絶対オススメッ ☆ 第4回JTPAシリコンバレーツアー ☆ まもなく募集開始!

シリコンバレーの日本人ネットワーク団体JTPA(Japanese Technology Professionals Association)が、来る2006年3月9日(木)~12日(日)に、学生や若手社会人を対象とした第4回のシリコンバレーツアーを開催するようで、12月から受付が開催されるようである。

このツアーは、シリコンバレーを感じる絶好の内容となっている。20名しか参加できないようだが、逆に言えば、非常に濃いネットワークができるわけでもあり、シリコンバレーやベンチャー、ハイテクなどに興味がある若手には絶好の機会なので、我こそは!と思う人には、絶対オススメっ!

参考:イベント情報 : 第4回JTPAシリコンバレーツアー参加者募集

  # by yoshinoriueda | 2005-11-16 08:22 | シリコンバレーで感じる! | Trackback(3) | Comments(2)

楽天・ライブドアなど日本のネット企業は時代遅れ!?

と題した日経BP社のサイトにある記事を見た。ちょうど、講座「シリコンバレーのベンチャーに学ぶ」を振り返ってというエントリーを書いた中で、どちらの企業もアリだと書いたので、タイムリーな話題だなぁと思って読んだ。中でも、大前研一氏の
(楽天がTBSとの経営統合を目論むという行動を評して)
実物経済にしがみついていれば、転んでもそこに何かは残る。おそらく、そう考えたのでしょう。そこに三木谷氏の弱さが出たと私は見ています。
という見方は面白いと感じた。

この記事の「時代遅れ」という表現は、目を引くためにつけられただけで、本文には一言も出てきていないのだが、個人的には、楽天にしてもライブドアにしても、「時代遅れ」とは言わないまでも、「面白さ」はないなぁという感覚がある。どちらも、あったらいいなぁとおもうけれど、特段面白いわけでもなく、まあなくてもいいかな、と思うのである。

突き詰めて考えていくと、結局、インターネット自体が、日常生活を営む上では、まだまだそんなもの、つまり、あったらいいなぁという程度のものなのかもしれない。リアルな世界も、まだまだ面白い。そう思っている自分は、新しい時代と旧態依然とした時代の雰囲気をhalf & halfで楽しんでいるのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-15 12:59 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(1)

組織における教育・訓練の意味

組織における「教育・訓練」とはどういう意味があるのか、という問いに対する1つの解として、「組織に固有の価値観の継承」という見方がある。「組織を変える"常識"」(遠田雄志、中公新書)では、
組織が共有する意味世界は、それに関与する人々の交代によって左右されない頑健性がある
とし、
頑健な共有意味世界、これが組織の必要十分条件である
としている。ここで、意味世界とは、いわゆる価値観のようなものであり、その組織特有な意味で彩られた世界ということができるだろう。これは、「戦略不全の論理」(三品 和広、東洋経済新報社)で述べられている「基本辞書」に近いものということもできるかもしれない。(参考: 経営職と管理職)

さらに、「組織を変える"常識"」(遠田雄志、中公新書)では、組織には、教育と会話というふたつのコミュニケーションが存在するとし、
互解が主として会話のような私的コミュニケーションを通して形成・共有されるのに対して、常識が公的コミュニケーションとくに教育を通して伝えられ共有されるという点に留意して欲しい。

常識は、説得とか納得というより、権威関係のなかで「強制」されるものなので、教育されるものというよりむしろ「指導される」ものといったほうがよいのかもしれない。
としている。昨日、「シリコンバレーのベンチャーに学ぶ」と題した講座を担当したわけだが、関西電力㈱のような大企業が、自己啓発したいと人のためにではあるにせよ、教育の一環としてプログラムに組み込もうという取り組みは、これまで組織に存在しない新たな「常識」を取り入れようという試みだと考えることもできる。そういった意味では、ある種、大きな一歩だったのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-14 12:31 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback(1) | Comments(0)

講座「シリコンバレーのベンチャーに学ぶ」を振り返って

a0004752_21111438.jpg今日は関西電力㈱の社内で開催された講座「シリコンバレーのベンチャーに学ぶ」で、講師を担当した。前半は、SVJENのコラム「ベンチャーキャピタルベーシック」の内容を中心に講義を行ない、後半は、各グループに分かれて、ベンチャーキャピタルとして架空のビジネスプランを審査してもらうという演習の時間とした。

シリコンバレーにおけるベンチャー企業や起業家の考え方、ベンチャーキャピタルの考え方などを、少しでも伝えることができればと思ったのだが、実際、どうだっただろうか?まだ感想などを記したアンケートは見ていないのでなんとも言えないが、少なくとも、講義の中の反応では、大まかな部分は伝わっていたような気がする。

講義の中でもつくづく感じたのだが、ベンチャーキャピタルの仕事は、ビジネスを創ることであり、巷で話題のロジカル・シンキング、クリティカル・シンキングというものとは少し異なるような気がする。ベンチャーキャピタルの仕事は、どちらかといえば、「ロジカル・クリエーション」とでもいうのだろうか、つまり、どうやったらビジネスがうまくいくかを考え、仕組みを作り出すという仕事のような気がするのだ。

4時間に亘る講義が終わったあと、受講生の方と少し話をしていたのだが、その人いわく、日本では、ベンチャーを創りこんでいくベンチャーキャピタリストのような存在は、まだまだ育っていないのではないかということであった。確かに、日本では金融機関と深いかかわりのあるベンチャーキャピタルが多いことは事実だし、ビジネスを創り出すという部分で確固たる実績を持っている人は少ないのかもしれない。

