自分の写真を切手にすることができます!

というのは、ここ米国で実験的に始められるようである。Stamps.comでは、PhotoStampsというサービスを開発し、USPSとともに展開するとのこと。そんな☆チャレンジ精神旺盛☆といえるような取り組みが素晴らしいっ!

a0004752_3464278.jpgスタンフォード大学にも、現在のオフィスにも、郵便料金を計算して切手の代わりになるものを打ち出してくれる機械が据えつけられている。これとの違いは、自分で写真を選んで、それを切手にすることができるということ。何かの記念写真でもいいし、自分をアピールするようなものでもいい。要するに、既存の切手のデザインを自分の好きなものに変えることができるということである。

a0004752_347667.jpg日本にいたころ、「どらえもん」かなにかの切手が発行されたとき、それを手紙に貼ったら配達してもらえなかったという話を聞いたことがある。郵便局員は、アニメのキャラクターの切手を、子供のお遊び用と思ったらしい。そんな切手が発売されているとは知らなかったようである。

日本は郵政民営化が閣議決定されたようだが、それで組織運営が変わって、いろいろなサービスが打ち出されてくるまでには、まだまだ時間がかかるような気がする。それでも、変わるということはいいことなのかもしれない、と考え、淡い期待を抱きたい。

***

と思ったら、なんと、既にあるんですね。>ありがとうございました、テサラックさん
 写真付き切手

  # by yoshinoriueda | 2005-04-27 08:44 | いろいろ聞いて考える! | Trackback(1) | Comments(4)

blogだって、いまや単なる・・・

佐々木俊尚さんは、「ブログで衝突するビジネスとフェアネスのゆくえ」の中で、ワーキングマザーズスタイルが映画を紹介していたことに対して、NHKが、「対価」をもらって映画を紹介したと報道したことについて取り上げていたが、この問題は、結局、何が「権威」なのかというところが問題になってくるのだと感じる。

書くほうには立場や意図があるだろうから、なんともいえないが、読み手は、書かれていることを頭から信用するのではなく、自分の考えを整理するヒントに使えるというぐらいの位置付けで考えていたら、大きな議論にはならなかったと思う。ま、そんなにコミュニケーションというものがそんなにドライに終始するはずもないかもしれないが...

NHK側は、「ボランティアで主婦達が映画の感想を書くなんてバカみたいじゃないですか」といった言い方をしているようだが、そのバカみたいなのがパワーを持ち出すと、それがある種の「権威」になり、既得権益を脅かす存在になるのだから面白い。既得権益を保護したい人は、それを排除しようと努力するかもしれない。しかし、時代の流れには逆らえないゾ~!ということだけはいえるだろう。

ホリエモンじゃないけれど、個人的な感覚では、インターネットの世界とメディアの世界にそれほど大きな差はない。今現在バラバラになっているのは、既得権益を持つ輩がのさばっている存在するからであって、もし誰もいなかったら、もし何のコンテンツもなかったら、どちらも単なるインフラにしか見えないかもしれない。

blogだって、いまや単なるインフラだろう。そこに何を載せるか、どうやって使うか、なんてことは、使う人が考えることであって、それは自由だ。著作権などの問題はともかくとして、誰にも規制する権利なんてない。

既に、この世界には情報が溢れている。読み手側がそれをどう判断するかは、blogに限った話ではない。何を権威と感じるかは、読み手次第である。「権威」とは自分がそう感じるかどうかであって、他人に言われて「ハイソウデスカ」と納得するようなものではない、少なくとも自分にとっては。(だから、立場や権力を楯にされると、もうそれだけで、住む世界が違うように感じてしまうことも多いのだが...)

  # by yoshinoriueda | 2005-04-26 12:49 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

シリコンバレーのオーラは薄れたか?

日経産業新聞で「オーラ薄れたシリコンバレー」というコラムを読んだ。渡辺千賀さんも取り上げられていたSan Jose Mercury Newsのシリコンバレー150という記事を紹介した後、昔はシリコン○○(アレー、フォレスト、アイランド、デザート、マウンテン、プレーリー、など)という地域がたくさんあったが、最近聞かなくなったのはシリコンバレーのオーラが薄れたからではないか、と書かれていたが、それは私からみれば全く違う。

シリコンバレーを真似ようとした地域がうまく行っていないのは、結局、それをコピーできるだけのリソースが集まっていなかったからに他ならない。オーラを頼りにして真似るだけでなんとかなると思っているなら、大間違いだろう。

別に、今住んでいるからといって擁護しようとか、そんなつもりは全く無い。ただ、日本的な発想で、海外のものを持ってきてちょっと変形させてそれでうまくいくというような安易な考え方を背景に感じるからこそ、そんな誤解がはびこるくらいなら、言っておかなければならないと感じたというのはある。

シリコンバレーは、一朝一夕でできあがったものではない。40年くらいに亘る蓄積があるのだ。40年くらいということは、世代でいえば、数世代分の蓄積があるのだ。その中でアップダウンを経験し、その時々の状況を相対化できるだけの蓄積がある。

他の地域では、10年くらいやってみてうまくいかなかったところで諦めてしまう、あるいは諦めざるをえないというところに大きな問題がある。

シリコンバレーは、いまでもシリコンバレーである。学校で習うとおり、半導体の技術をベースに持っている。栄枯盛衰は必須。ただ単にそれを繰り返しているだけである。繰り返せるというところに価値があるのではないだろうか。

オーラを感じることができるかどうかは、それを見る人次第なのだ。見ようとしない人には決して見えない。感じられない人には、残念ながら、何も感じられない。色眼鏡で見ず、何事も素直に見てみることが一番大切である。そして、きっとカリフォルニアの空の青さは、それを思い出させてくれるだろう。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-26 07:04 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

シリコンバレーでの尼崎電車脱線事故の報道の様子

4月も終わろうとしてるにもかかわらず、シリコンバレーの朝はまだ肌寒い。水曜前後に、また雨が降るという予報もあるようで、ちょっと普通の年とは違うようである。昨夜KTSFで「救命病棟24時」を見て「20秒揺れただけでこの国は滅びるなんて・・・」という言葉にちょっと衝撃?!を受け、その後、尼崎での電車脱線事故の惨事を知り、朝も、居た堪れない気持ちがどこかに残っていた。

通勤途中の車の中でラジオを聞いていると、尼崎での電車脱線事故の話がニュースで流れてきた。その報道の様子は、「東京から250マイルほど西の尼崎というところで列車が脱線・・・約40年ぶりの大事故」といった感じだった。

なるほど、東京が基点となるのか~と妙に感心してしまったが、約40年ぶりなんて言われても、若輩者には全くピンとこない。物心ついてからの鉄道の大事故といえば、地下鉄サリン事件はともかく、信楽高原鉄道の事故ぐらいしか思い浮かばない。

San Jose Mercuryよると
Deadly train accidents are rare in Japan, which is home to one of the world's most complex, efficient and heavily traveled rail networks. Monday's crash was the worst since 161 people died in a three-train crash in 1963 at Tsurumi, outside Tokyo.
とあるから、それから考えると約40年ぶりということになるのだろう。

阪神淡路大震災から10年。天災は仕方が無いという側面はあるが、今度は人災による大惨事の可能性も高く、何かこう、残念でならない。安全だとかハイテクだと言われてきた日本。Wall Street Journalでは、ケータイを手に晴れ着姿で写真を取る女性たちの姿や、切符がわりになるおさいふケータイの話題が掲載されていたが、そんな日本は、今、何かが軋み始めているのかもしれない...

参考:「日本脱線事故、アメリカでも大きく報道」(シリコンバレー地方版

  # by yoshinoriueda | 2005-04-25 09:04 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(7) | Comments(0)

50歳がマラソンレースの折り返し?!

Missionとは違うのだよ!Missionとは!」のエントリーで紹介した大柴ひさみさんが、ブログ「ひさみをめぐる冒険」を始められたとのこと。

この大柴ひさみさん、普段から、JaM Japan MarketingColumunsでいろいろと情報発信されていて、これまた結構面白い。コラムで個人的に気に入ってるのは、「Mentor(メンター)って何だろう?」という記事の中の、「夫がメンター的立場で私にさまざまな助言を与えてくれます。」というところ。

夫婦というものにはいろいろな形があると思うので、何が理想かということは、人によって違うと思うが、こんな形になるというのもまた一つの理想形のような気がするし、そこに運命のようなものさえ感じてしまう。人生、運がすべてではないけれど、こんな強い運を持っている人を見ていると羨ましさなんて忘れてしまって、嬉しささえこみ上げてくる。

ブログ初心者」というエントリーに書かれていたが、来年の50歳が、マラソンレースのちょうど折り返し地点のように捉えられていて、そして、たとえマラソンといえども、力のある限り全力で一歩一歩、足を前に運んでいるような勢いがある。うーん、恐るべし!

