2008年 01月 12日 ( 1 )

 

「啐啄同時」(そったくどうじ)

2008/1/11の電気新聞の新春対談で「啐啄同時」(そったくどうじ)という禅の言葉が紹介されていた。ヒナが卵の殻の内側からコツコツと叩くことを「啐(そつ)」と言い、親鳥が卵の殻の外側からつつくことを「啄(たく)」と言うらしい。対談では、「教える側と教わる側のタイミングが合わないとうまくいかない」といった解釈がなされていた。

子育て中の母親というのは、仕事に家事、近所づきあいに子供の教育、自分のことや夫のことなど、しなければならないことがたくさんあって、とても忙しい。父親も、同じように忙しいだろう。要領よくしなければ、あるいは、何かを犠牲にしなければ、なかなか回らないというのがフツーかもしれない。

ただ、どんなに忙しくても、子供が質問したときには、親として、子供の疑問に真摯に向き合って、一緒に考えなければならないと思う。たとえ答えが分からなくても、それは大して重要な問題ではない。一緒に調べるとか、一緒に考えるといった過程を子供と共有することで、子供は学び方を身につけていく。そちらのほうが大切だ。

「啐啄同時」という言葉に出会ったので、これに当てはめて考えてみると、子供が質問しているというのは「啐」であり、それに何らかの形で応えるのが「啄」なのだろう。言葉を知らない赤ん坊なら、泣いている状態が「啐」であり、抱き上げてなぜ泣いているのかを探るのが「啄」かもしれない。

先の子供が質問をした場合、親が「忙しいから質問しないで。」といった答えを返してしまうと、子供はやる気を失う。せっかくの成長の機会を奪ってしまうことになる。子育てというのは本当に「まったなし」だ。

親は自分のペースでやればいいという考え方もあるが、生活の基本となるいろいろなことを教えたり、子供が何かを訴えているときには、「まったなし」に対応していかなければならないと思う。いろいろな親のスタイルを目にすることがあるが、子育ての中でも、何かを教えるといったことに関しては、「啐啄同時」というのはとてもいい考え方だと思ったのでメモ。

参考サイト
すべてのことには時がある
常明院(寺尾慈教)のサイト内「A63,卒啄同時 (そったくどうじ)
神応寺のサイト内「第88話 啐啄同時 鏡清禅師 親鳥 雛 巣立ち 機縁

  by yoshinoriueda | 2008-01-12 22:14 | 思うに・・・ | Trackback | Comments(0)

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