それはそうかもしれないが、思うに、日本でも、少しずつこれまでとは違う形のビジネスの生態系ができつつあるような気もする。楽天の三木谷氏や、livedoorの堀江氏のような人が、あと一桁以上 big になって、さらに多くの若者に夢を与えるために、彼らの時間とお金が新しいベンチャーに注がれるようになれば、そんな生態系もさらに存在感を増すような気がする。それは、あまりにも極端かもしれないが、そんな世界もアリなんだと思う。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-13 21:11 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

同志社オリジナルチョコレート

同志社大学のマークは、こんなマークらしい。


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そして、メリーチョコレートの同志社オリジナルチョコレートにも、このマークが入っている。なかなか美味しい。でも、このマーク、放射能標識に似てるような気が...(^^;



参考:放射線マークの由来

「・・・黄色の地に赤い“三つ葉”のマークは、放射能および放射線に対する注意を促すためのもの。原子核からアルファ線、ベータ線、ガンマ線が飛び出すようすを表現したデザインで、オリジナルは1946年、アメリカのカリフォルニア大学バークレイ放射線研究所で考案されました。・・・」

  # by yoshinoriueda | 2005-11-12 11:18 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(2)

講演「ビジネスの中の数字とデータ」で知る高橋メソッドの威力

a0004752_1163026.jpg久しぶりの雨に見舞われた近畿地方。今日は、午後から「データーで読み解く文化と社会」と題された科目のゲストスピーカーとして、京都にやってきた。この科目は、同志社大学の学際科目として開講されているだけでなく、大学コンソーシアム京都の科目としても開講されているようで、他大学の方も参加されていた。

a0004752_11102439.jpg京都駅に着くと、鉄腕アトムが目に飛び込んできた。また、11月16日に日米首脳会談が京都迎賓館で行われる予定であり、市内は警備が強化されているのか、駅周辺では、警察官の姿もちらほらと目にした。地下鉄なども警備が強化されているようである。

a0004752_1112716.jpg会場となったキャンパスプラザ京都は、ちょうど京都駅前にありるため、講師として訪れるには便利なところにあった。直前まで仕事をしていたこともあって、お昼を食べる時間がなく、講演直前に、このキャンパスプラザ京都の前のベンチで、たこめしおにぎりを3つつまんだ。

今回話しをしたテーマは「ビジネスの中の数字とデータ」というもので、これまでに手がけてきた天候デリバティブの開発・販売などの話を織り交ぜながら、数字をどう活用するのかということを紹介した。

内容はともかく、プレゼン手法として、(無謀にも)字を大きくして簡潔に表現する高橋メソッドを使ってみた。このメソッドを知っているか聞いてみたが、あまり知られていないようだった。しかし、後で読ませてもらった感想文の中では、そこそこ好評を得ていたようである。高橋メソッドのパワー恐るべし!

この高橋メソッド、まもなく本まで出るみたい...
でかいプレゼン 高橋メソッドの本
高橋 征義 (著)

  # by yoshinoriueda | 2005-11-11 23:59 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(2)

久しぶりに大きな達成感を味わった

昨日は、とてもうれしいことがあった。これまで仕事をしてきた中で、久しぶりに大きな達成感を味わった日となった。そんな日にみた夕日を、きっと私は忘れないだろう。少し曇った空に沈む夕日だった。

こんな喜びを多くの人と分かち合いたかったけれど、タイミングが悪いのか、なかなかそうもいかなかった・・・(涙)

***

さて、それはそうと、この「タイミング」というのは、とても大切である。"Timing is everything"という言葉があるように、きっと「タイミング」というものは、ビジネスだけでなく、人生や生活を含めてすべてを制しているのだと感じる。

時間は前に流れるだけで、決して逆には戻らない。タイミングがずれたら、それを合わすのは至難の業となる。だから、タイミングを合わす努力をすることが必要なのだと思う。

ピタッと流れに乗った時、楽に前に進むだろう。逆に、時に、ピタッと風が止むときもあるかもしれない。それでも、前を向いて歩いていくしかない。時間はもう戻らないのだから。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-11 23:30 | キャリア・生き方・教育 | Trackback | Comments(0)

経営職と管理職

戦略不全の論理」では、経営職と管理職を分けて、以下のように説明している。
経営職
・長期収益の上限を定める戦略を司る
・オペレーションのパッケージ化に専心する
・統合を担う
・明日に立ち向かう
・組織の外部環境、すなわち市場や競合他社や政府に働きかける
・組織図の上では多くの人の上に立つものの、皮肉なことに直属の部下を持たない
・不確実性に対処

管理職
・収益がその上限をどこまで下回るかを司る
・オペレーションに対して責任を持つ
・分業体制の頂点に立つ
・今日を保証する
・組織の内部、すなわち直属部下や関連部署に働きかける
・文字通り職場のボスで、人を動かして仕事をする
・複雑性に対処する。
どちらも重要な役割であるが、特徴的なのは、経営職を管理職の延長とは考えない発想であろう。そして、経営者が持つべきは、確固たる「事業観」であるとしている。ここで、事業観というのは、
事業観とは、人が頭の中に持つ基本辞書のようなものである。この辞書が、情報から判断への「翻訳」を司る。われわれの周囲に存在する事物や、われわれの周囲で起きる様々な出来事は、それ自体は意味を持たない客観情報として頭の中に飛び込んでくる。それに主観的な意味を付与するのが基本辞書で、意味がいったん定まるとそこから半ば自動的に判断が導かれる。