シリコンバレーでは、一緒に仕事をしてみたいな~ と思える人と出会うことが多いのだが、大柴さんも またその一人。無事、太平洋半分横断の旅が成功することを祈っています。Good Luck!

  # by yoshinoriueda | 2005-04-24 22:19 | いろいろ読んで考える! | Trackback(2) | Comments(3)

4月なのに雨・・・のシリコンバレー

もうそろそろ天気がいい日が続いてもいい頃だと思うのだが、今朝は、屋根をたたく雨音がうるさいくらいの雨...

***

夕方には、すっかりきれいに晴れ!
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  # by yoshinoriueda | 2005-04-23 06:20 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(2)

make a difference

ちゃんと並びなさい。制服を着なさい。スカートの丈は○cm。靴下は白。・・・
 マス・ゲームでも始まるのか?と思ってしまうような緊張感。
  しかし、これは、北朝鮮の話ではなく、日本の話。しかも幼稚園。

自制心と集団との調和が強調され、その一方で自由を「いいかげんでもいい」と誤解していることもしばしばある。

そんなに画一的な人間を育てたいのなら、ロボットを作ればいいのでは?と思ったこともある。実際、小さな人型ロボットも発売されつつあるようだが、それはともかく...

シリコンバレーで、少し前、こんな話を聞いた。
「文部省の方が、昔々、『私たちは街路樹を作ろうとしているんです。街路樹は、背丈や格好がある程度同じで、扱いやすい。枯れたら植え替えればいい。どこかで育てておいて、必要なときにそこに持ってくればいい。アメリカのような国は、雑草を作ってるんです。なんだかよく分からない、背丈も格好もバラバラな雑草です。』と言っていた・・・」
いまもそんな考え方をしているのかどうかは知らないが、シリコンバレーでは、基礎的な教育を徹底的に課された上で、「何が、その生徒の強みなのか」ということを問い続けられる。何がすきなのか?何がしたいのか?

子供ながらに答えるので、それが正解ではないこともあるが、それでも、その子供の考えていることを認める。そして、ちょっとした他の子供との違いを褒める。「彼女は、塗り絵をするとき、他の子供よりも多くの色を使って、きれいに塗る」とか、「彼は本が好きで、学校の図書館にある本を1年で50冊読みました!」とか、大人からみればどうでもいいかもしれないことでも褒める。

他人とどこが違うのか?人は、他人と違うから存在価値があるのではないのだろうか?私はあなたと同じ、というなら、じゃあ、私でなくてもいいのね、ということになる。同じものを足しても、単なる足し算の効果しか無い。1+1=2でしかない。違いを認め合って協力することで、足し算以外の効果が出る。違うからこそ、1+1=3にすることができる。四肢がすべて右手だったら、早く歩くこともできないし、キーボードを打つのも苦労するかもしれない。すべて、違うからこそ価値があるのだ。

男女の仲だってそうかもしれない。同じような考え方というのは大切かもしれないし、楽しい時はそれはそれでいいのだが、人生、いろいろな場面があるのだから、二人して落ち込んでいるようでは苦しいことばかりになってしまう。違う考え方ができるからこそ人間であり、それで一緒にいるから、また違った楽しさが生まれるのかもしれない。

ブログ「カリフォルニア便り」で、次のような一節をみつけた。
“You can use your talent and interest to make the world better.”
子供と一緒に社会科の勉強をしているときに出会ったという一節。こんな視点をみんなが持っていると、世界はもっと面白いのかもしれない。

ブログ「ニューヨークの遊び方」では、
・・・アメリカでは自立心を育む教育・・・が学校で行われているということを書こうと思ってたのですが、もう学校に入る前から今の日本とは何かが根本的に違うみたいです・・・
と書かれていた。これは、親が、自由を当然の権利として享受するのではなく、勝ち取るべきものとして捉え、"make a difference"のマインドを持っているからだと感じる。(ちなみに、この「ニューヨークの遊び方」で紹介されていた『アレックス・レモネード・スタンド』のは一読の価値があると思う。)

ゆとり教育が間違いだったと誤るのも、日本は平和を目指すのだとアジアで謝罪するのも構わない。素直に過ちを認めることは、悪いことではない。問題はそれからだ。自由の意味を理解し、差異こそが力を生むということを理解しなければならない。

「お前、トンがってるから、気をつけろよ...」 学生時代、そんなことを言ってくれたバイト先の先輩がいた。その方には尊敬できるところがあって、私のことを考えてくれていて、よく分かってくれていてという文脈で言われただけに、本当にありがたかった。いまも、その方は頑張っておられて、生き方を見習うところがある。考えてみれば、ずーーーっと、どこか気持ちの上では日本の集団の中で馴染めないところがあったのは事実である。それでも、日本は大好きだ。

Make a difference. これを実践するために、己のことをよく理解しておくことが大切である。やってみて、やりきってみて、初めて自分のことが分かるような気がする。

私自身は、誰に何を言われようとも、これまでのスタンスを崩すことなく、あきらめずに挑戦し続けたい。それが、自分が自分である理由だから...

  # by yoshinoriueda | 2005-04-22 12:52 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(8)

FPN主催の梅田望夫さんとの座談会の様子を読んで

FPN主催の梅田望夫さんとの座談会の様子が近江商人さんのJINBLOGアップされていた。実は、私も近江商人の血をひいている・・・なんてことはどうでもいい。

一箇所、光を放っているように見えたところは、梅田さんのこの一言。

  インターネットの本質は「オーソリティって何だ?」の答えを作り直すこと

なるほど!そうとも言える、と至極納得。

新聞や本、論文でさえホントかな~?と思ってしまう自分にとっては、オーソリティの言うことを頭から信じてしまう人たちと衝突することがよくある。言っているのが誰であるかを振りかざされても、私の心は斬れない。ドライかもしれない。しかし、ある文脈の中で、ある人が、意味のある発言をしている、という条件が揃わないと、なかなか人の心は動かないと思う。

それに、世の中、何が真実なのかなんて、ホントは時代によって変わっている。オーソリティだって間違えることはある。何を信じればいいのか?もちろん、他人を信じるということも大切だが、結局、その他人を信じる自分を信じるということしかないのかもしれないとも感じる。

***

「いい歳になってブログを始めてそのことを思い出し、『何をやっていると幸せか』を思い出した。」という件もあったが、個人的には、シリコンバレーという場所が、それを気づかせる機会に溢れているような気がする。自分自身、これまでもホントにいろいろと考えさせられる機会が多かった。

人が出入りし、知識が出入りし、モノが出入りし、金が出入りするところ。そんな行ったり来たりの中にいると、自分は何者で、なにができて、なにが好きで、なにがしたくて、ということを考える機会は自然と多くなる。

日本でそれに似た場所が現時点でひとつだけある。それは、インターネットの世界。特にブログの世界だろう。モノや金の出入りは、トヨタの売上高には及ばないかもしれないし、コメントができなかったり、トラックバックできなかったりするのは、オープンな世界にはなっていないが、年齢や地位などに関係なく意見が飛び交わされる素地はあるだろう。

***

シリコンバレーは今日も快晴。空に少し雲が出ると、日差しが柔らかく感じられる。そんな空の下、また新しい一日が始まる。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-22 07:04 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

シリコンバレーのもう一つのIC...

