという意欲があるならば、このような活動はなされつづけるのかもしれない。しかし、実際は、所属しているチームに対する愛情がインセンティブになるのではなく、経済的理由がインセンティブとなって働いているのかもしれない。あるいは、会社員というのは、退出(転職)の自由が奪われているということによって、働き続けているのかもしれない。

実践するコミュニティを作ることは、それほど難しくはない。だが、続けていくことは難しい。そのコミュニティにエネルギーを注ぎ続けなければならないからである。エネルギーは、無限ではない。常に有限である。だから、「配分」することが必要で、配分される量・質が低下することにより、コミュニティは衰退する。

身の回りを見渡すと、コミュニティの芽はいたるところにあるだろう。それを実践し続けていくことができるかどうか。この本は、それを本質的に問うているような気がした。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-20 12:51 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

Social Network サイトの行方

夏のシリコンバレーには珍しく、朝から雨が降っていた。届けられた地元紙San Jose Mercuryのビジネス欄のトップ記事のタイトルは、"Social Networks seek financial friends"

Social Networkは、日本で言えば、いわば出会い系サイトといったところだろうか。ここシリコンバレーでは、単なる恋愛系のサイトとしてでなく、ネットへの親和度が高い人たちが群がっている。そして、いかにそれで金を儲けるかといったことに腐心している。

記事で、major playerとして、以下のようなサイトが挙げられていた。これらの企業は、San Francisco, Mountain View, Sunnyvaleといったシリコンバレー周辺に本拠地をおいている。

Friendster
 シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタルKPCBが$13Mを投資。
 ネットワークに参加するには、誰かに誘ってもらうことが必要。

Tickle
 MonsterというJobサーチに買収された。

Linkedin
 シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタルSequoiaが$4.7Mを投資。

Tribe Networks
 Washington Postも投資家として名を連ねる。

Orkut
 Googleによるサポート。
 ネットワークに参加するには、誰かに誘ってもらうことが必要。

職や不動産などによる広告収入があるか、Googleのような大きなバックがついているか、といったところがこれらの企業の活動を支える収益源だが、確かに大きな違いは見出せない。そのなかで、orkutは現在はGoogleがサポートしていることもあり、人を探すサーチエンジンといった雰囲気もあり、中立を保っているような気がする。

私自身がorkutに参加しているのは、誘ってくれた友達がいたからであるが、その後も使い続けているのは、このような中立的な雰囲気がするからである。

一ユーザーとしては、social network siteは中立を保ち、ポータルサイトやサーチエンジンのように一種のutilityになって欲しいと願う。記事のなかで、それを予見するかのようなTickleのfounder兼CEOのJames Currierの言葉が紹介されていた。"Social networking may end up being a utility."

日本でも、流行しているという話を聞くが、読者の方々のご意見はいかに?!

  # by yoshinoriueda | 2004-09-20 02:02 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

シリコンバレーでの雇用の予測

The Silicon Valley Manufacturing Groupによると、2005年の雇用は、3万人増加するだろうとのことである(San Jose Mercury 2004.9.17)。ラジオでもこの報道がなされていたが、これは、good newsであり、その一方でbad newsとして、2000年のころの全盛期のレベルに戻るには、2010年まで待たなければならないとの見通しを挙げていた。

漠然と、シリコンバレーの状況が上向いているような気がしていたが、それを裏付ける資料が出てきたといったところだろうか。今後の活気に期待したい。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-18 16:21 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

unprovenで行こう!