・・・

それ(事業観)はビジネス一般に関する意味解釈の体系から始まり、何をどうするとどうなるという因果関係の体系、そして何は何よりも大事かという優先順位の体系に発展し、最後はこの事業はどういうビジネスなりきという事業認識の体系、そしてわれわれの事業はいかにあるべしという確信命題の体系を含む。

・・・

経営者を経営者たらしめるゆえんは、基本辞書の厚みになければならない。・・・この体系の階層の積み重ねが稠密で、かつ厚いとき、そこから生まれる判断は大局的と呼ぶにふさわしくなる。
と述べられている。管理職でありながら、将来、経営職を目指す場合は、このような視点も参考になると思う。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-11 08:36 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

起業家の起業動機の形成時期

なんだか今週は、「戦略不全の論理」ウィーク~♪ といった様相を呈してきている...(^^;

さてこの本、「戦略不全の論理」(三品和広著)の中では、起業家は「創業経営者」という言葉で述べられている。この「創業経営者」の起業の動機が形成された時期は「起業以前であることは明白」とし、以下のように説明している。
普通の操業経営者に成長期のことを尋ねて返ってくる答えとは何かが本質的に違うことは確かである。早ければ小学生、遅くとも今の就職の時期までに、その後の人生で成し遂げる偉業の源流を見出すことができるのである。普通なら、友人との交わりに明け暮れ、社会性を身につける時期にである。
これは、創業経営者になる人は、小学生から大学卒業ぐらいまでの間に、普通の人が社会性を身につける時期に、なにか別のものに没頭する環境に置かれていることが多いということを意味しているようである。それは、苦労であるかもしれないし、逆境であるかもしれない。あるいは、趣味が高じて全ての情熱をかける対象があったのかもしれない。

ここで述べられている創業経営者による業績が、「偉業」と表現されていることから、その事業とは、家業の延長のようなビジネスではなく、一大事業のことであるが想定されているようである。しかし、それでもちょっと、周りを見渡せば、家業の延長のような段階にある起業家でさえ、個性の強い人、クセのある人が多いような気がする。何かしら特徴的なになるところがあるし、生い立ちも独特で、ターニングポイントのようなものを経験していることも多い。

何かに秀でているということは、それ以外のものを犠牲にした、あるいはせざるを得なかったのかもしれない、ということなのかもしれない。現代の小学生から大学生までは、モノと情報が溢れた世界に生きていて、刺激も多く、一見幸せに見える生活を送っていることが多いと私は想像する。しかし、最終的に起業の道を進むことになるのは、そんな生活に飽き足らなくなっている、あるいは、逆境を改善しようといったいわゆる心意気の育つ境遇にいる若者達なのかもしれない。

仕事をし始めたら、それによって、人はなにかしら成長していくものであり、会社に所属すれば、会社という組織に使われることになる。そんな状態から起業をしようとしても、それ以前に、強い起業動機が形成されていなければ、「時、すでに遅し」という状況になることが多いのかもしれない。当の子供たちにとっては、どちらがいいのだろうか。それは、もはや親が決めることができるものではないのかもしれない。

いずれにせよ、なるべくして起業家は起業家になる、ということなのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-10 12:05 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

「戦略」の目指すべきところは「長期収益の最大化」

一昨日昨日からの続き。「戦略不全の論理」によると、「戦略」の目指すべきところは「長期収益の最大化」であるとされている。だから、単に目先の競合相手を打ち負かすということとは趣を異にしている。それは、以下のように表現されている。
戦略を「競争に勝つ」ことと結びつける向きもあるが、それは戦術の領域と戦略の領域を混同しているに過ぎない。商品の企画、開発、製造、価格設定、販売促進などは、言うまでもなく競争に勝つ上で重要な業務であるが、重要ということがただちに戦略につながるわけではない。火花の散る下流の世界は、戦術の領域になる。・・・競争に勝つ、負けると言う前に、どう競争を定義するかのほうがむしろ戦略の関心となる。
もし、このように長期的な収益を最大化させようとすると、経営者は、長期に亘るビジョンを掲げ、実現に向けて勤しまなければならないので、在籍期間が長くなることは容易に想像できるが、それについては、以下のように記されている。
戦略が見事に機能している高収益企業では、社長の在任期間が軒並み15年を超える・・・その必然性は、戦略とオペレーションの非可分性に根ざしている。構えを導入するだけなら、それこそ4年で済む。ところが、このパッケージをオペレーションとして根付かせるためには、経営者が絶えず現場に関与して全体の視点から誤りを正すと同時に、現場に生じる部分の問題に応じてパッケージそのものを修正するプロセスが不可欠となる。このプロセスに、10年を優に超える歳月が必要となるのである。
自らの理想を実現し続けるためには、それだけの歳月が必要であるということであろう。1年単位、ましてや3ヶ月単位で業績を問うことが虚しく思える。

ふと、昔、柔道部の先輩が、「世の中、最後は体力勝負だよ」と言っていたのを思い出した。また、とある国際的な輸送会社に勤める親友が、「経営トップは寝てる暇も無いくらい」と言っていた。経営者も、最後はやっぱり体が資本、ということなのだろう。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-09 08:37 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

経営=「異質化」を「達成し続ける」こと

昨日のエントリーにある「戦略不全の論理」では、経営戦略の要諦について以下のように述べている。
「異質化」とは、「似て非なるもの」を作り出すことである。経営戦略の要諦は、ここにある。必ずしも物理的にモノを変える必要はない。むしろ物理的なモノは忘れて、その背後に控える全体の合理性や全体の合目的性を見直すことこそが成否のカギをにぎる。
「似て非なるもの」という表現は難しいが、要するに、一見似ているのだけれども、その背後にある部分で差別化が図られていて、結果として、全体で、「似ているけれども違うものである」というものを達成し続けるということが、経営戦略を考える上では最も大切だということであろう。