シリコンバレーでICといえば、
 ・Integrated Circuit(集積回路)
 ・India & China(インドと中国) (参考:シリコンバレーでICといえば・・・
そして、もうひとつは、
 ・Independent Contractor(独立して業務を請負う人)
だろうか。

アメリカでは、内国歳入法上、労働者か個人事業主のどちらかに分類され、労働者の場合、州や連邦の雇用労働法の保護を受けることになる。当然コスト上、個人事業主の方が安く済むし、労働力のJIT(Just-in-Time)化も容易になる。そうは言っても、実際は、実態として雇用の形になっていれば、企業がたとえフリーランスの人を使っていたからといって、雇用労働法の適用を免れるというオイシイ話にはならないようである。(参考:「労働者性の問題」)

さて、人材を、「創造 or 運営」という軸と、「組織 or 個人」という軸で分けると、
  (1)創造&組織:儲かる仕組みを作る人
  (2)運営&組織:儲かる仕組みを運営し価値を生み出す人
  (3)創造&個人:儲かる仕組みに専門性を提供する人
  (4)運営&個人:儲かる仕組みの中で定型的業務をする人
という分類ができるらしい[注:PDF]のだが、この分類によると、(1)や(2)のパターンは、組織という要素が強くなるので、狭義の意味でのICは(3)に該当するのだろうか。実行まで関与して、業績まで改善させるようなコンサルタントは(2)の要素が強くなるのかもしれない。

ハンズオン型のベンチャーキャピタリストは、(3)の「創造&個人」というところだろうか。もちろん、すべての仕事をスッキリとこの4つに分類することなどできないが、どの要素が強いかということは言えるだろう。

ふと思い起こすと、シリコンバレーでは、あるいは、北米だとそうかもしれないのだが、大部屋で仕事をするよりも、個室やキュービクル(コンパートメント)で仕事をすることが多い。学生時代、カナダでインターンをしていたときにも、一つのキュービクルを与えられ、そこでアウトプットを求められたという覚えがある。

これは、まさに、組織の存在する個人が、すべてICであるかのようである。たとえ雇用されているとしても、そのような形態で仕事をするということは、組織のチーム構成員は、仲間であり、お客さまであるということになるだろう。もちろん、競合相手ということにもなるのだが、そんなプレッシャーを受けながら仕事をしていると、必然的にアウトプットも高くなければ、存在意義がなくなるということになり、結果的に「アップorアウト」と呼ばれる厳しい要素が背後には見え隠れしてくるかもしれない。(と書いておきながら、こんな厳しい要素は、実は、そこに属する人たちのメンタルな部分、即ち、単なる気持ちの持ちようなのかもしれないとも感じている。)

ICのいいところは、自分で選択できるというところだろう。社内のつきあいがわずらわしいと感じる人や、専門性を磨きたい人、時間を自由に使いたい人、別にリーダーシップなんて興味も無いし向いてるとは思わない人、などにとっては理想的な労働形態かもしれない。

ちなみに、TVドラマ「救命病棟24」(シリコンバレーで現在日曜日の夜に放映中~♪)で、小市慢太郎氏演じる医師の「日比谷学」が私のイメージする「メンタルIC」である。組織に属してはいるが、自らの専門性を組織に提供することで価値を生み出している。精神的にも、組織の一員ではなく、個人としてそこに係わっているという面がうまく描き出されていると思う。

これまたちなみに、リーダーというのは、かっこよく見えたり、かっこよく響く場合もあるが、すべての人が常にどこでもリーダーになる必要は無いわけで、場面や対象に応じてリーダーが変わるというのが、本当に強い組織であろう。そんなことが実現できるためには、各人が高度な専門性を持ちながら、互いに尊敬し信頼していなければならない。

個人的には、専門性を磨くにしても、知識や技術を身につけるにしても、優秀なガイド役に見守られながら実際に仕事を通じてやってみるというのが一番効果的だと思う。優秀なガイド役は、上司や同僚、あるいは、メンターや社外講師などさまざまであろう。いずれにせよ、ICになる以前には、専門性を高めて、質の高いアウトプットを出すことができる必要があるわけで、一足飛びにICを実現することは難しいかもしれない。しかし、そのような気持ちで仕事に取り組むことはできるだろう。

最初から大きな組織の経営者が務まる人なんてなかなかいない。まずは、自分の仕事を個人事業主だと思って取り組んでみること。この積み重ねが将来の大きな差を生む。シリコンバレーでは当たり前であるが、日本では、特に組織が大きくなればなるほどまだ当たり前ではないだろう。

メンタルIC、あなたも始めてみませんか?

  # by yoshinoriueda | 2005-04-21 21:09 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

「すべてのものは変わっていく」ということが、唯一、この世の中で変わらないこと

「家族は敬虔なキリスト教徒で、週末はミサに参加する。父と母は、人生の中で苦しい目にあったときも、希望を失わずにいることができた。それは、神が見守ってくれているからである。神は、私たちを見捨てなかった。・・・」

アジア系の高校生が、朝、ボランティアをしている日本語のクラスで作文したものをかいつまんで言うとこのようになる。私はキリスト教徒ではないが、こんな文章を、本気で一生懸命作文しているのを見ると、心が洗われるような気がした。<それがたとえ日本語クラスの成績のためであったとしても...>

折りしも、新しいローマ法王が決まった。ブログ「絵文録ことのは」のエントリー「伝統主義的な新教皇(ローマ法王)ベネディクト16世(ラツィンガー枢機卿)は元ヒトラー・ユーゲント不良隊員だった」では、Wikipediaによるベネディクト16世の経歴が紹介されていた。

ベネディクト16世は、昔、「真実と寛容」という本を書いているとのこと。「寛容」ということばが真実を歪める「口実」として使われていることを非難している書物だそうである。

つい先日のエントリーで「たったひとつのことしか教えることができないとするならば、toleranceを教える。」という話を紹介したので、自分にとってはタイムリーな話題である。

確かに、「寛容」が、「まあ、カタイこと言わんと~」とか「ええがな、みんなやってるんやから・・・」という文脈で使われる、即ち、甘えやいい加減という意味で使われてしまうと、単なる「口実」になり下がってしまうかもしれない。

その著書を読もうかとAmazon.comで検索していると、在ニューヨーク日本国総領事館から、4月22日(金)の午後、中国系団体による日本の常任理事国入り反対デモが、ニューヨーク国連本部前のダグ・ハマーショルド広場で行なわれるので注意するように、というお知らせがメールで流れてきていた。

オフィスを出て、OracleのキャンパスがあるRedwood Cityからスタンフォード大学方面にハイウエイ101号線を南下しているとき、ラジオでは、ベネディクト16世の著書がAmazon.comで一夜にしてベストセラーに迫っているというニュースを紹介していた。<みんな考えることは同じなのね(^^;>

シリコンバレーは今日も快晴。広くて青い空は、沈んだ気持ちやちょっとしたストレスをすべて昇華してくれるようだ。そんな空を見て思う。世の中で、決して変わらないことが一つあると思う。この世の中では、ほとんどすべてのことが変化する。人の気持ちはその最たるものだろう。そして、この地球の自転速度でさえ、インドネシア沖の津波をもたらした地震によって、少し変化しているという。

それでも、この世の中に変わらないものがあると思う。それは、「物事は常に変化する」ということである。「すべてのものは変わっていく」ということが、唯一、この世の中で変わらないことであるような気がする。青い空の下、そんなことを感じながら、私は車を走らせていた。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-20 17:14 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(1) | Comments(2)

あなたの脳のタイプは?

「個人個人で、"an inborn brain type"があって、それによって、行動様式が異なる」といわれれば、それはそうかもしれないと感じてしまう。人間の行動は、反射はともかく、思考パターンに大きく依存しており、思考パターンは、脳によって作り出されているからである。

San Jose Mercuryによると、49ersのQBだったJoe Montanaは、QBとして理想的なbrain typeを持っていたらしい。そのタイプは、ESTP(E: extrovert、S: sensing、T: thinking、P: percieving)だそうである。

記事によると、4つの特徴は、以下のように定義されているようである。

(E)XTROVERTED VS. (I)NTROVERTED
The tendency to draw energy from others vs. drawing energy from within.

(S)ENSING VS. I(N)TUITIVE
The belief in the five senses vs. the belief in a sixth, guiding sense.

(T)HINKING VS. (F)EELING
Basing decisions on logic vs. basing decisions on emotion.

(J)UDGING VS. (P)ERCEIVING
A work-oriented approach vs. a fun-oriented philosophy toward life.


果たして、シリコンバレーの成功している起業家たちのbrain typeはどんな風になっているのだろうか?

参考:
Jon Niednagel's brain-typing of athletes

online brain-typing sites, for fun:
www.humanmetrics.com/cgi-win/JTypes1.htm
www.personalitypathways.com/type_inventory.html

  # by yoshinoriueda | 2005-04-19 20:59 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

強く願う心は未来を作り出すのか?