Macのエバンジェリストで有名なGarage Techonologyの創設者兼CEOのGuy Kawasakiさんとお話しする機会があった。エバンジェリストとは、それが世界をいい場所に変えるんだと信じて唱導する人だけれど、その人が手に取った瞬間に黄金に輝くのではなく、もともと黄金に輝いているものを手にしているのだといっていた。

一番印象に残っていた言葉は、"Forget the proven team."  Kawasaki氏は、「unprovenなほうがいい」と言う。unprovenなほうが、「安い」というだけでなく、unprovenな人は、恐れを知らず向かっていけるという「力」みたいなものがあるからだそうである。

手堅くいこうと思っても、決して思い通りには行かない。だから、どんどん挑戦すればいいのだが、なかなかそうはいかない。ついつい「先」を見てしまうからである。

そんな話を聞いていると、昔、スキーで斜面に出る前に、「とりあえず、イっとく~」といって、その後、勢いよく飛び出して行ったころを思い出した。

自分自身、こんなところで守りに入っていないか?

改めて自問させられた言葉をもらったような気がする。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-14 14:26 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

実務経験があってこそ活きる技術経営講座

今日、シリコンバレーを訪れた日本メーカの方とお話する機会があった。

技術が複雑化し、また、顧客からの要求も高度になってきているために、メーカといえども、技術一辺倒では、もはや競争に打ち勝てないそうである。

そこで、その会社では、実務経験のある課長クラスの技術者に経営を学ばせる、今流行の技術経営への取り組みを10年ほど前から実施してきたところ、最近、成果が上がってきているように感じられるとのことであった。

きっと、大学卒、大学院卒の段階で経営学を学んでも、あまり効果はないのだろう。ある程度の実務経験があると、複合的にものごとを考えることができ、効果が目に見えてくるのかもしれない。

技術者は、実務に従事したら、数年は技術の道にどっぷりつかることが大切なのかもしれない。その上で、経営とはどんなものかを学ぶことで、技術者はその価値を増すことができるのは事実であろう。ここでポイントとなるのは、技術の道にいるときは、決して中途半端に終わってはいけないということではないだろうか。技術経営講座とは、実務経験があってこそ活きるものなのだろう。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-14 14:11 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

祝:HW101北行きHolly Street出口手前の道路工事完了

数日前、ハイウエイ101のHolly Street出口手前の道路工事が完成したようで、5車線になった。昨年の夏は、まだ工事中だったので、完成までには長い年月がかかっていたのだと思われる。普段、通勤で利用している出口であるだけに、快適さは倍増した。路面はきれいし、出口専用レーンが設けられている。

Oracleの社員で交通渋滞していたことから、Oracle村がある付近の道路整備にはOracleも経済的に支援しているという話を聞いたことがあるが、Redwood ShoresというRedwood Cityの一地域は、まさに、企業の発展とともに、地域が整備されていくのを目の当たりにすることができる地域である。

 プチ・おすすめ Redwood Shoresのレストラン:Mistral

  # by yoshinoriueda | 2004-09-11 03:55 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

全てが、「変化」への準備になる

「変化に対応できないことが最大のリスクである」ということは、いまや自分の中でも当たり前のことのようであるが、身に沁みて実感している人が言うと、重みが増すものである。

変化に対応していくためには、実力と実績、そしてそれらを表現する力が必要である。実力をつけるためにも、実績を残すためにも、経験は必要であるが、経験だけでは大きな価値を生み出すことにはならない。経験の中で、何を考え、何を学び、誰と出会い、どんな信頼を勝ち得てきたか、これが大切である。

全てが次への準備である。スキーでたとえるなら、ターンの中の各時点が、次の動作の準備になっているということである。常に備え続けて、時を捉えて行動に移すことができるしなやかさをもつこと。これが変化に対応するために一番必要なことではないだろうか。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-10 15:19 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

遺伝子を調べることによって起業家の資質が分かるか?!

2004年9月3日付け日経産業新聞の先端技術面に面白い話が載っていた。新規探索性遺伝子というものがあるらしく、この働きが強いと、好奇心や探究心が旺盛で、新しいものに挑戦的なうえ、タフであるらしい。記事では、この遺伝子以外に「環境」が大切だと述べられていた。

ということは、近い将来、遺伝子を調べることによって、この働きが強い人を選び、シリコンバレーのような起業家精神溢れる環境におくことによって、起業家を輩出することができるようになるかもしれない?!...ということになるのだろうか。まさかネ...