ここで、「達成し続ける」という表現を使ったけれど、それは、経営戦略というのは、一度定めたら、それを変えないというような不変固定のものではなく、状況に応じて変化させ、「異質化」を「達成し続け」なければならないものだと感じるからだ。それは、この本の中で、以下のように表現されている。
戦略とは事後的な微調整を必要とするものであり、そのために経営者がフィードバックのかかる現場にいなければうまくいくものではない。
ものごとを継続するということは、簡単なようで実は難しい。経営というものの難しさは、こんなところにあるのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-08 12:59 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback(1) | Comments(0)

戦略は非合理であり非可分であり非可逆である:「戦略不全の論理」

政治の話に絡めて「経営学と経済学の差」というエントリーをアップしてみたのだが、文化の日から週末にかけて読んでいた三品和広氏の「戦略不全の論理」に、同じようなことが書かれていた。
経済学は基本的に資源の配分効率を問う学問であり、経営成果を最小化するシステムの設計に腐心するのである。ここでは企業の超過利潤は資源配分効率を引き下げる悪者で、より高次の目的の前では企業自体も、消耗品のような存在にすぎないのである。
普段から経営に関する本には目を通すようにしているが、この本は、戦略について書かれた本の中でも、非常に分かりやすいものであると思う。久しぶりにいい本に出会ったと感じた。

戦略は、非合理であり、非可分であり、非可逆であるという3つの要件を挙げるとともに、分かりやすい説明がなされている。例えば、非合理の説明では、次のような考え方を紹介している。
良い戦略は、それが知れたときに「ばかな」という反応が周囲から返ってくるものでなくてはならない反面で、その成功が明らかになった暁には「なるほど」という反応を誘うものでなくてはならない
また、トヨタ生産方式についても、「効率の罠という落し穴にかぶせる蓋である」と本質を見据え、「効率を捨てて利益を取るからこそ、大きく儲かるのである」と説明している。さらには、経営職と管理職の差や、創業経営者と操業経営者の差、キャリアをどう形成するかといったことが、日米の例を挿みながら紹介されている。

11月に入り、日本の春の定期採用を目指した就職活動もそろそろ始まると思うが、働いている人、これから仕事を選ぶ人、どちらにとっても「企業の戦略」やそこでの「キャリア」というものを考える上で有益な書籍であると感じた。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-07 12:12 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

久々の晴天の下の紅葉

2日ほど曇っていただけだけれど、久しぶりの晴天のような感じ。その空の下できれいな紅葉が見られ始めた。おだやかな陽気につつまれて、季節を勘違いしたのか、蝶々が舞っていた。
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  # by yoshinoriueda | 2005-11-04 20:41 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(2)

経営学と経済学の差

経営学は富をいかに創出するかを考え、経済学は富をいかに分配するかを考えているのだろう。そして、政治や公共政策といったものは、後者の方向性を示すものであろう。どちらが表でどちらが裏かは立場によって異なると思うが、いずれにせよ、経営学と経済学は視点が180度異なっているといえるのではないだろうか。

小泉首相による第三次内閣が発足して、最近よく、「国を経営する」という言葉が出てくるけれど、それは、国が直接的に富を創出するのではなく、富が創出されやすい仕組み(政策)を作っているということであろう。だから、「経営」といっても企業の経営とは少し異なっていて当然なのだろう。

どちらの側面をも熟知して、自由自在にこなすことができるというのは、理想的かもしれないが、どこか無理があるような気がする。やはり、ある時はどちらかに立ち、またある時はその逆に立つということによって、徐々に話が分かってくるようになるのかもしれない。

それには、やはり時間がかかるだろう。バランス感覚や専門技術といった能力に年齢はあまり関係ないけれど、特殊な才能に恵まれた人でなければ、ある程度の年齢にならなければ、「深み」のようなものは出てこないのかもしれない。

とある知り合いの議員は、まだ国政レベルの手前にいるのだが、久しぶりに話をして、しっかりと政治とは何たるものかということを理解し始めていると感じた。着実な取り組みが、実力を蓄えるところに繋がっているようである。今回の選挙では、いきなり国政に挑んで国会議員になった人も多いようだが、次があるかどうかは実力次第であろう。

まっすぐに前を見つめ、国や地域のために頑張ろうとしている人を間近に見て、少し希望の光を垣間見たような気がした。

  # by yoshinoriueda | 2005-11-02 18:38 | 政治・経済・政策・地域開発 | Trackback | Comments(0)

目が見えてません!って?

メガネの度が強すぎるかもしれないと言われて気づいたのだが、確かに、手元の小さな字は、メガネをかけると小さく見える。度が強いメガネをかけると、頑張って見ようとするから、目が疲れやすい。これを機に、コンタクトに挑戦してみようと思い、眼科に行って10日ほど試用してみたのだが、どうもしっくりこない。どうもドライアイの傾向があるらしく、コンタクトレンズを目に入れることによって、眼球に傷がついているとのこと。

というわけで、コンタクトを使うことは断念して、新しいメガネをつくることにした。ただ、通勤など普段の生活では裸眼で過ごしているので、メガネをかけると、よく見えるものの、少し疲れてしまう。そのように先生に説明すると、「この視力で裸眼で歩けるなんて信じられない~ 普通なら、つまづいたりぶつかったりしますよ・・・」と言われてしまった。さらに、「向こうから美人が歩いてきても、気づかないんじゃないですか?人生、きっと、損をしていますよ。」とのこと。

そっ、そうだったの? _| ̄|○

  # by yoshinoriueda | 2005-11-02 14:37 | 対話の中から発見する! | Trackback | Comments(4)

11月初日のベイエリア

今日の大阪は快晴。心地よい天気だった。久しぶりに朝からベイエリアに来た。ベイエリアといっても大阪のベイエリア~♪ 外に出ていると少し汗ばんだ。 

そのベイエリアには、LNGの船が来ていた。どこから来たのだろう。ふと、海外が懐かしくなる。
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帰国して、もうすぐ4ヶ月...