強く願う心は、未来を作り出すのだろうか?きっとそうだろう。いや、それしかないのかもしれない。

自分の思うようにならないことはたくさんあるが、それは、本気で心の底からそれを願っていないからかもしれない。本気で信じていないからかもしれない。どこかで諦めがあるのかもしれない。

たった一人では何もできないのだろうか?そうかもしれない。しかし、誰かが独りでもやり始めなければなにも変わらないのかもしれない。

世界は平和であってほしい。中国では反日感情が高まっている。北京に住む友人の携帯電話のもとには、反日感情に溢れたメールが毎日のように届くという。

「私はそうは思わない!」

そう叫んでも、誰も聞いてくれないのかもしれない。しかし、それを叫ばなければ、なにも始まらないのかもしれない。

まずは、決めること。そして、周りの意見を聞きながら、決めたことをやり通すこと。どこまで行けばやり通したといえるのだろう?日本はいつまで謝罪すればいいのだろう。過去の過ちは、償えないものなのだろうか?一度ボタンを掛け違えたら、もう、元には戻れないのだろうか?

「たったひとつのことしか教えることができないとするならば、toleranceを教える。」

昨年の秋、そんな話を聞いた。toleranceを教えるということはどういうことなのか、なにをどうやって、いつ誰が誰に教えればいいのか、今の自分にはよく分からない。しかし、大切だということは身に沁みて理解できるようになった。着実に積み重ねた時がそれを分からせてくれたのかもしれない。

もう遅いのだろうか?まだ行けるのだろうか?それは、強く願う心次第なのかもしれない。

 ♪  「I Wanna Go To A Place」(Rie fu

  # by yoshinoriueda | 2005-04-19 01:43 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(9)

日本の高校生がスタンフォード大学に入るには

どうしたらいいのだろう? (^^;

exodusさんからコメント(というか質問?)を頂いたのだが、残念ながら、スタンフォード大学を目指す日本の高校生に対する適切なアドバイスができるほど、高校から大学への入試制度に精通しているわけではない。ただ、シリコンバレーの地元紙 San Jose Mercury によると、SATという標準テストにエッセイのセクションが追加されており、スタンフォード大学では、verbalとmathの部分は、baselineとして使われ、それにessayの点が加算されるということになっているらしい。

もちろん、SATで全てが決まるわけではなく、GPAと呼ばれるいわゆる学校の成績や、志望校に出すエッセイ、課外活動なども評価の対象にされる。アメリカは、日本のように受験が厳しくなく、その代わり卒業するのが難しいといった話があるかもしれないが、トップスクールに入ろうと思えば、競争は激しい。例えば、スタンフォード大学に入学するのは、普通のアメリカの高校生にとっても難しいという話も耳にする。それが本当かどうかは知らない。ただ、スタンフォード大学を志望する学生は、そのようなペーパーテストなどはそつなくこなして差がないという話は聞いたことがある。(差が付くのは、エッセイや課外活動といったところだろうか?)

日本からアメリカの大学に進学する場合、ブランドにこだわらないのならば、大学自体はたくさんあるので、学びたい学科などがあるとか住んでみたい町であるといった視点で探せば、いくらでもあるだろう。カリフォルニア州立大学の場合の話であるが、2年の課程が終了した時点で、4年制の大学に編入できるという仕組みがあるそうなので、そのような仕組みを利用するのもいいかもしれない。

ただ、この仕組みの欠点は、学生本人のモチベーションに大きく依存してしまうということ。たとえ渡米まで高い志を持っていても、遊びほうけてどうしようもなくなるということがあるといったリスクを抱えているそうである。

個人的には、大学よりも大学院のほうが充実しているような気がする。修士課程や博士課程をアメリカの大学で過ごして、しっかり勉強すると、日本とは格段の力がつくだろう。もちろん、日本でも博士課程でアメリカくらい厳しく鍛えるところがあれば話は別かもしれないが...。

日本の大学は、独立行政化(「どくぎょう」というのだろうか)によって、試行錯誤しながらいろいろな取り組みをしているようである。しかし、中身が変わるには、人が変わらなければならず、それを待つには20年くらいかかるかもしれない。そう考えると、ちょっと末恐ろしい気がするのは私だけだろうか...

  # by yoshinoriueda | 2005-04-17 16:08 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

カリフォルニアの空の青さがすべてを癒してくれる・・・

昨夜のSVJENの起業家トークは、これまでのSVJENのセミナーとは一味雰囲気が違っていた。シリコンバレーというと、半導体、ソフトウエア、ナノテク、バイオなど理系のイメージがあり、これまで、そんな雰囲気のセミナーが多かった。しかし、今回は、マーケティングという分野の話だったので、いままでとは違う人たちと話をする機会があった。その昨夜の余韻が残ったまま、朝を迎えた。(公式レポートはこちら

いろいろなことを話題にしたのだが、その中でNPO(非営利活動団体)の話が出た。どの団体がいいとか悪いといった話ではないので、以下は、抽象的・一般的なレベルにとどめておくが、NPOにはさまざまな形があっていいので、何が正解であるというようなものはない。

だから、非常に社会的に意義のあることに取り組む団体があってもいいだろう。それには、社会的なサポートが必要である。たとえば、個人は当然として、企業による人的・物的・経済的な協力だとか、行政による制度的な支援が必要となるだろう。

しかし、それほどでもないけれど、やはり日常的に問題となりつつあるところを解決するような活動をしている団体もある。それを解決するためには、「受益者負担」の原則が適用されることになるだろう。それはある意味ビジネスチャンスということもできるが、企業の場合、税制や社会的な立場を問われたりと、さまざまな面から、参加しづらい活動があるのも事実である。そんなときは、営利企業ではできないので、非営利団体にせざるを得ないという事態が発生する。

結局実態としてはどちらも存在するのであるが、個人的には、大阪にいたころ、後者の例のNPO活動に参加していたため、どうしても、前者の活動をやっている人と比べると、自分のやってることが小さいなあ~と感じる。そして、カリフォルニアの抜けるような空の青さによって自分の小ささを思い知らされるような気分になる。ただ、小さくても、自分にはそれしかできないし、それをしたいと思うのだから、それでいいのかもしれない。

ある参加者の方が、「大阪には、『生きてるだけで儲けもん』という言葉があるじゃないですか。・・・お互いがんばりましょう。」と言っていた。その時も感じたのだが、カリフォルニアの空の高さを感じると、「ほんと、そうだよな~」と真剣に納得してしまう。

空が青ければ、空が高ければ、少々税金が高くとも... ということはないが(^^; そうそう、今日は税の申告の締切日!

カリフォルニアに生きていると、いいことも楽しいことも一杯ある。つらいとか苦しいと思わなければならないこともあるのかもしれないが、そんなことも空の青さがすべて癒してくれるような気がする。
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  # by yoshinoriueda | 2005-04-15 08:37 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

Missionとは違うのだよ!Missionとは!

これを見て、「ザクとは違うのだよ!ザクとは!」という台詞を思い出した方は、残念ながら私と同類(スイマセン)。同類の世代についてさらに言うならば、ランバ・ラルを思い浮かべた人はX世代、ハイネ・ヴェステンフルスを思い浮かべた人はY世代というところだろうか...。さて、それはともかく...

じゃあ、何なんだ!ビジネスをクリエイトするのは?

JaM Japan Marketing
の大柴ひさみさん曰く、
「"Mission"ではなく 心の底から わき出る社会貢献の"Desire"が新たなビジネスをクリエイトする」
とのこと。普通の人ならこんな風にはなかなか言えない。そう感じた一言だった。

そのビジネスが社会にとってどんな価値を生み出すのかということを考えるのは、起業家にとっては必須である。しかし、技術系のベンチャー起業家の場合、この視点が欠けることが多い。本来、技術系であれ、それ以外であれ、考えるべきところは同じなのである。ベンチャーキャピタルベーシックビジネスプランに関する記事でも一部 触れたが、どんな問題が現時点で存在して、それをどのように解決するのかがビジネスのコアとなる部分であり、付加価値を生み出すところである。そして、どのように解決するかというところで技術を使うのか、それ以外のものになるのかという違いがあるだけである。

ベンチャー起業家だけではない。日本のメーカーなど既存企業の方々と話す場合も、相手が技術のバックグラウンドを持っていればいるほど、そんな視点からの発想が少なくなる。どうしても、自分たちが持っている技術はこれで、それをこのように応用すればいいのだという話の展開になる。仮に、シリコンバレーでいい技術を見つけて彼らに紹介しても、NIH(Not Invented Here)という発想、即ち、自分たちで開発したものでなければ採用しないという発想から、拒否反応を示すこともあるようだ。それは誇り高き技術者なのかもしれない。しかし、忘れてはならないのは、誰も、誇りに対してお金は払わないということである。