  # by yoshinoriueda | 2004-09-09 10:53 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(2)

学歴と起業の関係、起業家教育の意味

2004年9月7日付けのThe Wall Street Journalに、学歴と起業の関係に関する記事が掲載されていた。調査によれば、高等教育を受けずに起業に至った人たちは、necessity-based entrepreneurshipであり、高等教育を受けている人たちは、opportunity-based entrepreneurial activitiesを行なう傾向があるとのことである。

起業家のうち、17.8%は専門学校や技術系の学校、あるいはビジネススクールを卒業しているが、その一方で、高校を卒業しただけの人も10.4%、高校を中退した人が12.0%、大学を中退した人が13.7%いるとのことである。

米国では、起業家教育が盛んだと言われているが、実際、Palo AltoのトップスクールであるGunn High Schoolではそんな教育はなされていないし、さらに若い年代層についても同様である。そんな中で気づきつつあった「personal financeを教育しなければならないような人たちは、necessity-basedなのではないか」という私の仮説を裏付けるデータに出会えたような気がする。

日本では、起業家教育を総合学習の時間に導入しようとしているが、これは、生徒のやる気を促したりするために用いられることが多く、まだnecessary-basedな起業家のためのものではなく、精神論に終わっているだろう。平和なことではあるが、今後のことを考えると、ビジネスの雰囲気を知ることもさることながら、小さなビジネスをやってみることによって、基礎・基本の大切さを見直す機会にするべきではないだろうか。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-09 09:59 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

感動のある高等教育@スタンフォード大学

2004年9月6日付の日本経済新聞に早稲田大学のカワン・スタント教授のコメントが掲載されていたが、スタント氏は、「感動が生まれることにより、いっそう、前に進みたくなるということが、日本の高等教育に一番欠けている」と述べている。これを読んで、6月までスタンフォード大学で受けた工学系の授業での感動を思い出した。

電気工学の授業では、ルーターの基本原理から解説がなされていたが、一気に、その根本的な理論まで深まったかとおもうと、実際、どのような機器が販売され、運用されているのかといった例まで広がった。このような授業の深みに感動するだけでなく、参加している学生の質の高さにも感動した。

基礎となる確率論などは、補講としてチューターが担当し、教授は、それが分かっているということを前提に授業を進めている。よって、授業中も、かなりの質問に対するなんらかの回答が学生からなされている。

スタント氏は、日本の大学では8割が授業についてこれないと言っていたが、基礎理論程度しか教えない日本の授業でそれだけの数しかついていけないというのはお寒い状況ではないだろうか?大きな差を感じるのは、決して私だけではないはずだ。日本の先生方には、スタンフォード大学など、米国の高等教育のあり方を、本当にしっかり見ていただきたいと切に願う。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-08 04:33 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(1) | Comments(0)

富の源泉から富を生み出そうとする活動を肌で感じて思うこと

青色発光ダイオードの発明裁判第一審で代理品として200億円の判決を得た弁護士の升永英俊氏は、「富のルール」の変遷を原始の時代から調べ、今は「オリジナリティーが富の源泉」との見解を示している。(日本経済新聞2004年9月6日付衛星版)

確かに、農産物から原材料や工業製品に富の源が移ってきて、今は、形には見えにくいアイデアなどが富の源泉となっている。ここ、シリコンバレーで、毎日のように新しいアイデアをビジネスにつなげていく活動を見ていると、その流れを感じることができる。

傍観者としてみていると、流れを感じることはできる。しかし、実務者として起業なり、起業支援に従事しなければ、流れを作り出したり、その方向を変えたりすることはできないような気もする。

富の源泉から富を生み出す活動は容易ではないが、非常にエキサイティングである。常に勉強し続け、その分野でトップにちかいところに位置することにより、流れを作り出していくことができる。そして、できる限り早く走り続ける。ここシリコンバレーでは、このような感覚をもつ人たちが集まり、さらにその感覚を研ぎ澄ましていっているような気がする。

おーい、日本。大丈夫か~い?!