先日、時間の使い方を考えようと思い、エントリーを起こしたのだが、あっという間に11月になっている。週末は四国に行ってたので、それは後ほどアップするとして、本当にバタバタとしているうちに時間が過ぎていくのがなんだか哀しい...

  # by yoshinoriueda | 2005-11-01 20:31 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

時間を有効に使うことは自分の価値観・人生観に直結する

最近、時間の使い方が下手になったのか、なかなかblogをアップする時間を見つけることができない。という反省もあり、ふと手にした本が、「川本裕子の時間管理革命」。

多少、テクニックのようなことも書かれているが、どちらかというと、川本さんの時間に対する考え方に「なるほど」と思うところがあった。
 時間を有効に使うということは、自分で時間を選択することなのではないでしょうか。みずからが主体的に自分の時間を選び取ること、楽しく充実して生きるためにどのように時間を使うかを真剣に考えること。・・・

 使う時間の意味合いは、かなり主観的なものです。意味のあるものであるか、それとも意味のないものかは、自分自身の感じ方、考え方次第だと思います。・・・

 時間を有効に使うということは、自分が何をしたいのか、何のために何をやっているのかを、問い直す作業の連続です。それは取りも直さず何をすれば人生が充実していると思えるのか、意識して考えることなのだと思います。その意味で、仕事や私生活など日常の時間管理を上手に行うということは、・・・自分の人生観にもつながることだということを十分認識しておくべきでしょう。・・・

 二十四時間のうちたった五分でも自分が本当にいきいきとできる瞬間-「ビタミン時間」-があれば、他の時間も生きてくるのではないでしょうか。
つまりは、時間を有効に使うということは、自分の価値観、人生観に直結するということである。

さてさて、それで私はうまく時間を使えるようになるだろうか。とりあえず、こうしてblogを書いているということは、まあ、少しは勉強したのかもしれないが、それにしても、日本の会社では、みんなよく働く。それをよしとする文化なのかもしれないが、もう少し潤いがあってもいいような気もする今日この頃である。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-27 12:53 | キャリア・生き方・教育 | Trackback | Comments(2)

「ベンチャーは足腰を鍛えてから入るもの」

といっても、筋トレしてから入れといっているのではない(^^;

若手ネット業界役員対談というところに、以下のような会話が掲載されていた。
ベンチャーは足腰を鍛えてから入るもの

岡田 ところで最近は、「卒業したらすぐ起業したい」という学生さんも増えています。ネット業界だと、参入の敷居は低いと思うのかもしれませんが、この業界で活躍したかったらまずは足腰(自分でビジネスを形にする基礎能力)を鍛えることが大切。そのためには、きちんとした企業経験を積んでビジネスの仕組みを学んでから参入したほうが有利です。大組織を経験すると、仕事人として一流になる“動的なリズム”が身につきます。

塩野 若いうちは、コンサルティングや投資銀行で鍛えるのもオススメ。「あんたプロでしょ、ならやれよ」という環境に身を置くと、嫌でも足腰が強くなりますから。
ふと、「ベンチャーには、大企業での経験も貴重」というエントリーを書いたことを思い出した。

それにしてもこの岡田氏と塩野氏の対談、業界の様子を感じることができてなかなか面白かった。また、きっと、これから就職を考えるような世代には役に立つだろうと感じた。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-26 13:10 | キャリア・生き方・教育 | Trackback | Comments(2)

株式を公開するということの意味を考えるべき

公開されている株式を買うのに、なぜ相手側の了解が必要なのか?TBSが株式を大量に取得した楽天に対してその意図を問うといった行為が報道され、いまさらながらに独自路線を走ろうとする姿を目にするが、とても滑稽に思えて仕方がない。

ライブドア村上ファンド、そして楽天といった新興勢力が、市場の力を利用してやりたい放題しているのかといえば、まあ、そうなのかもしれないが、しかし、ある会社が株式公開するということは、資本主義の論理がまかり通る世界を戦場(あるいは生息地)として選んだということであり、そのルールに従って戦っている限り、不平不満を言っていてはいけないのではないだろうか。

もちろん、制度の不備は改善するよう働きかけなければならないが、誰かに株式を買い占められたからといって、あわてふためくようなら、最初から株式など公開しなければいいのではないだろうか。ステータスのためだけの株式公開なら、しないほうがましである。事実、非公開の会社でもいい企業はたくさんある。

もう1つの道は、Googleのとった道かもしれない。市場で取引できる株式の議決権は、経営陣がもつ株式の議決権の10分の1しかない。このように株式と議決権を分けることで、経営権を確保しようという試みである。企業統治のあり方としていろいろ非難はあったし、いまもあるのかもしれないが、それでも株価は公開時から大幅に上昇している。それが、現在の市場の見方というものである。

会社は誰のものなのか。何のために会社という組織を作っているのか。公開・非公開を問わず、経営陣は、このような出来事をきっかけとして、もう一度考えるべきなのかもしれない。そして、これから起業しようとしている人、あるいは株式公開を目指そうという人は、その辺のことをしっかり考えておかなければならないのかもしれない。

参考:
楽天、TBS株19%超まで買い増し・対決色鮮明に

  # by yoshinoriueda | 2005-10-26 09:53 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(2)

「The Ten Faces of Innovation」を読んでみたい!