逆に、ユーザー企業だったらどうなるのかというと(あるいは、ユーザー企業でなくともそうかもしれないが)、今度はまた逆で、社内の人間は信用しない、といった態度をとる場合がある。「どうせ、お前には理解できるまい!」という考え方は、残念ながら存在している。それが、大学教授だったり、著名な人物だったりすると、あっさりと主張を認める。「あの○○先生が言っているのだから」と。

権威の前に屈するのは容易である。自分で考えなくてもいいし、後で、「それは○○先生がおっしゃったことですから」と言い訳することができる。本人は自己保身しているのかもしれないが、そんな情報だけで意思決定させられ、責任を追及されるほうとしてはたまったものではないだろう。そんな上司の姿を見て、自分で考える部下が育つはずがない。

さて、それはともかく、SVJEN(Silicon Valley Japanese Entrepreneur Network)が主催した今回の第6回起業家トークセッションは、今までの半導体やソフトウエアに関連した起業家とは違うタイプの起業家だったため、参加者の顔ぶれも多様性に富んでいた。弁護士事務所Morrison & Foersterの会場も、ちょうどよいコンパクトさで、今までのような広い会場とは少し異なっていて、「密着感」のようなものがあって良かったと思う。

a0004752_1619464.jpg以下、(きっと、誰よりも早い)SVJEN第6回起業家トークセッション非公式レポート...

■いくらビジネスプランがユニークで優れていてもエンドユーザーが財布を開かないとビジネスは成立しない。エンドユーザーにどんな価値を与えることができるかが大切。そのためには、マーケットのニーズとデマンドに自分のビジネスが合致していることが大切。

■自分のビジネスの成功を信じるビジネス・エバンジェリストになること。自分が信じていないことを他人に信じさせることは不可能。

■優秀なマーケターは信頼を売る。マーケティングの基本は「trust」である。

■niche:人と違うことが大切。

■業界を問わないマーケティング会社なので、クライアントごとに猛烈に勉強する。日々努力、日々勉強することを通じて、(マーケティングという分野の)専門性を高めている。

■ベンダーではなく、パートナーという意識を持って仕事をする。即ち、いかに顧客が成功するかということを考えて提案する。そこが付加価値を生み出している。

■人間、生まれながらにしてみんなマーケター。好奇心が大切。人間を知ることが大切。

■良いパートナーを探すこと。共通した価値観が大切。

***
追伸:大柴さん、来月、ヨットでハワイまで航海に出るとのこと。お気をつけて。
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  # by yoshinoriueda | 2005-04-14 23:50 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(3)

環境の変化がもたらす影響力

KPCBのパートナーになったBill JoyのインタビューがCNETに掲載されていた。質疑応答は、パートナーに就任する際の記事の内容と大差は無い。彼がエネルギー分野に興味があるということも、以前から表明していたことである。(1/19の記事参照) また、自分が現在シリコンバレーのベンチャーキャピタルに所属しているということもあって、残念ながら、書かれていることに驚くようなことはあまり含まれていなかった。

ただ、一つ、驚いたことがあった。

何かが起こる可能性があることは分かっていても、その実現時期や具体的な内容が分からないということの例として挙げられていたウエブについての記載には少し驚いた。「ウエブのアイデア自体が20年も前に別のシステム上で実現されていた」というものである。

1990年代前半の20年前といえば、1970年代前半。現在30歳前後の人が生まれた頃である。その頃にはもうウエブのアイデアが「実現」されていたというのである。Joy氏曰く、「ウエブが実現したのは、環境が変化したから」ということである。そう考えると、環境の変化というのは恐ろしいほどの影響力を持っているのかもしれない。

20年前に実現されていたというのは、ありえない話では無いだろう。しかし、それが爆発的に普及するためには、「環境」というものが大きな要素として存在しているということである。まさに、「環境の変化」のもたらす影響力の大きさを再認識させられた。

シリコンバレーも、その頃には、起業家はお互い誰が何をしているか十分理解しあっていたという。それがいまや、誰が何をしているかは、実は十分に把握されていない。しかし、昔からのノウハウが地域に蓄積されているからこそ、現在もシリコンバレーは活気を保ち続けているのだろう。そんなシリコンバレーという「環境」のもつ影響力も、きっと大きいに違いない!

  # by yoshinoriueda | 2005-04-14 17:13 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

Future for Nano-tech companies

SiliconBeatのエントリー「Optiva liquidates: Nanotech's first big fameout?」によると、ナノテクで有名なOptiva社が、今回追加資金を集められなければ、清算するかもしれないとのこと。エントリーの中でも
JPMorgan Partners has taken 18 months and surveyed 300 nano business plans and invested in only one: Optiva.
と紹介されているように、ナノテクの企業は、たとえ当初 非常に有望だと思われていた企業であっても、成功するのは難しいということを教えてくれているのかもしれない。

現在、活発に活動しているナノテク関係のベンチャーキャピタリストとえいば、DFJ(Draper Fisher Jurvetson)Steve Jurvetson氏の名前を挙げることができるだろう。DFJは、ナノテクのベンチャー企業に投資していくことで、「生態系(habitat)」をつくろうとしているようである。普通、この手法は、かなりリスキーである。なぜなら、大きなリスクを抱えたベンチャー企業同士の連携というのは、ヘタにつくってしまうと共倒れになる。掛け算のロジックがはたらいてしまうことが多いのである。即ち、60%の成功確率と40%の成功確率をかけると、24%になってしまうのである。足し算して100%にすることは至難の業になることが多い。

DFJの場合は、時間軸を区切りながら、ナノテクビジネスを成功させるパターンをつくろうとしている。現時点では、ナノテクを扱う装置や、パウダーなどナノテクの材料。時期を経るにつれ、2次元、3次元と、もう少し形のあるようなものがターゲットになるだろうということ。そして、今日時点では予測できないようなものが出てくるだろうというのが、Steve Jurvetson氏の見方。(Venture Capital Jounal, January 2005,)

次世代の技術といわれるナノテク。Optiva社をはじめとして、さまざまな企業がまだまだ失敗するかもしれない。しかし、その失敗は、このシリコンバレーという地に蓄積され、次の時代の成功を作り出すだろう。ナノテクの多くは、まだ物理・化学といったサイエンスの領域を出ていないが、これからどうなるか、将来が楽しみだ。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-14 12:42 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

「ゆとり」教育は間違っていない(?!)

もし、基礎的な知識を徹底的に叩き込んだ上での話であるならば、という条件節が付くけれど・・・

「ゆとり」とは、学習しなければならない内容を減らすことではなく、学生・生徒が、自分の興味があることに取り組める「時間」と「資源」を確保することができるということではないだろうか。何かを身につけるためには、普通、時間がかかるもので、一朝一夕には身に付かない。また、何かを学ぶためには、お手本や道具、コーチといったような「資源」が必要となる。そんな時間や資源を確保することができるということが、本来の「ゆとり」なのかもしれない。

そして、何かの分野で能力を持てば持つほど、より多く、そのような「ゆとり」を持つことができるのかもしれない。だから、そのように見ると、興味があることに取り組める「時間」と「資源」を確保するという「ゆとり」というものは、基礎的な知識を徹底的に叩き込んだことに対するある種のご褒美のようなものなのかもしれない。本来、「ゆとり」とは与えられるものではなく、獲得すべき特権なのだろう。

シリコンバレーの中核都市であるパロアルトのハイスクール(高校)では、アドバンスト・クラスの科目(*)を含めて、かなり高度な内容まで学習する。毎日、宿題に追われ、遊びほうけている時間などないというのが実態のよう。彼らは、基礎的な知識を徹底的に叩き込まされる。一通り勉強して、最低限必要な知識や技能を得る。そして、得た者だけが卒業できる。彼らには、さまざまな科目を勉強する機会は与えられるが、ハードワークによって、ゆとりを獲得できるかどうかは、まさに本人次第である。

「ゆとり」というキーワードだけが独り歩きして、思考停止に陥った結果なのかもしれない。受験地獄だ~、詰め込み教育だ~、過当競争だ~などというのは、子供のことを思いやっているようで、実は子供のためにはなっていないのかもしれない。実際、最低限の知識や技能は、よりよく生きていくためには必要だし、世の中、競うことはなくならない。権威者が言っているとか、法律に書いてあるとか、そんなことは、全てその時点でのお話。本当に何が大切なのか、しっかり自分の頭で考えるということが、実は、一番大切なのかもしれない。

パロアルトのハイスクールの学生たちも徐々に進路が決まり始めているとのこと。そんな彼らの勉強する姿をみて、そんなことを感じた。

***


(*)アドバンスト・クラスは、日本の大学の教養課程くらいのレベルの内容であり、この単位をとっていれば、大学に入ったとき、その科目は履修しているものとみなされる。これも、将来にゆとりを生み出す大きなインセンティブになっているといえるのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-13 09:32 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(2) | Comments(4)

インドも「アトム」の国へ?!