  # by yoshinoriueda | 2004-09-08 02:34 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

「技術評価で使われる手法」として実しやかに紹介されているが...

日経BP社の「最新 技術評価法」(寺本義也、山本尚利、山本大輔)には、「リアルオプション技術評価法などの先進的技術評価法は、大企業の技術戦略家とベンチャーキャピタリストや機関投資家との間に共有される手法となった。」(p.57)という記述がある。

確かに、リアルオプションの手法は知っていても損はないが、別に、「共有される」とまでいえるほどの手法ではないのではないか。所詮、コンサルタントの言い訳の道具に過ぎないような気がする。

それに、第3章にかかれているPL-X社のTRRUという指標。「企業価値の参照値として極めて有用である」(p.75)というほど有用だろうか?これも、他人がデータベース化したものを権威あるものとしてとらえ、それを言い訳に使おうとしているように思える。

体系的に考えるとか、多くの人を説得するために数字を利用するということに問題はないが、ちょっとキーワード的に受けそうなものや、一例を取り上げて万能であるかのように説明するのはいかがなものか?

著者らには、日本の有名私立大学のビジネススクールにおけるMOT教育関係者も含まれているが、こんな内容を本気で教えているとしたら、日本のMOT教育はますますおかしな方向に行くのではないだろうか?

  # by yoshinoriueda | 2004-09-03 14:58 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

もしも電車で通勤できたなら、シリコンバレーの気質は変わっていたのではないだろうか...

毎朝、ハイウエイ101を使って通勤しているときに感じるのだが、もし、シリコンバレーにおいて、公共交通機関が発達していて、安全で快適に通勤できたなら、シリコンバレーの気質は変わっていたのではないだろうか?

車間距離が開いていると、すぐに割り込んでくるし、快適に100km/hくらいで走っているかと思えば、突然急ブレーキをかけなければならなくなったりすることもあり、何が起こっても不思議ではない国とはいえ、あまりに何でもありすぎる!

バブルのころと比べると渋滞は緩和されたとの声も聞くが、それでも朝夕のラッシュアワーには渋滞している。カーブの手前やサンフランシスコ湾を横断する橋につながっている出口の手前、他のハイウエイとの交差の手前など、渋滞するべくして渋滞しているところがたくさんある。これに加えて、事故や故障による渋滞も多い。

車を使うと、どこにでもいけるという自由はあるが、このような渋滞に巻き込まれて時間を浪費したり、運転で神経をすり減らしたりしなければならない。それでも、ハイウエイに「飛び込」んだら、隙間を狙っては「Fast Track」の左レーンに移り、できる限り早く目的地に到着するよう「頑張る」。もちろん、みんながみんなそうではないし、BMWなど高速走行を得意としているような車も多いので、「頑張」ってはいないのかもしれない。しかし、ハイウエイを走っていると、チャンスを見つけてそこに飛び込み、できる限り早くお金持ちになるようみんな頑張るというベンチャービジネスに共通した要素を感じるのである。

集中力があれば、この状況は楽しむことができる。しかし、人間、ずっと集中してはいられない。ビジネスでいえば、先頭きって走る企業や、他の企業よりも早く走って引き離そうという企業を引っ張っていくには、かなりの集中力が必要であるということになるのかもしれない。そう考えると、この国では、時間をかけてできる限り正確な決断をするといったこれまでの日本的な経営とは少し異なる経営手法をとらなければならないのかもしれない。逆に考えると、西部開拓時代から、シリコンバレー近郊でも、日常的に電車で通勤していたなら、彼らの気質は変わっていたかもしれないなーと想像してしまう毎日である。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-03 02:49 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

お客さまを満足させるべきなのか?

