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全てが、「変化」への準備になる

「変化に対応できないことが最大のリスクである」ということは、いまや自分の中でも当たり前のことのようであるが、身に沁みて実感している人が言うと、重みが増すものである。

変化に対応していくためには、実力と実績、そしてそれらを表現する力が必要である。実力をつけるためにも、実績を残すためにも、経験は必要であるが、経験だけでは大きな価値を生み出すことにはならない。経験の中で、何を考え、何を学び、誰と出会い、どんな信頼を勝ち得てきたか、これが大切である。

全てが次への準備である。スキーでたとえるなら、ターンの中の各時点が、次の動作の準備になっているということである。常に備え続けて、時を捉えて行動に移すことができるしなやかさをもつこと。これが変化に対応するために一番必要なことではないだろうか。

  by yoshinoriueda | 2004-09-10 15:19 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(0)

遺伝子を調べることによって起業家の資質が分かるか?!

2004年9月3日付け日経産業新聞の先端技術面に面白い話が載っていた。新規探索性遺伝子というものがあるらしく、この働きが強いと、好奇心や探究心が旺盛で、新しいものに挑戦的なうえ、タフであるらしい。記事では、この遺伝子以外に「環境」が大切だと述べられていた。

ということは、近い将来、遺伝子を調べることによって、この働きが強い人を選び、シリコンバレーのような起業家精神溢れる環境におくことによって、起業家を輩出することができるようになるかもしれない?!...ということになるのだろうか。まさかネ...

  by yoshinoriueda | 2004-09-09 10:53 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(2)

学歴と起業の関係、起業家教育の意味

2004年9月7日付けのThe Wall Street Journalに、学歴と起業の関係に関する記事が掲載されていた。調査によれば、高等教育を受けずに起業に至った人たちは、necessity-based entrepreneurshipであり、高等教育を受けている人たちは、opportunity-based entrepreneurial activitiesを行なう傾向があるとのことである。

起業家のうち、17.8%は専門学校や技術系の学校、あるいはビジネススクールを卒業しているが、その一方で、高校を卒業しただけの人も10.4%、高校を中退した人が12.0%、大学を中退した人が13.7%いるとのことである。

米国では、起業家教育が盛んだと言われているが、実際、Palo AltoのトップスクールであるGunn High Schoolではそんな教育はなされていないし、さらに若い年代層についても同様である。そんな中で気づきつつあった「personal financeを教育しなければならないような人たちは、necessity-basedなのではないか」という私の仮説を裏付けるデータに出会えたような気がする。

日本では、起業家教育を総合学習の時間に導入しようとしているが、これは、生徒のやる気を促したりするために用いられることが多く、まだnecessary-basedな起業家のためのものではなく、精神論に終わっているだろう。平和なことではあるが、今後のことを考えると、ビジネスの雰囲気を知ることもさることながら、小さなビジネスをやってみることによって、基礎・基本の大切さを見直す機会にするべきではないだろうか。

  by yoshinoriueda | 2004-09-09 09:59 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

感動のある高等教育@スタンフォード大学

2004年9月6日付の日本経済新聞に早稲田大学のカワン・スタント教授のコメントが掲載されていたが、スタント氏は、「感動が生まれることにより、いっそう、前に進みたくなるということが、日本の高等教育に一番欠けている」と述べている。これを読んで、6月までスタンフォード大学で受けた工学系の授業での感動を思い出した。

電気工学の授業では、ルーターの基本原理から解説がなされていたが、一気に、その根本的な理論まで深まったかとおもうと、実際、どのような機器が販売され、運用されているのかといった例まで広がった。このような授業の深みに感動するだけでなく、参加している学生の質の高さにも感動した。

基礎となる確率論などは、補講としてチューターが担当し、教授は、それが分かっているということを前提に授業を進めている。よって、授業中も、かなりの質問に対するなんらかの回答が学生からなされている。

スタント氏は、日本の大学では8割が授業についてこれないと言っていたが、基礎理論程度しか教えない日本の授業でそれだけの数しかついていけないというのはお寒い状況ではないだろうか?大きな差を感じるのは、決して私だけではないはずだ。日本の先生方には、スタンフォード大学など、米国の高等教育のあり方を、本当にしっかり見ていただきたいと切に願う。

  by yoshinoriueda | 2004-09-08 04:33 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(1) | Comments(0)

富の源泉から富を生み出そうとする活動を肌で感じて思うこと

青色発光ダイオードの発明裁判第一審で代理品として200億円の判決を得た弁護士の升永英俊氏は、「富のルール」の変遷を原始の時代から調べ、今は「オリジナリティーが富の源泉」との見解を示している。(日本経済新聞2004年9月6日付衛星版)

確かに、農産物から原材料や工業製品に富の源が移ってきて、今は、形には見えにくいアイデアなどが富の源泉となっている。ここ、シリコンバレーで、毎日のように新しいアイデアをビジネスにつなげていく活動を見ていると、その流れを感じることができる。

傍観者としてみていると、流れを感じることはできる。しかし、実務者として起業なり、起業支援に従事しなければ、流れを作り出したり、その方向を変えたりすることはできないような気もする。

富の源泉から富を生み出す活動は容易ではないが、非常にエキサイティングである。常に勉強し続け、その分野でトップにちかいところに位置することにより、流れを作り出していくことができる。そして、できる限り早く走り続ける。ここシリコンバレーでは、このような感覚をもつ人たちが集まり、さらにその感覚を研ぎ澄ましていっているような気がする。

おーい、日本。大丈夫か~い?!

  by yoshinoriueda | 2004-09-08 02:34 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

「技術評価で使われる手法」として実しやかに紹介されているが...