IDEOのTom Kelleyの著書The Ten Faces of InnovationBusiness Weekの2005/10/24号で紹介されていた。Tom Kelleyといえば、左のお気に入りでも紹介しているThe Art of Innovation(「発想する会社!」)の著者でもある。BWでは、東海岸から西海岸まで飛行機で飛んでいる間に読めて、しかも役に立つと紹介されていた。機会があれば読んでみたいものである。

ちなみに、Ten Facesとは、以下の10をいうらしい。(詳しくはこちら

The Learning Personas
 ・The Anthropologist
 ・The Experimenter
 ・The Cross-Pollinator

The Organizing Personas
 ・The Hurdler
 ・The Collaborator
 ・The Director

The Building Personas
 ・The Experience Architect
 ・The Set Designer
 ・The Storyteller
 ・The Caregiver

***
参考サイト:The Ten Faces of Innovation

  # by yoshinoriueda | 2005-10-24 23:21 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

「仕事と寝る女」

なんだか忙しい日々が続いたここ数日、軽めの本を読もうと手に取ったのは、「コスメティック」(林真理子著)。スタンフォード時代にお世話になった人の中に、美容関係の仕事をしている人がいたのだが、その人を思い出しながら手に取ってみた。

30代のキャリアウーマンが主人公の話だったが、普段接することのないコスメ業界の雰囲気を楽しむことができた。この小説の中で面白いなあと思った表現は、「仕事と寝ることが出来る女」というもの。
・・・仕事柄いろんな女性を見てきて、女性には二通りあることがわかりました・・・仕事と寝ることが出来る女と、出来ない女です。・・・文句や愚痴を言いながら、仕事に惚れている女性がいます。・・・
そんな風に見たことがなかったけれど、確かにそういう女性はいるのかもしれない。仕事に打ち込む女性は応援したいと常々思っていた。ただ、もし、自分の好きな女性が「仕事と寝る女」だったら、「仕事」に嫉妬してしまうのだろうか...(^^; サラリと読んで特に何が残ったというわけでもないけれど、ふと、そんなことを感じた。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-23 22:24 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(0)

堂島川の朝の風景・・・

今日も穏やかに晴れた大阪。朝、堂島川に沿って歩いていると、タグボートのような小さいけれど力のある船が、東に向かって川を上っていくのが見えた。そして、あっという間に追い抜かされた。

ちなみに・・・

水の都といわれる大阪。水はきれいではないが、川と橋がたくさんある。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-20 08:31 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(2)

50年、100年

NERAがアスベストによる死亡者数と補償額の推定を発表(pdf)したことが、2005年10月19日付の産経新聞に掲載されていた。アスベストの使用量と死亡者数の間の相関関係が高いことを利用して、補償額を見積もっているようである。これによると、1995年から2040年までの間に、1.6兆円~2.8兆円の補償費用になる見込みであるとのこと。

ちなみに今日、胸部X線直接撮影を受けた。昔にアスベストを使用した作業に従事したことがあるので、念のため、検査してもらったのである。

思い起こしてみれば、これまで、結構危険な職場で過ごしていたものである。放射能にアスベスト。大きな事故には巻き込まれなかったからラッキーだったと思うが、実は、目には見えないところで体が蝕まれているのかもしれない。ガクガク…ブルブル…

そんな心配をよそに、今日の大阪は穏やかに晴れている。大阪ガスは、今日が創業100年とのこと。来年9月に就航する予定の天然ガスタンカーに子供達の絵を描くプロジェクトガスビル1階に「フラムテラス」と呼ばれるショールームを作るプロジェクトなど、盛り沢山。

ちなみに、村上ファンドが株式を大量保有した阪神電鉄も、今年、創業100年。1905年4月12日に、神戸-大阪間の鉄道営業を開始したらしい。おーっ、4/12は私の誕生日だ! 誕生日といえば、昨日、歌手の郷ひろみが50歳の誕生日を迎えたとのこと。

シリコンバレーにショックレー研究所が誕生して50年。100年たって、ようやく会社は誰のものかということに気づき始めた会社もあれば、まだ気づいていない会社もある。50年たって、円熟した味を出すようになった人もいれば、輝きを放ち、人を魅了し続ける地域もある。

自分の人生、50年たったら、どうなっているのだろう。あるいは、これから50年、どう生きていこう。ま、一歩ずつ行きますか…

  # by yoshinoriueda | 2005-10-19 12:33 | つれづれなるままに... | Trackback(1) | Comments(0)

携帯用RSSリーダーを開発したエルカミ

El Camino Realといえば、シリコンバレーを縦断する道路の1つ。スタンフォード大学の周りをウロウロするときには、良い目印になる。そんな道路の名前を会社名にしたエル・カミノ・リアル社が携帯用のRSSリーダーを開発したとのこと。(エル・カミノ・リアル、携帯RSSリーダー「ECR RSSリーダー」β版開始

確かに、携帯電話の場合、PCのようにつなぎっぱなしという使い方はしない。そんな使い方の差がこの製品を生んだのかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-19 12:03 | テクノロジー・環境・ガジェット | Trackback | Comments(0)

フォーチュン・チョコレート?!