「顧客満足度1位になりました...」

そんな表現を目にすることがある。しかし、お客さまに満足していただくことで終わっては、友達以上恋人未満のような「いい人」に終わってしまうように、次に続いていかない。何かが足りないと常に思わせ続けることで、惹き付け続けるという高度なテクニックを使うことができれば、それは一つの戦略になりえるのではないだろうか?でもどうしたらいいのだろう?答えは見つけ切れていないが、きっと、なにかどこかにあるような気がする。

  # by yoshinoriueda | 2004-09-02 15:04 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

理想のMOT教育とは?

8月30日付の日経産業新聞24面の眼光紙背に「地図を見て新発見はない」という記事が載っていた。「地図を見て、新しい島を発見しようとしてもだめだよ」という先輩の忠告から始まるこの記事は、MOTが単なる「企業内技術官僚を醸成」するだけに終わらないかと危惧している。

8月28日のこのブログのエントリーで、MOTは役に立つかということを考えたのだが、同じような時期に同じようなコメントが出てくるのは、決して不思議ではないのかもしれない。

スタンフォードで起業家教育をテーマとして研究をしていたころにも感じていたのだが、起業家教育を受けなければ起業家として成功しないかというとそんなわけでもない。ビルゲイツは起業家教育を受けただろうか?マイケルデルは起業家教育をうけただろうか?彼らが起業家教育なるものを受けていれば、今以上に成功しただろうか?MOTを一つの起業家教育と捉えるならば、別にそれを受けていなくとも、成功する人は成功するだろう。

では、理想のMOT教育とはどんなものなのだろうか?ヒト・モノ・カネという三要素を考えたときに、教育として捉えるならばヒトに視点が行くのだが、カネをつかってモノ(サービスやそこに含まれるナレッジを含む)を生み出していく経験をしていくことで、ヒトは育っていくのではないだろうか?実践が実力をはぐくみ、実践がヒトを育てる。このサイクルをうまく作っていくことが大切だと思う。そして、それが真のMOT教育になるのではないだろうか?

  # by yoshinoriueda | 2004-09-01 05:11 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(2)

MOTはどれだけ役に立つのか?!

MOTとMBAの違いは何か?扱っている題材が技術的なものが深いというだけで、それ以外は大差はないのではないか?科学技術を中核に据え、それを事業化していくためには、技術のことを理解しながら、ビジネスにつなげていく力が求められる。そのため、もちろん、特許がどうだ、技術がどうだといった話は必要である。しかし、それは所詮、枝葉末節にすぎないのではないだろうか。

技術経営に関する教育では、経営そのものについても、深く教えられていることが大切である。日本でブームになっているMOT教育でも、その点が理解された上で実施されていることを期待したい。

  # by yoshinoriueda | 2004-08-28 13:16 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

ベンチャービジネスの成功は確率論で語れるか

GoogleのIPOで今月のIPOの話題は独占された感がある。久しぶりのblogになったが、今日は、ベンチャービジネスの成功について「確率論」で語れるかどうかについて考えてみたい。

経済学者や政策立案者という立場で見るならば、確率論という手法を用いざるをえないのかもしれない。しかし、ベンチャービジネスを、手塩をかけて育てるベンチャーキャピタリストという立場で見るならば、確率論だけでは語れないような気がする。

もちろん、ベンチャーキャピタルの持つファンドに入っているポートフォリオカンパニーの中には、成功しそうな会社もあれば、そうでない会社もある。しかし、いずれにしても、ポジショニング、マーケティング、技術開発、マネジメントなどの面でファンド運営者が工夫を重ねることにより、価値を高め、成功に近づけるのだから、そのような努力は、「確率論」を「確定論」に近づけるための努力をしているように見える。

確率論で話が済むのは、マクロの立場で見たときの状況だけであって、それが個別の話にはすぐには適応できないような気がする。これと似た話が、Business2.0(September2004)のJefferey Pfeffer氏による記事の中にも出ていた。

"・・・industry growth rates do not predict the growth rates of individual companies・・・"

マクロな視点で見た話は、多くの事業に影響を与える可能性があるが、決して万能ではない。ビジネスの世界は、経済学者や政策立案者が持ち出すマクロの話だけでは済まないということを肝に銘じておく必要があると感じる今日この頃である。

  # by yoshinoriueda | 2004-08-26 08:42 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

他のアジア諸国の留学生の多さに比べても数少ない日本人留学生・・・このままでいいのだろうか?