日経BP社の「最新 技術評価法」(寺本義也、山本尚利、山本大輔)には、「リアルオプション技術評価法などの先進的技術評価法は、大企業の技術戦略家とベンチャーキャピタリストや機関投資家との間に共有される手法となった。」(p.57)という記述がある。

確かに、リアルオプションの手法は知っていても損はないが、別に、「共有される」とまでいえるほどの手法ではないのではないか。所詮、コンサルタントの言い訳の道具に過ぎないような気がする。

それに、第3章にかかれているPL-X社のTRRUという指標。「企業価値の参照値として極めて有用である」(p.75)というほど有用だろうか?これも、他人がデータベース化したものを権威あるものとしてとらえ、それを言い訳に使おうとしているように思える。

体系的に考えるとか、多くの人を説得するために数字を利用するということに問題はないが、ちょっとキーワード的に受けそうなものや、一例を取り上げて万能であるかのように説明するのはいかがなものか?

著者らには、日本の有名私立大学のビジネススクールにおけるMOT教育関係者も含まれているが、こんな内容を本気で教えているとしたら、日本のMOT教育はますますおかしな方向に行くのではないだろうか?

  by yoshinoriueda | 2004-09-03 14:58 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

もしも電車で通勤できたなら、シリコンバレーの気質は変わっていたのではないだろうか...

毎朝、ハイウエイ101を使って通勤しているときに感じるのだが、もし、シリコンバレーにおいて、公共交通機関が発達していて、安全で快適に通勤できたなら、シリコンバレーの気質は変わっていたのではないだろうか?

車間距離が開いていると、すぐに割り込んでくるし、快適に100km/hくらいで走っているかと思えば、突然急ブレーキをかけなければならなくなったりすることもあり、何が起こっても不思議ではない国とはいえ、あまりに何でもありすぎる!

バブルのころと比べると渋滞は緩和されたとの声も聞くが、それでも朝夕のラッシュアワーには渋滞している。カーブの手前やサンフランシスコ湾を横断する橋につながっている出口の手前、他のハイウエイとの交差の手前など、渋滞するべくして渋滞しているところがたくさんある。これに加えて、事故や故障による渋滞も多い。

車を使うと、どこにでもいけるという自由はあるが、このような渋滞に巻き込まれて時間を浪費したり、運転で神経をすり減らしたりしなければならない。それでも、ハイウエイに「飛び込」んだら、隙間を狙っては「Fast Track」の左レーンに移り、できる限り早く目的地に到着するよう「頑張る」。もちろん、みんながみんなそうではないし、BMWなど高速走行を得意としているような車も多いので、「頑張」ってはいないのかもしれない。しかし、ハイウエイを走っていると、チャンスを見つけてそこに飛び込み、できる限り早くお金持ちになるようみんな頑張るというベンチャービジネスに共通した要素を感じるのである。

集中力があれば、この状況は楽しむことができる。しかし、人間、ずっと集中してはいられない。ビジネスでいえば、先頭きって走る企業や、他の企業よりも早く走って引き離そうという企業を引っ張っていくには、かなりの集中力が必要であるということになるのかもしれない。そう考えると、この国では、時間をかけてできる限り正確な決断をするといったこれまでの日本的な経営とは少し異なる経営手法をとらなければならないのかもしれない。逆に考えると、西部開拓時代から、シリコンバレー近郊でも、日常的に電車で通勤していたなら、彼らの気質は変わっていたかもしれないなーと想像してしまう毎日である。

  by yoshinoriueda | 2004-09-03 02:49 | シリコンバレーで感じる! | Trackback | Comments(0)

お客さまを満足させるべきなのか?

「顧客満足度1位になりました...」

そんな表現を目にすることがある。しかし、お客さまに満足していただくことで終わっては、友達以上恋人未満のような「いい人」に終わってしまうように、次に続いていかない。何かが足りないと常に思わせ続けることで、惹き付け続けるという高度なテクニックを使うことができれば、それは一つの戦略になりえるのではないだろうか?でもどうしたらいいのだろう?答えは見つけ切れていないが、きっと、なにかどこかにあるような気がする。

  by yoshinoriueda | 2004-09-02 15:04 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

理想のMOT教育とは?

8月30日付の日経産業新聞24面の眼光紙背に「地図を見て新発見はない」という記事が載っていた。「地図を見て、新しい島を発見しようとしてもだめだよ」という先輩の忠告から始まるこの記事は、MOTが単なる「企業内技術官僚を醸成」するだけに終わらないかと危惧している。

8月28日のこのブログのエントリーで、MOTは役に立つかということを考えたのだが、同じような時期に同じようなコメントが出てくるのは、決して不思議ではないのかもしれない。

スタンフォードで起業家教育をテーマとして研究をしていたころにも感じていたのだが、起業家教育を受けなければ起業家として成功しないかというとそんなわけでもない。ビルゲイツは起業家教育を受けただろうか?マイケルデルは起業家教育をうけただろうか?彼らが起業家教育なるものを受けていれば、今以上に成功しただろうか?MOTを一つの起業家教育と捉えるならば、別にそれを受けていなくとも、成功する人は成功するだろう。

では、理想のMOT教育とはどんなものなのだろうか?ヒト・モノ・カネという三要素を考えたときに、教育として捉えるならばヒトに視点が行くのだが、カネをつかってモノ(サービスやそこに含まれるナレッジを含む)を生み出していく経験をしていくことで、ヒトは育っていくのではないだろうか?実践が実力をはぐくみ、実践がヒトを育てる。このサイクルをうまく作っていくことが大切だと思う。そして、それが真のMOT教育になるのではないだろうか?

  by yoshinoriueda | 2004-09-01 05:11 | いろいろ読んで考える! | Trackback(1) | Comments(2)

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