イタリアに行ってきた人が、お土産として Bacio というチョコをくれた。 Bacio はイタリア語で「キス」という意味らしい。このチョコの包みの中には、フォーチュン・クッキーのように小さな紙が入っていた。そこにかかれていたのは次のような言葉。
Being deeply loved by someone gives you strength; loving someone deeply gives you courage.
うーん、チョコだけでなく、この言葉も味わい深い!


(写真はありがとうナッツのお店より)

参考:アモーレ イタリア語辞典

  # by yoshinoriueda | 2005-10-18 23:49 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(0)

The World Is Flat

朝夕、すっかり秋の気配が漂う大阪。ハンカチで汗を拭う回数もめっきり減ってきた。薄曇りの中、空を見上げ、町を見下ろすが、この地球はなんだか平らなんだなあ~というのが今日の感想。

この「平ら」というキーワードに関連して目にとまったのが、「The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century」という本。著者Thomas Friedmanは、グローバル化の進展により、世界が平らになる、すなわち、差がなくなるということを主張しているようである。著者のFriedmanは、前著「The Lexus and the Olive Tree: Understanding Globalization」でも名が知られている模様。

Wired MagazineWhy the World Is Flatという記事の中で、InfosysのNandan Nilekani氏にインタビューした時に、Friedman氏が言われた言葉が記されていた。
"Tom, the playing field is being leveled."
leveledというのは、均されつつあるといった感じか。平らになるというよりも、垣根がなくなるという感覚のほうが近いかもしれない。で、面白いなあと思ったのは、次の部分。
What is al Qaeda? It's an open source religious political movement that works off the global supply chain.
「なるほど、そうとらえることもできるのか」と、半分 分かったような気になった。この記事のおまけの部分に、The 10 Great Levelersというリストがあった。
1. Fall of the Berlin Wall
2. Netscape IPO
3. Work flow software
4. Open-sourcing
5. Outsourcing
6. Offshoring
7. Supply-chaining
8. Insourcing
9. In-forming
10. Wireless
これらはキーワードとしておさえておくべきものかもしれない。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-18 15:59 | 政治・経済・政策・地域開発 | Trackback | Comments(0)

エクセレント・マネジャーの資質 - What Great Managers Do

Diamond Harvard Business Review2005年11月号の記事で、「エクセレント・マネジャーの資質 - What Great Managers Do」というのが掲載されていた。エクセレント・マネジャーには、共通の資質があるそうである。それは、「一人ひとりの部下の個性を見つけ、その個性を十二分に発現させていること」だそうである。そのために、「部下の長所」を見抜き、「あるきっかけを与えることでこれを開花させ」、「部下の学習方法」に合わせていく。

学習スタイルは、「分析」、「行動」、「観察」の3つがあるらしい。これらを複数組み合わせて学習する場合もある。それはともかくとして、「その学習スタイルを尊重してくれる/する」ということが大切である。

著者であるマーカス・バッキンガムによると、エクセレント・マネジャーたちは、「自己保証」の重要性を本能的に理解しているという。ここでいう「自己保証」とは、認知心理学の世界でいう「自己効力感」と同義で、「自分を肯定することができる力」と表現することができるだろう。この自己保証があれば、自信を持って困難をも乗り越えることができる。

そのためには「褒める」のだけれど、まずその前に、自分の能力を過大評価しない心構えを植えつけておく。目標の高さや影響の規模を強調することで、自信過剰を戒めるのだ。

こんなエクセレント・マネジャーの基本は、子供と接するときにも使えるだろう。ただし、「言うは安し、行なうは難し。」実際は、なかなか難しい。ゆとりをもって、相手をよく観察して、見守る必要がある。そんなことを余裕でやってのける大きな男になりたい!

  # by yoshinoriueda | 2005-10-17 23:31 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

プライバシーに対する考え方は「人との距離の感覚」に依存する:匿名でいられる権利&国勢調査

近藤淳也の新ネットコミュニティ論で、「匿名でいられる権利」という言葉が目に留まった。ネットは、匿名でいられる世界であり、さまざまな自分になれる可能性を秘めている。そんなネットの世界における匿名性を「権利」とまで考える感覚は、普段当たり前のように享受しているものの大切さを改めて認識させられたような気がした。

つい先日、国勢調査が実施されたようだが、「匿名=悪」というイメージがあるのかないのか、とにかく、国勢調査では、個人のプライバシーを公開することを強要している。国勢調査は、無知で無垢な人を丸め込んで、これまで提出を強要してきたのではないか、とさえ感じてしまうものである。なお、有名無実化しているようだが、法律上は、提出しない人には罰金などが科されるのである。
統計法第5条
 政府、地方公共団体の長又は教育委員会は、指定統計調査のため、人又は法人に対して申告を命ずることができる。
 また義務をはたさない場合の罰則については「6ヶ月以下の懲役・禁固又は10万円以下の罰金」と記されています(第19条)。
国勢調査が分かるより)
調査票の持ち去りや詐欺といった犯罪をはじめとして、調査員の選定の不透明さ、封をして提出すると開封して出せと要求するなど調査員のプライバシーへの理解のなさ、などマイナス面が噴出した今回の国勢調査を受け、国も対応を迫られ、ようやく制度の見直しを考え始めている。事実、国勢調査を提出することで、個人の情報が漏れて、詐欺や窃盗などの犯罪に巻き込まれる可能性は激増する。(あくまで可能性の話であるが)
参考:
国勢調査トラブル多発、総務次官が制度抜本見直し明言
国勢調査に苦情など178件 札幌市民団体が電話相談
国勢調査 壁高く
国勢調査票の詐取・盗難被害、26都道府県で205件