インドがシリコンバレーに売り込みをかけているとのこと。インドは、IT関係のアウトソーシングやソフトウエアといった「ビット(bit)」だけでなく、バイオテクノロジーや製造業といった実際のモノ(原子「atom」で構成されているモノ)についてもやってますよ~ということを、科学技術省のトップKapil Sibal氏が宣伝しに来たとSan Jose Mercury伝えている。先週、Seattleで、また、この後、Chicago、New York、Washington D.C.と宣伝活動は続くらしい。

Kapil Sibal氏によると、中国が大量に安価なモノを作るところであるのに対して、インドでは、少量で高付加価値の製品を作るところであるとのこと。たしかにインドは、ダイヤモンドの加工や、大理石の装飾など、硬いものを加工することでは、世界的に見ても非常に高いレベルにあるといえるだろう。しかし、さすがにシリコンバレーの人々からみれば、懐疑的な反応も多かった模様。

多品種少量生産で利益が上がるためには、もともとの数が大きく、それに加えて継続的な改善活動を伴う地道な生産活動が必要である。だからこそ、最初は大量生産で製造技術を高め、大量生産が出来る状態になった上で、多品種少量生産に移行することで、莫大な売上につなげることができ、会社という組織形態での継続的活動を可能とするのである。日本はかつてそうであったし、中国は、現在その途上にあることは、周知の事実である。そのステップを飛び越えることは難しい。

さらに、インドの貧弱なインフラや知的財産の保護が問題点として指摘されていた模様。知的財産の保護については、法律の改正により、徐々に状況は変わりつつあるのかもしれないが、これもまだ時間はかかるだろう。インフラとなれば、さらに時間とお金がかかることは容易に想像できる。実際、インドのインフラは、先進諸国に住む人たちからみれば、本当に貧弱である。道路や水、電力などの状況を目の当たりにすると、ほんとにこれでものづくりなど大丈夫かと思ってしまうかもしれない。

インドは、ある程度は「アトム」の国に近づいてもいいかもしれない。その潜在力は十分にある。しかし、国としての独自性を保ち続けるならば、「ビット」の国をもっと突き進むという成長モデルもあっていいのかもしれない。

日本はどのポジションにいて、どこをめざせばいいのだろう?「ソフト・ランディング」というのは、痛みを伴わない甘ったれた方法かもしれない。劇的に変えることも必要だし大切だが、「安定性」がもたらす効用を過小評価してはならない。過去に学んで、そこから未来を作り出すことが大切なのだろう。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-12 12:09 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(4)

ありがとう、ソーシャルネットワーク。そして...

思わぬ人々から誕生日のお祝いの言葉をもらった。嬉しかったと同時にビックリした。こんなサプライズがあるとは思っていなかった。だから余計にビックリしたのかもしれない。でも、お祝いの言葉をくれた方々、ありがとうございました_(--)_

驚いたもう一つの原因は、「時差」。GREEmixiなど日本のソーシャルネットワークサイトは、当然 日本時間なので、orkutなど米国のソーシャルネットワークサイトとは異なり「時差」がある。だから、カリフォルニアで迎える誕生日の前日に、お祝いの言葉をもらうことになる。しかし、よく考えてみると、大阪の天王寺で生まれたのだから、日本時間でお祝いされるのが本当の誕生日なのだろう。いずれにせよ、ソーシャルネットワークのサイトを利用していたおかげで嬉しい気分になれたのだから、ちょっと得した気分である。ありがとう、ソーシャルネットワーク。

ちなみに、「誕生日を迎えると、アメリカでは、『また、21歳になっちゃった。』とか『また、29歳になっちゃった。』というのよ。」と同僚が教えてくれた。というわけで、21じゃあちょっと言いすぎだから、私の場合、「また、29になっちゃったんです」・・・ということで。

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さて、それはともかく、自営業を営む人はどんなルートで経営アドバイスを受けたいか、というアンケート結果が Wall Street Journal に掲載されていた。男性と女性では大きな差があるが、それでも1番のルートは、個人的なメンター。2番目はソーシャルネットワーク。ここでいうソーシャルネットワークとは、かならずしもインターネット上のソーシャルネットワークを示しているとは思えない。ネットワーキング団体などを通じて知り合った人もそこに含まれるようである。

人脈とは、名刺を交換した人たちを呼ぶのではない。自分の人生や仕事に、なんらかの形でよい影響を与えてくれる人たちを、自分の人脈と呼ぶべきであろう。シリコンバレーには、そんな人脈を作るための手助けをする団体がたくさんある。日本人が多いのは、Keizai SocietyJapan Society of Northern CaliforniaSVJENJTPAなどだろうか。ちなみに、スタンフォード大学には、スタンフォード日本人会という団体があって、生活面などでの情報交換がなされている。

個人的には、現時点では、JTPAという団体が気に入っている。これは好みの問題で、その理由を明確に説明することはできないが、自分が技術系であり、JTPAには技術系に対する理解がある方々が多いということもあるかもしれないし、あるいはまた、こじんまりしているせいか、そこで出会う方々といろいろな話ができるため、相手のこともよく分かるし、自分のこともパーティートークよりは少し深く分かってもらえるからかもしれない。あるいは、単に、「有益」な関係を構築しつつある人たちと出会えたから、そう感じているのかもしれない。<注:SVJENはスタッフとして関与しているので、好き嫌いの問題の対象外です。>

あ、そうそう、代表の方 々も、非常に魅力的な方々です、ハイ。ちょっとマニアックだったりしますが... ま、シリコンバレーには魅力的な人が多いので当然といえば当然なんですが(自己フォロー) (^^;;

いずれにせよ、シリコンバレーにきたことで、いままででは考えられなかったくらい多くの人々に出会えて、本当に幸運だと思う。実際にお会いした方々もそうだし、このブログを訪れてくださった方々もそうだけれど、これもご縁ということで、今後ともよろしくお願いいたします_(--)_

  # by yoshinoriueda | 2005-04-12 07:50 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(2) | Comments(0)

シリコンバレーでICといえば・・・

シリコンバレーでICといえば、もはや、Integrated Circuit(集積回路)ではなく、今や、India & China(インドと中国)を指すのかもしれない。そんなインドと中国が手を取り合ってリーダーシップをとろうとする動きがあるようである。Wall Street Journalによれば、インドを訪問している温家宝(Wen Jiabao)首相は、
I strongly believe that if we join hands together we will certainly be able to set a new trail in the IT-business world. Combined, we can take the leadership position.
と語ったとのこと。

先日の記事のコメント欄でも書いたことだが、中国は「アトム」の国、インドは「ビット」の国という分類が私の頭の中でなされている。中国では、実際の「モノ」がつくられ、インドでは、それを動かす「ソフト」がつくられているという見方である。カシミール問題があるとはいえ、こんな両国が、しかも人口で1位と2位を占める両大国が、本当に技術的なところで協力し合う、しかもFTAを結ぶというならば、それは凄いことだと思う。

インドでは、知的財産に関する法律も改正されているようで、プロパテント政策がとられつつあるという。それに歩調をあわせる形で、ITだけでなく創薬など高度な知的財産の固まりのような産業でも、インドが重要なポジションを担うようになってきている。

シリコンバレーで存在感を増しているということは、技術という分野で、世界的に存在感を増す可能性があるということである。日本の「に」の字も出てこないところは寂しくもあるが、それが現実なのかもしれない。以前、中国、インドを訪問して、この目で見て肌で空気を感じて、そして今、シリコンバレーでこのような動きを肌で感じて、日本は一体どうすべきなのか?ということがふと心配になった。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-11 12:46 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

ビジネススクールの適齢期(?!) 