スタンフォード大学は、大学院生のほうが学部生より多く、7000人程度在籍している。このうち、日本人は2~30人である。一方、韓国、インドは数百人いるそうである。インドは人口も多いし、大学レベルでは英語での教育がなされていることから、アメリカの大学で目にすることは当然のような気もするが、日本の隣の韓国がこれだけ多数の若者を送り込んでいる事実をよく考える必要があると感じた。

TOEICなど英語の試験の点数も韓国は日本を上回っていたが、教育熱も日本を上回っているような気がする。近所に住んでいる韓国人も、韓国での教育がよくないということから、アメリカに渡ってきて、子供に教育を受けさせているとのことである。中には、お父さんが逆単身赴任して韓国本国に戻り、お母さんと子供だけでパロアルトに住んでいるということもある。

GDPで比べると、日本でも、子供をアメリカの大学院に送り込むくらいの経済力はあるような気がする。実際に数が少ないのは、英語という語学のせいか、あるいは、教育に価値を見出せないせいか、いずれにせよ、お寒い状態であることには代わりはない。

アメリカでの高等教育だけが正解であるとはいわないが、数だけ見てももう少し多くてもいいような気がする。韓国では、個人レベルの意識だけでなく、企業から派遣されている人が多いとの話も聞く。また、中国からは、裕福な子弟が大挙してスタンフォードにおしよせているような感覚もある。実際、Ph.Dの課程の中国人に会うことは多い。彼らは、本国とシリコンバレーを還流し、それがネットワークを強化しているようである。

日本は、このままでいいのだろうか?なんとかしなければならないのではないだろうか?多くの人が既に言っていることもあるかもしれないが、一般的な日本人にとっては、以下のような能力の強化と実践の場が必要ではないかとこちらで実感する。

■コミュニケーション能力

 相手は自分とは異なるということを受け入れられる柔軟な思考を持った上で、
 相手に分かってもらえるための論理構成力を身につけ、
 実際にそれを用いて表現できるプレゼンテーション能力が必要。
 また、表現のために、基本的な語学力は必須。

■リーガル・マインドとモラルのバランス感覚

 米国では、「リーガルかイリーガルか」といった判断基準が基礎で、
 「モラルにそっているか、イン・モラルか」といった意識は薄いような気がする。
 言うべきことははっきり述べ、約束と規則をきっちり守ることで信頼を得、
 モラルを持ち続けることができる感覚は、今後特に大切。

■敏捷な肉体+さらに器用な手先+へたらない頭脳

 体を使った表現を真似る必要はない。
 必要なときにすばやく動ける肉体があればいい。
 器用な手先は維持しつつ、「へたらない」頭脳が必要。
 権威やキーワードに服従して思考停止するのではなく、
 ずっと考え続けることが大切。

では、このような能力をどのようにして身につけていくと良いのか?それは、おいおい、考えていくこととしたい。

  # by yoshinoriueda | 2004-08-09 22:26 | スタンフォードで感じる! | Trackback | Comments(1)

CVCA(Customer Value Chain Analysis)は「見える化」のツールである

スタンフォード大学で機械工学を教えている石井教授の講演を聞く機会に恵まれた。大学では、Design for Manufacturabilityという講義をされており、その中で、Customer Value Chain Analysis(CVCA)という考え方を実践されている。

CVCAとは、お客さまの声を聞き、それを仕様に落とし、生産に展開していくというものである。主に、メーカーの商品開発を題材とし、利害関係者の間のお金のやり取りや、文句(情報)のやり取りをマップに落とし込み、どんな価値がどこで誰に提供されるのかということを分析していくものである。