そもそも、統計の資料にするからといって、会社名や担当している仕事まで書かなければならないのか?確かに、国が分類したいようには皆が分類するわけではないから、正確性を期すためには、その情報があったほうがいい。しかし、氏名や会社名、住んでいる場所の広さなども特定するなんて、いまどきバカげているとしか思えない。文字が読めない人ならともかく、何に対してどう答えるかは、個人の自由、持っているべき権利ではないだろうか。

選挙でもネット投票が実現されなかったように、国勢調査もネットで回答するという時代は遠いのかもしれない。十派一絡げにするつもりはないが、体制に属する人たちの意識が変わらない限り、国の仕組みは変わらないだろう。今回の選挙では、若手も女性も当選しているが、体制派に絡めとられておしまい、となっては、変わることができるこの国も、もう変わることができないのかもしれない。

プライバシーについてどう考えるかということは、その人が、相手との距離をどう測るか、どう感じるか、ということによる部分が大きい。もし、相手との距離を近く感じるなら、いろいろな話もするだろう。ただ、そんな相手とさえ、ある部分については話題にしないということもある。また、その相手との距離は、ネットを通じたものと、リアルなものが少し異なるかもしれない。それもまた、その人次第の問題である。

これからの社会で自分が心地よく生きていくためには、リアルな世界でもネットの世界でも、人との距離をうまく測り、それに対応していくことが必要なのではないだろうか。また、お互いに差があることも認め合わなければならないだろう。

そのためには、まず「慣れ」が必要だ。「慣れ」の中から感じていくことが必要だ。国勢調査の制度を改訂しようとする人たちがそれが得意なのかどうかは分からないが、これからの時代、そのような感覚がなければ、受けいれられなくなってくるのは目に見えているような気がする。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-16 10:54 | いろいろ読んで考える! | Trackback | Comments(1)

竹清(ちくせい)

a0004752_037322.jpg雑誌でも紹介されることがあるうどんを食べにいった。高松市にある竹清というお店。セルフうどんの店ということもあって、まず最初に天ぷらを注文し、うどんを何玉食べるか言って、それを受け取る。その後、温かいうどんをたべるなら、自分であたためる。そして、ねぎや天かすをかけてからダシをかけて、天ぷらとともに食べる。うどん1玉140円、天ぷら1種類90円。



a0004752_0383644.jpg閉店間際に行くと、天ぷらの種類はあまりなく、結局、なすびとさつまいもとたまねぎ・ちくわという3種類を頼んだ。うどんは3玉。(ちょっと食べすぎ?) うどんはコシがあってなかなかのもの。天ぷらも言ってから揚げるので、サクサク。美味!


おなかがいっぱいになったところで、お昼寝したかったところだが、ミーティングだからそうもいかなかった(^^; 町中の公園では、たぬきさん(?)がお昼寝。 zzz -
a0004752_041444.jpg


 参考:「竹清」でググる

  # by yoshinoriueda | 2005-10-13 23:30 | 旅・風景・グルメ | Trackback | Comments(5)

上場することを目指すのも正解。目指さないのも、また正解。

2005年10月13日付け日経金融新聞の「複眼独眼」というコラムのタイトルは、「スモール・イズ・ビューティフル」。「起業が中長期的に成功する要因は、『差別化が働くビジネスモデル』をいかに確立するか」と締めくくりながら、以下のような中堅・小型企業の起業の成功のための複眼的な視点が挙げられていた。
(1)事業をしっかり経営し、破綻のリスクを避ける
 「スモール・イズ・ビューティフル」に徹する。
 株式公開を最初から「MUST(必須)」にしない。
 特に販売計画を緻密に立て、資金繰りを確保する。
(2)ビジネスモデルを重視する視点
 例:
 ・デル(ファブレス+ユーザーフレンドリーな経営)
 ・ヤマト運輸
同日付けの日本経済新聞の「企業価値と株主 下」というインタビュー・コラムで、英産業連盟会長ジョン・サンダーランド氏は、「経営とはリスクをとることだ」と述べ、「経営者は株式公開したままでリスクをとることに、臆病にならざるを得ない…PE(プライベートエクイティ)の残高が急増しているのは、上場せずに資金調達するニーズが強い表れだ」としている。

上場するということは、経営の透明性を高めるとか、効果的な人材・資金調達を可能にするといったメリットがあるものの、不特定多数の意見や思惑が入り、思い通りにできなくなるリスクも存在するわけで、上場するということの意味をしっかり考えておかなければならない。

上場するだけが全てではない。長期的な視点で思い通りの事業をやっていくという選択肢もありえる。どちらがいいかは、そこに携わる人の価値観の問題であって、お金があればいいのだという人もいれば、自分の事業を思い通りにしたいという思いが強い人もいるだろう。

どちらかが正解というわけではない。見方次第でどちらも正解だ。知っておかなければならないのは、どちらが正解かということではなく、見方や価値観次第で、モノゴトはどうにでもなる、全てが正解になりえるということである。

そんな風に考えることができるのは、人間だからだろう。機械自身が立場を変えて、その都度判断するというのは、まだまだ難しいし、そんなことを考えると、ちょっと恐ろしくもなる。私達は人間なんだから、その良さを享受したいものである。久しぶりに雲のない快晴に恵まれた大阪の空の下で、そんなことを感じた。

  # by yoshinoriueda | 2005-10-13 08:30 | VC・VB・イノベーション・mgt | Trackback | Comments(0)

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