春になって、ビジネススクールを目指していた知り合いから合格の知らせを聞く機会が多くなってきた。自分のことではないけれど、とても嬉しい気分になる。中には、トップクラスのビジネススクールに複数合格していて、どちらを選ぶか迷うという贅沢な(!)悩みを抱えている人もいる。企業派遣ではなく私費で挑戦している人にとっては、卒業後の価値は切実で、他人からみれば贅沢な悩みであっても、本人にとっては深刻だということも十分理解できる。

さて、ちょうどApril 18, 2005付けのBusiness Weekでは、米国のMBAの応募者が減少している事実について分析とコメントがなされていた。記事によると、トップ30のMBAプログラムへの志願者は、1998年から30%減少しているとのこと(データ)。その原因として挙げられていたのは、

 (1)授業料の高騰(過去6年で55%上昇)
 (2)MBA卒の初任給の据置傾向
 (3)欧州のビジネススクールの相対的な良さ
 (4)企業内部でトレーニングすることを企業が好んでいる

といったようなものだった。




Editorialsには、データやインタビューだけでなく、もう少し考察らしきものが掲載されていて、「志願者が減っているということは、市場が、米国のビジネススクールに対してメッセージを送っているということである」という意見が述べられていた。企業側が、顧客を観察したり、チームで協力したり、ブランドを理解したり、異文化の中で働くといったソフト・スキルを必要としているにもかかわらず、カリキュラムが時代遅れであるといった指摘もあった。しかし、私が昨年度スタンフォード大学で見ていた授業では、企業側が必要としているところも、ある程度はカバーされているような気がしたので、このEditorialsにある指摘を完全に真に受けるつもりはないが、なるほどと感じた一文があった。

「They(corporations) also want to instill skills and values that B-schools don't, can't, or won't deal with.」

企業が内部に持つ価値観や文化のようなものは、ビジネススクールで教えることは難しい。ビジネスにおいて普遍的なものというのは、各企業にとっては、従業員が持ってくれていればそれに越したことはないものだろう。しかし、競争して勝ち残るためには、普遍的な知識や技術・技能だけでは十分ではない。そこに、企業の独自性が加わってこそ、強さが本物になり、競争の中で生き残っていくことができる。というか、ともに、生き延びていくことができるのである。

MBAというものについて自分の感覚とよく似た記載がなされているのが、MBAうらブログの「MBAについて思うこと」である。ここでは、「足し算型」と「掛け算型」という表現がなされているが、ビジネスの普遍的な部分を基礎から一通り学ぶという「足し算」型のトレーニングだと思っている人にとっては、満足度が高いとのこと。逆に言えば、ある程度基本的なことが分かっていて、何かを深く学ぼうとする「掛け算」型のトレーニングをしたいと思っている人にとっては、注意深く授業を選択するなどの工夫が必要ということかもしれない。

ちなみに、ビジネススクールに「人脈」を求めるという人がいる。これは、活かせるかどうかはその人次第なので、なんとも言えないが、ビジネススクールでの仲間というのは、ともに苦労した仲だから、そのつながりは貴重であることは事実。まぁ、しかし、これも、仕事を通じて、あるいは、他の活動を通じて、といったこともありえるかもしれない。

ビジネススクールの授業というのは、私に言わせれば、「道場」のようなものなのだから、基礎を鍛えたいという人にはいいと思う。ただ、ビジネスの基礎を身につけたり、人脈を得たりするのは、何も、ビジネススクールでなければならないということはないだろう。また、ある程度の基礎があると、あまり面白くないというのも事実のようである。なぜなら、知的好奇心という点で、ほとんど刺激を受けることができないからである。たとえ学生に社会経験があったとしても、5年程度だから、発言内容としては浅い場合も結構あった、というのも強ちウソではない。

経験の蓄積ということを考えると、やはり、年齢的な適齢期というものは存在すると思う。40歳近くになって基礎を鍛えているようでは、やはりちょっと遅いかもしれない。まあ、人生長いから、そう焦ることもないし、寄り道もあっていいから、ぼちぼち行こか~ というのもアリだろう。しかし、もし可能なら、社会人になってから5年くらいの経験を経て、ビジネススクールなどで一気にビジネスの基礎を固めてしまうのは、非常に効果的だとおもう。そう考えると、30歳前後というのがいいのかもしれない。ま、理想論ということで。

最近は志願者が減っている分、クラスの規模を縮小するといったビジネススクールも出てきているらしい。現在、ビジネススクールに在籍している人の感触では、最近、また、日本人が徐々に入りやすくなってきているとのこと。あと数年もすれば、さらに入りやすくなるという噂も...。数字があるわけではないのでなんともいえないが、クラスを縮小するにも限界があると思うので、志願者が減っていることを考えると、入りやすくなっているというのは事実かもしれない。というわけで、現在、大学や大学院で学んでいる人から、社会人5年目くらいまでの人には、米国のビジネススクールで学ぶというのも、選択肢として考えていいのでは、と感じる今日この頃...

  # by yoshinoriueda | 2005-04-10 23:31 | いろいろ読んで考える! | Trackback(3) | Comments(0)

Stanford UniversityのCommunity Day

シリコンバレーは今日もいい天気。今日は、スタンフォード大学Community Dayというイベントが行なわれていた。今年で4回目とのこと。Main Quadに向かうMemorial Courtは、親子連れでいっぱい。知り合いにもたくさん出会う。

いずれにせよ、このような形で開放されていると、大学の様子もなんとなく分かるので、親しみは湧くかもしれない。きれいなキャンパスだからこそなせる技なのかもしれないが...

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  # by yoshinoriueda | 2005-04-10 14:52 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(3)

知らない人に話しかけるコツ(18禁?)

書きたいネタはたくさんあるのだが、なかなか考えがまとまらない。そんなわけで、今日も「つれづれ」ネタ。

週末のSan Jose Mercuryには、Styleというファッションやゴシップ、ライフスタイルなどの関係の特集がある。そのなかで、「Single people need to take initiative」という記事があった。

独身の人で、出会いを求めているなら、本屋やデパート、コーヒーショップ、ガソリンスタンドなどで、異性に話しかけるといいのでは?というありがたい(!?)お言葉... しかも、これ、本になっているよう..."Always Talk to Strangers : 3 Simple Steps to Finding the Love of Your Life"

本当にこんなのがうまくいくのか試してみたことがないので分からないが、もし、アメリカに独身で来て、出会いがあってもいいとおもうなら、こんな本も役に立つのかもしれない。

ちなみに、ビジネスという視点でみても、米国のインターネットサイトでは出会い系サイトが、サービス系のサイトでは一番売上を立てやすいようなので、こんなアドバイスの本が出ていても売れるのかもしれない。日本ではどうなんだろう?

  # by yoshinoriueda | 2005-04-10 09:37 | 18禁(*^^*) | Trackback | Comments(0)

"Don't be 恋 w/ me"


DON'T BE KOI WITH ME、なんて、シャレてるなあとおもったら、COLOROF THE ZEN-TURYとか、OSAKA-TO-ME ORANGEとか、KABUKI QUEEN、MISO HAPPY...

もうワケ分かりません...

これら全て、ブログ:ロサンゼルスな理由で紹介されていたOPIJapanese Collectionの商品名です。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-09 22:06 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(2)

インターネットのセキュリティーとセレブな食器♪の関係---

昨日までの雨はすっかりあがり、朝から晴天。見上げると、空が青いな~、ということだけを感じて、少し癒される気がする。

シリコンバレーの地元紙San Jose Mercuryには、GoogleのSchmidtやPage、Brinらの給料が$1だという記事や、i-podならぬ"trauma pod"の話題、スパムメールを送ったJeremy Jaynesが9年の禁固刑を言い渡された話題などが掲載されていた。

Google
の創業者のような成功した起業家は、ある程度の株を持っているから、それを売れば現金は手に入るわけで、日々の生活に齷齪するような庶民とは違うので、$1という給与であってもなんの問題もない。実際、先日、彼らがスキーに行ったという話も耳にした。(ホントかどうかは定かではないのだが・・・)


さてさて。それはともかく、シリコンバレーらしい話題だと思いながらページをめくると、VerisignWilliams-SonomaのCEOをボードメンバーに加えるという話題に目が留まった。

Williams-Sonomaといえば、奥様御用達のブランド ♪



食器やダイニングに関係する商品はとても洗練されていて、店内は、女性でなくとも目で見て楽しめるところである。当然のように我が家にも食器などがあるのだが、昨夜私が子供たちのために作った「お粗末チャーハン」なぞ、ちょっと似合わないような雰囲気...(^^;

そのCEOが、インターネットの会社のボードメンバー?