商品を開発するに当たっては、開発者の思い入れなどが強くなりすぎ、市場のニーズとのズレが大きくなることがある。それを企画・設計段階で構造としてとらえておくために、CVCAが使われることを想定している。

実際、事業を進める上では、ビジネスモデルの作りこみの段階で実施されていてしかるべきであるが、自分たちで作っていても、そのビジネスモデル自体が「独りよがり」になることがある。品質管理・品質保証に関するプロジェクトに参加していたときに感じたことであるが、社内の視点だけでは、行き詰まることがある。そんなとき、社外の専門家の視点が入ることによって、「気づき」が生まれることがある。このような体験をすることで、外からの視点の大切さを肌で実感することができる。

CVCAでは、多くの関係者が、一緒になって、お金やモノ・情報の流れを一枚の図に落とし込み、「見える化」することによって、共有していくことがポイントとなるといえるだろう。CVCA自体は新しい発想でもなんでもない。これは、共有・共感を作り出すためのツールであり、実践するかしないかである。石井先生は、授業自体が実践の場であるとおっしゃっていたが、まさにその通りなのだろう。

参考:石井教授の研究室

  # by yoshinoriueda | 2004-07-31 02:50 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

イノベーションについて

一橋大学の米倉先生の「企業家の条件」(ダイヤモンド社)についての感想からイノベーションの話がmanutd04さんの「イノベーション実現へのインフラ」maida01さんの「大企業はイノベーションの担い手になり得るか?」にTBされているが、今回は、イノベーションとは何かということについて、改めて考えてみたい。

米倉先生は、企業家の条件として、
 1.時代の流れを読む
 2.イノベーションの真髄を理解する
 3.経営学の基礎を身につける
 4.失敗を恐れずにチャレンジする
という4つの条件を挙げ、2番目の条件の中でイノベーションについて解説している。

この中で、イノベーションの特徴を捉えて分類するために、技術と市場の2つの軸で分け、さらに、それぞれの軸を、既存技術の破壊or既存技術の保守強化、新市場創出or既存市場深耕と考えることによって、次の4つのグループに類型化している。(p.94-96)
 1.構築的革新(Architectural innovation) 破壊技術&市場創出
 2.革新的革命(Revolutionary innovation)  破壊技術&市場深耕
 3.間隙創造的革新(Niche creation)) 保守技術&市場創出
 4.通常的革新(Regular innovation) 保守技術&市場深耕

多くの人は、イノベーションといえば、既存技術を破壊するようなプロダクト・イノベーション、特に、構築的革新を想像するかもしれない。しかし、既存の技術を熟成・精緻化させるようなプロセス・イノベーションも、ある種の「新しさ」を作り出すイノベーションなのである。

ちなみに、これらを企業家の類型に言い換えると次のようになるそうである。(p.96-98)
 1.構築的革新=企業家的企業家
 2.革命的革新=技術志向的企業家
 3.間隙創造的革新=市場志向的企業家
 4.通常的革新=経営管理者的企業家

上記の類型に関するそれぞれの説明や例は「企業家の条件」(米倉誠一郎著、ダイヤモンド社)、および「イノベーション・マネジメント入門」(一橋大学イノベーション研究センター編、日本経済新聞社)に譲るが、要は、大企業では、これらのタイプのイノベーションやそれを先導する企業家が存在する土壌となることもできるので、多くの人がこのようなイノベーションの「ポジション」を理解して日々の活動を進めることが大切であると思う。

イノベーションを考えるときには、さまざまな道あるいはポジショニングがあることから、企業や集団の規模や形態が問題ではない。だからこそ、大企業であってもまだ進むべき道はあると思うし、中小企業やベンチャー企業でも、もちろん道はあると思う。そして、真のイノベーションこそ、企業や集団の成長にとって不可欠であり、それを受け入れ、活用していくことが大切なんだと思う。少なくとも今、私はそう信じている。

  # by yoshinoriueda | 2004-07-24 14:29 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE