ウォートン経営戦略シリーズの「
顧客投資マネジメント - 顧客価値の可視化によるファイナンスとマーケティングの融合」(スニル・グプタ、ドナルド・R・レーマン著、英治出版)は、
精緻を目指してまちがうよりは、漠然とでも正しいほうがいい(p.17)
という大前提に基づいて、「顧客価値」に基づくマネジメントの重要性を述べた一冊である。
ファイナンスとマーケティングの両方の視点からそれぞれ眺めてみると、大前提にあるとおり、「漠然と正しい」ことが書かれてはいるものの、どちらの視点からも中途半端、かつ、紹介されている概念が古く、web1.0の世界にも程遠いところに位置しているように見える。だから、古きよき時代を謳歌する日本の大企業のマーケティング担当とファイナンス担当の役員にとってはちょうどいい一冊かもしれない。
ウォートンといえば世界に名だたるビジネススクールだから、新たな視点が含まれた最先端をいく内容かと思ったが、とてもオーソドックスで少しがっかりさせられた。ここからビジネススクールの良し悪しを判断するのは、針の穴から世界を想像するようなものではあるが、
スタンフォード大学のビジネススクールの授業でも非常に古いケースを使った話が多かったことを考えると、米国のビジネススクールの提供しているレベルの程度はだいたいこんなものなのだろうかとついつい邪推してしまう。
「漠然と正しい」ことを目指したようなので、言わんとすることはおおよそ分かるのだが、逆を言えば、もう一歩踏み込んだ分析や見解を示してほしいと思うところが多い。例えば、フロリダ州オーランドの
ディズニー・ワールドの話。
経営層にとって驚きだったのは、多額の費用をかけてもオーランドを訪問するゲストを獲得できるディズニーブランドの強さの一方で、ゲストが実際にディズニーに落とす金額の割合は、ほんのわずかだったことである。ゲストの旅行費用における顧客内シェアを拡大するために、文字どおり「金」の流れを追ったのだ。その結果、ホテルを敷地内に建設し、さまざまな飲食店を開店させ、クルーズシップの運航まで始めた。こうした投資のおかげで、ディズニーは顧客内シェアを大きく獲得したのである。
確かに、
ディズニー・ワールドの敷地内のホテルに宿泊すると、バスも運行されているし、飲食店もあるので、それ以外のところに行く必要性はないのだが、逆に、混んだ店で、脂ぎったピザやふにゃふにゃのパスタしか食べることができなくなるということにもなり、そんな食事が続くと辟易するということにもなるのである。そして、その結果として、リピーターになろうとは思わない場合もある。顧客価値について述べるならば、経営者の視点だけでなく、このような顧客の視点を交えて、もう一歩踏み込んだ分析なり見解なりを見せて欲しいものである。
訳語の選択が気になるところもあった。例えば、「米国:ワイヤレス通信業界の事例に学ぶ(p.112)」というタイトルを見ると、携帯電話以外に、Wi-Fiを利用したような無線によるインターネット接続をも含むのかと思ってしまう。しかし、本文を読んでいくうちに、携帯電話に関する話であることが分かった。業界や事情を知らない人が和訳しただけのレベルになっているようで、どうも読みづらい。
ただ、示唆に富む一言が最後に書かれていた。
思想家エマソンの「愚かな首尾一貫性は狭い心が化けた物である」という名言のとおり、不振企業は物事の全体像を捉えていないため、自らのビジョンの「光と影」を見逃すだろう。(p.221)
この言葉は、「首尾一貫は大切だが、『愚かな』首尾一貫性はダメなのだ」ということを教えてくれている。こんな示唆を得ただけでも良かったというべきなのだろうか。世界に名だたるビジネススクールなら、もう少しマシなものを出してほしいものである。そんなことを感じた。