不思議に思って、Williams-Sonomaのサイトで経営陣の略歴のページを見てみると、CEOのEdward Mueller氏は、テレコム関連の経歴をお持ちのよう。そんなEdward氏がVerisignのボードに入るのは、とりわけヘンな話ではないだろうと納得。

逆に、どうして現在Williams-SonomaでCEOなのか?というところのほうが興味が湧いた。

このEdward氏、 2003年1月からCEOのポジションに在籍。1999年から、Williams-Sonomaのボードメンバーだったようである。それ以前には、SBC AmeritechというSBC Communicationsの子会社で$40Bのビジネスを仕切るCEOだったとのこと。SBCグループには1968年入社ということだから、私が生まれる前から(!)SBCの電話関係ビジネスを経験され、Pacific BellやSouthwestern Bell Telephoneの社長兼会長や、SBC International Operationsの会長なども経験されている。ちなみに、Missouri大学でエンジニアリングの学位を、Washington大学でMBAをとっている。

これだけの経験があれば、どうやって商品やサービスを提供すればいいのかということも分かるだろう。ビジネスの分野は、通信と消費財というところで異なっても、基本は同じなのかもしれない。米国通信業界の推移をみると、Edward氏が通信ビジネスをされていたころのアメリカは、規制産業の色合いが濃いかもしれないが、規制が緩和されてから、「通信=インフラ」ではなく、消費財メーカと同じような位置づけになってきているようにも見える。すべてはお客さまが基本。プロフェッショナルなサービスを提供してこそ価値が生まれ、生き残ることができる。

いずれにせよ、Williams-Sonomaという会社は、ハイテクではないけれど面白い。どんなふうに取り上げられていたか全く忘れてしまったが、スタンフォード大学のビジネススクールでも授業のなかで出てきた覚えがある。株価も長期的には伸びている様子(Yahoo! Finance)

Verisignを取り巻くビジネス環境は、昨今インターネットのセキュリティーが話題になっているように悪くはない。そんな中で、Edward氏のWilliams-Sonomaでの経験をうまく取り込むことができれば、さらに伸びるのかもしれない。両社、請うご期待!というところか...

  # by yoshinoriueda | 2005-04-09 10:49 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

スペースシャトル打ち上げ再開とSiC

チャレンジャー、コロンビアと事故を繰り返しているNASAがスペースシャトルの打ち上げを再開するとのこと。毎日新聞によると、
野口さんは「コロンビア」の事故で亡くなったウィリアム・マックール操縦士と親しかった。マックール操縦士は大リーグファンで、野茂英雄投手(デビルレイズ)の活躍などを語り合ったという。このため、「彼への友情を示したい」と大リーグで活躍する日本人選手にボールへのサインを依頼。野茂投手やヤンキースの松井秀喜外野手、マリナーズのイチロー外野手、メッツの松井稼頭央内野手など7選手が協力した。
とのこと。

理系白書ブログの元村有希子さんも頑張って取材されている様子。毎日新聞のウエブサイトでは、カタ目のレポートをちょこっと(といったら失礼だが(^^;)載せておられるが、ご自身のブログのほうでは、NASAの広報姿勢だとか、アイリーン船長の話だとか、SMAPの「香取君と吾朗ちゃん」が来てた話だとか、名刺入れをなくした話だとかが載っていて、なかなかおもしろかった。

コロンビア号は、発射時の外部液体燃料タンクから落下した断熱材が、オービター(スペースシャトル)の翼を直撃して、亀裂を発生させてしまったことが、大気圏に再突入した際に、大気との摩擦熱と振動に耐え切れず破壊されてしまったというがある。スペースシャトルの主翼の前側の素材、RCC(Reinforced Carbon-carbon:強化カーボン)には、シリコンカーバイド層でコーティングされ、熱に対する耐性を発揮するのだが、このシリコンカーバイド(SiC)層がうまく生成されていなかったことも事故原因の要素になっているようである。

SiCという化合物は、耐熱性、化学的安定性といった特徴があるのに加えて、半導体の材料であるシリコン(Si)に比べて、高い電圧に耐え、電力の損失も少ないため、省エネルギー・高出力対応の次世代半導体素材として注目を浴びている。昨年末には、ローム従来比1/40の低損失SiCパワーMOS FETを開発したと発表するなど、デバイスとしての開発も進みつつあるようである。

ちなみに、このロームの製品は、豊田中央研究所が開発したRAF成長法(Repeated A-Face growth method)と呼ばれる方法で作られた高品質な単結晶がベースとなっている模様(日経エレクトロニクス No.893)。こんなところでもトヨタグループ...恐るべし!

ちなみに、SiCといえば「PBMR」とピン!とくる方は、かなりのオタクです(^^; (昔々、あるところで、こんなこと等いろいろ勉強していたな・・・と懐かしくなりました。)

  # by yoshinoriueda | 2005-04-08 12:33 | いろいろ聞いて考える! | Trackback(1) | Comments(3)

まだ雨期は続く・・・

シリコンバレーはそろそろ雨期が明けてもいい頃なのに、外は、朝から もう夕方のような暗さ。

車に乗るまでの少しの間でも、セーターがないと寒いくらい空気も冷えていて、熱いコーヒーが欲しくなる。

Redwood Cityを走るハイウェイ101号線には、たたきつけるような雨。

空が一生懸命 大声を上げて泣いているかのよう...

何を忘れたいんだろう?何を忘れたくないんだろう?

  # by yoshinoriueda | 2005-04-08 08:26 | つれづれなるままに... | Trackback | Comments(6)

シリコンバレーはゲルマニウムバレーになるところだった?!

ムーアの法則が、今月40周年を迎えるとのこと。インテルの共同設立者、ゴードン・ムーア(Gordon Moore)博士が1965年に提唱した経験に基づく法則で、「1つのチップ上に集積できるトランジスタの数はおよそ2年で倍増する」というもの。なお、当初は、「毎年2倍」になると言っていたようだが、10年後の1975年に改め、「2年で2倍」に変えたとのこと。
 参考:Electronics(1965年4月19日号)に掲載された論文[PDF file]

インテルは、「ムーアの法則に限界は見あたらない」と言っているようだが、この際、どこまでも行って欲しいものだ。

日本ではブロードバンドが普及しているし、周波数割り当てについても「いっぱいいっぱい」のところでやっているから、あまり真剣に議論されていないかもしれないが、このインテルは、WiMAXという無線通信技術についても推し進めていく模様。時速120km/hで移動しててもつながるなんて、どこまで仕事させるんだ!じゃなくって、どこでもつなげられるようになりつつあるということ。

さまざまなサービスがこの上に載ってくる可能性はあるが、その展開はもう少し先の話になりそうな雰囲気。その前に、これらのインフラを整えるための半導体関係のベンチャー企業がここ数年の間に鎬を削ることになるだろう、というのがシリコンバレーの中での見方だろうか。

さて、それはともかく、San Jose Mercury「ムーアの法則40周年」という記事によると、初期のトランジスタはゲルマニウムでできていたのもあったようだが、コストの面でシリコンが勝ったとのこと。もしゲルマニウムが勝っていたら、「ゲルマニウムバレー」になっていたかもしれない("・・・we might be living in Germanium Valley.")とのこと。

ムーアの法則から、たった40年。されど40年。シリコンバレーが、現在のようなイノベーションの源泉となるまでには、長い年月が必要だった。ドッグイヤーで7倍のスピードで進んでいたとしたら、280年分。2005年から280年前といえば、江戸時代?確かに日本は江戸時代の影響を引きずっているかもしれない。しかし、それも歴史。それが現在の文化と社会を作っている。自治体や国が、10年やそこらでシリコンバレーのような地域を日本のどこかに作れたとすれば、それは素晴らしいことだろう。

焦らず、驕らず、怠らず。結局、何でも、少しずつでも積み重ねるしかないのだから...。

  # by yoshinoriueda | 2005-04-07 12:52 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(0)

Appleに対抗した日本のi-pot

昨日の晴天とはうって変わって、雨模様のシリコンバレー。San Jose Mercuryのビジネス面には、"Kettle of Comfort"としてi-potが紹介されていた。Appleのi-podではなく、象印のi-potである。「日本の湯沸しポットは、お湯を沸かすだけでなく、通信もできるんだぞー!」ということで、メール機能はないものの、利用状況を通信によって監視できるということで、孤独な高齢化社会を象徴するようなプロダクトといえるだろう。でも、セグウェイと同じくらいかなりニッチ。ブレイクするのか?!

  # by yoshinoriueda | 2005-04-07 07:46 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(3)

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