「『異質性』が豊かな発想につながり、日本の仏教思想が科学の進歩の根底にある」
2013年 11月 04日
河野臨床医学研究所北品川クリニック・予防医学センター所長の築山節氏が、プロ中のプロになるために欠かせない豊かな発想を身につけるには、「異質性」のある世界に身を置く必要があると指摘している(「構想力に科学が挑む」NIRA2013年10月)。氏の指摘は、一〇年も努力を続ければその分野のプロに一応なれるが、群を抜くプロ中のプロになるには、一〇年の努力の先にある「果てしない成熟段階」を経なければならない、その段階で重要なのが異質性との遭遇だというものだ。同質性集団に長く身を置くと構想力や発想力が横並びになりかねないという理由である。たしかに、異質性が豊かな発想につながるというところはあるかもしれない。
ただ、このコラムでは、公開されていない後半部分に、少し変わった話が書かれていた。それは、般若心経という仏教の教えの真髄と、ものの理を極める物理学との間に共通性があるというところである。その理由やメカニズムは紹介されていないが、これまでの日本の科学を進歩させた人たちの言葉の中に、そのようなものを見出した模様。
高校時代、物理の楽しさにとりつかれていた頃、図書館にあった般若心経の本をむさぼり読んだ記憶があるが、それは偶然ではなかったのだろうか?ふと、そんなことを感じさせられたコラムだった。