「フラット化する世界(上)」
2010年 01月 23日
逆に、ネットのもたらしたインパクトがよく分からない人は、これを読んでも分からないかもしれない。
とはいえ、いくつかの示唆は、今でも健在。例えば、ハーバード大学の政治哲学者マイケル・J・サンデルの説明
マルクスは資本主義を辛辣に批判する一方で、垣根を壊して世界的規模の生産体制と消費システムを作り出す資本主義の力に畏敬の念を抱いていた。資本主義は封建的・国家的・宗教的帰属意識をすべて解体する力であり、市場の必要性に律されている世界共通の文明の勃興をもたらす・・・愛国心や宗教のような、なだめすかしてごまかす手段がなくなると、労働者は搾取されていることに気づいて、それを終焉させるために蜂起する・・・(p.331)というところ。確かに資本主義はスゴい力を持っている。マルクスはその本質を見抜いていたんだなーと、改めて感心。
また、在日アメリカ商工会議所理事会を会頭として15年仕切ったグレン・S・フクシマ氏が、EUのエアバス・ジャパンの代表取締役社長兼CEOに就任した途端、東京のアメリカ大使館から、在日アメリカ商工会議所理事会とアメリカ大使館との月例会議にはもう出席するには及ばないと言われ、フクシマ氏が
「私はいまの時代に応じて、従来とは違う新しいことをやっているんです。それは国家という枠で明確に割り切ることはできない」グローバルな企業の経営幹部の国籍と、企業の本社のある地理的な場所と、経営幹部が重要な事業を行なっている市場のあいだには、もはや相関関係など存在しない(p.349)と語っているところ。同じアメリカでも、シリコンバレーのベンチャーなら、国籍は問わず、最高の人材を集めることに必死になる。こんな頭のカタイことを言っているのは、旧態依然とした企業や、凝り固まったオエラい方々だけなのかもしれない。
第6章「無敵の民 - 新しいミドルクラスの仕事」では、偉大な共同作業者・まとめ役や、偉大な合成役(シンセサイザー)、偉大な説明者、偉大な梃入れ役、偉大な適応者(アダプター)、グリーン・ピープル、熱心なパーソナライザー、数学大好き、偉大なローカライザーといったものが紹介されていたが、アメリカ人が「偉大な適応者(アダプター)」を新しいミドルクラスの仕事として挙げているのは面白い。
IT産業には特化した社員よりも、適応能力が高い多芸多才な社員を求める傾向が強くなっている・・・「なんでも屋(バーサタイリスト)」というのがその言葉だ。「スペシャリストは技術力が高いが、視野が狭く、仲間内では認められるような専門技能に長けているが、分野を離れたところではあまり高く評価されない。ゼネラリストは視野は広いが、技術力は低く、対応して行動するのはまずまず迅速だが、十分な技倆を示すことができず、同僚や顧客の信頼が得られない場合も多い。これに対して、なんでも屋は、持ち場や経験の範囲が徐々にひろがるのに合わせて技術力を応用し、新たな能力を身につけ、人間関係を築き、まったく新しい役割を担う」なんでも屋は、たえず適応するだけではなく、学び、そして成長する。(p.411)もっと専門性が高いところを目指せという話かというと、そういうわけでもない。専門分野は、急速に陳腐化する虞があるから、それにこだわらず、それに頼らず、貪欲にいろいろなことを学んで成長し続けろということだ。
日本の武道や茶道など「○○道(どう)」というのに近いような気がする。「○○道」は道は違えど、どれも常に磨き続けることが求められる。ま、好奇心旺盛なら、どうしてもそうなってしまうような気がするのだけど(^^;;
日本に(も)学べ、ということを、今度、フリードマン氏にも教えてあげよう~♪